U理論

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U理論(ユーりろん、英: Theory U)は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の上級講師C・オットー・シャーマー(英語版)が提唱した、個人・チーム・組織・社会に変革やイノベーションが生まれる過程を、アルファベットのUの字の形をした段階的なプロセスとして描くモデルである[1][2]。2007年の著書『Theory U: Leading from the Future as It Emerges』で体系化され[3]、日本では2010年に『U理論』の題で邦訳された[4]。

シャーマーは、人が行動を起こすときの起点となっている内面の場(「源」、ソース)が見落とされていることを「盲点」と呼び、習慣的な判断を保留して状況と自分自身の内面を深く見つめ直し、その底で「プレゼンシング」と呼ぶ状態に至ったうえで、新しい構想を具体化していく7つの段階を示した[2][1]。U理論は組織開発の担い手やコンサルタントに取り上げられ[5]、リーダーシップ教育や研修の実務家からも多くの評価を受けてきたとされ[3]、日本でも企業研修のほか教育・福祉などの分野で援用されている[6][2]。一方で、理論の学術的な検討は少ないとされ[3]、社会学や哲学の立場から、変革論としての前提や哲学的な基礎づけに対する批判が出されている[5][3]。

概要

U理論は、シャーマーが科学者、起業家、発明家、教育者、芸術家などの革新的なリーダーに行ったインタビューを通じて得た知見を体系化したものとされる。インタビューの対象者の数は、文献により「約130名」[1][7]、「一五〇人以上」[2]と記述が分かれている。細恵子の整理によれば、シャーマーはこれらのインタビューから、本質的な変化を起こすには行動のやり方を洗練するだけでなく、行動を生み出している内面の在り方の変容が重要であることを見出した[1]。

名称は、プロセスの段階をUの字になぞらえたことに由来する。Uの左側では、過去の経験に基づく思考の習慣から離れ、状況の全体と自分自身の内面へと降りていく。Uの底で「プレゼンシング」と呼ばれる状態に至ったのち、右側ではそこで生まれた構想を明確にし、試作と実践を通じて現実の中に根付かせていく[2][3]。同志社大学の中野泰治は、Uの字を「過去(現在)の私、内面の私、未来の私」への意識の動きを表したものと説明している[7]。

U理論は、ビジネスにおけるイノベーションの過程にとどまらず、個人・組織・社会に共通する変容と創造の過程として提示された[8]。後の著作では、この考え方が経済・社会システムの歴史的な変化を説明する枠組みにまで広げられている[3]。社会学者のシュテファン・キュール(ドイツ語版)は、変革プロジェクトの進め方として長く最も人気があったのは「学習する組織(英語版)」の概念であったが、その後、組織開発の担い手やシステム論的なコンサルタントがU理論に関連する概念を推奨し始めたと述べている[5]。

成立の背景

提唱者の経歴と思想的な源泉

U理論を批判的に検討したペーター・W・ヘラーによれば、シャーマーはバイオダイナミック農法を営む農家に育ち、シュタイナー学校に通い、人智学運動の関係者が設立したヴィッテン・ヘァデッケ大学で学んだ[3]。シャーマー自身は、理論の哲学的な源泉のうちおそらく最も影響が大きかったものとしてルドルフ・シュタイナーの仕事を挙げ、ゲーテの現象学的な科学観に基づくシュタイナーの方法論がU理論に大きな痕跡を残したと述べている[3]。中野泰治も、シャーマーがシュタイナーの影響を受けていることを指摘している[7]。

ヘラーは、シャーマーが依拠する主な哲学的源泉として、フリードリヒ・ニーチェ、フリッチョフ・カプラとフランシスコ・バレーラの「東洋的」な道、エトムント・フッサールの後期の著作、シュタイナーの人智学を挙げ、さらに歴史観の面ではアーノルド・J・トインビーの「挑戦と応戦」のモデルが参照されていると分析している[3]。

Uの字型のプロセスには先行例がある。シャーマーはシュタイナーの研究を通じて、紛争解決の研究者フリードリヒ・グラスル(ドイツ語版)の「Uプロシージャ(U procedure)」を知り、これを用いるとともに、Uの旅の原型であると認めている[3]。

主な著作

U理論の主著『Theory U』は2007年に刊行され、2016年に第2版が出た。2013年にはカトリン・カウファーとの共著『Leading from the Emerging Future』で経済・社会システムへの応用が論じられた[3][9][10]。2018年には『The Essentials of Theory U』が刊行され、2019年に『U理論 エッセンシャル版』として邦訳された[11][12]。ヘラーは、マサチューセッツ工科大学の資料に基づき、『Theory U』が20言語に翻訳されたと記している[3]。

理論の内容

盲点と「源」

竹端寛が引く2010年の邦訳では、シャーマーは「盲点」を、「私たちの内面、あるいは周辺にあって、私たちの意識や意図が生まれている場所」であり「何か行動を起こすときの起点」であると説明する。それが「盲点」とされるのは、日常の社会的な相互作用のうち目に見えない側面にあたるからであり、この見えない側面は、社会的な場が成立して表れてくる場所である「源」に関わっているとされる[2]。

細恵子の整理によれば、シャーマーは、現代社会が解決すべき課題として環境的断絶、社会的断絶、精神的断絶の3つを挙げ、これらは私たちが行動し、認識し、考えるときにそれを行わせている内面の場、すなわち源に気付かないために起こると捉えた[1]。ヘラーの要約では、環境的断絶は天然資源の枯渇と過剰利用、社会的断絶は豊かな国・経済・世帯と貧しいそれとの格差の拡大、精神的断絶は燃え尽き、うつ、自殺の増加として表れるものとされている[3]。

Uプロセスの7つの段階

竹端寛が2010年の邦訳から抜粋した整理では、Uプロセスは次の7つの段階(シフト)として示されている[2]。

段階原語邦訳での名称内容
1Downloadingダウンローディング過去のパターンを再具現化する。世界を自分の思考のいつもの物差しで見る
2Seeing観る判断を保留し、現実を新鮮な目で見る。観察されるシステムは、観察する者から分離されている
3Sensing感じ取る場に結びつき、状況全体に注意を向ける。観察する者と観察されるものとの境界がなくなる
4Presencingプレゼンシング未来の領域が生まれてくる最も深い源につながり、源から見る
5Crystallizingビジョンと意図を結晶化する新しい考えを、出現する未来から見て明確にする
6Prototyping生きているマイクロコズムをプロトタイプする実践によって未来を切り拓き、新しいものを「宇宙との対話によって」具現化する
7Performing and embodying新しいやり方・仕組みを実行・実体化するより大きな共進化する生態系の中に根付かせる

段階の訳語は文献によって異なり、中野泰治は「観る」「感じ取る」「結晶化する」「プロトタイピング」「実践する」[7]、難波博孝は第5段階から第7段階を「結晶化」「実体化」「実践」としている[6]。

細恵子は、第1段階から第4段階を内面の在り方の変容を促すステップとして扱っている[1]。細が引く2019年の邦訳では、人はUの左側を表面から源へ、異なるレベルの認識(投影する、感知する、認識を感知する、直観)を区別しながら降りていき、その後Uの右側を、異なるレベルの行動(思い描く、具現化する、具体化する)を経て上がっていくと説明されている[1]。竹端寛は2010年の邦訳に基づき、Uの左側の降下を、通常の反応で解決できない問題を、再設計、枠組みの再構成を経て、出現する未来を感じる段階まで掘り下げていく過程と整理し、Uの底から上昇する右側はその逆順に、結晶化したものを試作モデルとして現実化し、さらにその試作モデルを現実の中に普遍化させていく過程であると説明している[2]。

各段階の間には、意識の向け方が切り替わる転換点がある。2017年の邦訳に基づく元澤倫久の整理では、「保留する」は習慣的なパターンを保留して、より俯瞰的な視点を得ようとすること、「視座を転換する」は意識を「外側」から「内側」に向け、対象ではなく思考プロセスを生み出している源に注目すること、「手放す」は純粋に外部の力によって形成されていたように見えたパターンを、実は自分たちが集団として作り出していたことに気付くことを指すとされる[13]。元澤は、4つ目の転換点「迎え入れる」を、互いの指導観の見直しを交流することでビジョンと意図を組織的に共有することとして研修に位置づけている[13]。ヘラーの要約では、プレゼンシングに関わる原則と実践は、手放すこと(letting go)から始まり、新たな間主観的な結びつきとして迎え入れること(letting come)へと進むとされる[3]。

プレゼンシング

「プレゼンシング」(presencing)はシャーマーの造語で、「感じ取る」(sensing、未来の可能性を感じ取ること)と「存在」(presence、今この瞬間にあること)を組み合わせたものである[3][7]。2019年の邦訳では、プレゼンシングは古いものを手放し、自分を取り巻く未来の可能性の領域とつながることと説明される[1]。ヘラーは、プレゼンシングを、出現しようとしているものの存在から行動することによって、混乱や破壊的な変化を克服する解決策を見出し育てる能力を指す語としている[3]。

Uの底では、参加者が「自分は何者か」「自分のなすべきことは何か」という問いに向き合うことが求められる[5][13]。中野泰治は、この段階で、シャーマーのいう「大いなる自己」(Self)としての未来が現れるとされ、それは自分を超えた何かとの一体感であると説明している[7]。

U理論では、PDCAサイクルのように過去の出来事を振り返ることから始まる方法には、未知の複雑な問題に直面した場合に限界があるとされ、それに代わる観点として「出現する未来からの学習」が示される[1]。

3つの「開かれた」状態と3つの声

竹端寛によれば、シャーマーは、Uプロセスがうまく働くための要件として、開かれた思考(Open Mind)、開かれた心(Open Heart)、開かれた意志(Open Will)の3つを挙げている[2][注釈 1]。「観る」段階では思考を、「感じ取る」段階では心を、手放してプレゼンシングに至る段階では意志を開くことが求められる[5][8]。

竹端が引く2010年の邦訳では、深いレベルに心を開くには、次の3つの障壁を乗り越えなければならないとされる[2]。

  • 評価・判断の声(Voice of Judgement、VOJ):古く、限界づけられた判断と思考のパターン。これを止めるか保留しなければ、Uのより深いレベルには達しない。
  • 皮肉・諦めの声(Voice of Cynicism、VOC):周囲の場に飛び込むことを阻む、皮肉、傲慢さ、冷淡さといった断絶的な感情。
  • 恐れの声(Voice of Fear、VOF):なじみのある自己や世界を手放すこと、前に進むこと、無の世界に身をゆだねることへの恐れ。

不在化

竹端寛は、開かれた思考・心・意志の対偶として「閉ざされた思考、閉ざされた心、閉ざされた意思」を考え、その行き着く先をシャーマーがプレゼンシングの対極にある「不在化」と表現したと整理している。シャーマーはその例として、ヒトラーの個人秘書だったトラウデル・ユンゲが、外界の破滅的状況からも真の自己からも切り離され、意識を持たない機械人形のように日々の仕事をこなしていたと語った体験を挙げている。抵抗の力に負けて不在化が進むと、組織や制度の硬直化や集団的な崩壊がもたらされるとシャーマーは指摘している[2]。

会話の質

シャーマーは、集団の中で交わされる会話にも段階を設けている。シュテファン・キュールの要約によれば、最初は儀礼的な言葉が交わされるだけの「ダウンローディング」で、次に異なる見解がぶつかり合う「討論」(debate)が続く。シャーマーは、討論は異なる見解や視点を知ることを可能にするが、メンバーが自分の思考の習慣や前提を省みて変える必要がある場合には別の質の会話が必要だとし、参加者が自分を全体の一部として語り、見解を守ることからその探求へと移る「対話」(dialogue)を位置づける。その先には、静かな集合的創造性が生まれる段階が想定されている[5]。

経済・社会システムへの拡張

シャーマーとカウファーは『Leading from the Emerging Future』で、「エゴシステム」(ego-system)の意識から「エコシステム」(eco-system)の意識への転換を論じ、経済・社会の歴史を、情報技術の版になぞらえた4つの段階として描いた[3]。ヘラーが引く同書の表では、各段階は次のように整理されている[3]。

段階主な調整の仕組み支配的な意識
社会1.0(国家主導)命令(ヒエラルキー)伝統的な意識(traditional awareness)
社会2.0(自由市場主導)競争(市場)エゴシステム意識(ego-system awareness)
社会3.0(利害関係者主導)交渉(利害関係者の対話)利害関係者の意識(stakeholder awareness)
社会4.0(エコシステム主導・共創的経済)プレゼンシング(気づきに基づく集合的行動)エコシステム意識(eco-system awareness)

Uの右側の最終段階について、シャーマーはC・K・プラハラード(英語版)らに由来する「共創」(co-creation)の語を用い、新しい経済・社会的行動を試作するより一般的な過程へと意味を広げている[3]。

研究

学術的な検討

ヘラーは2018年の時点で、U理論は実務家から多くの評価を受けてきた一方、科学者共同体による批判的な検討はまれであると述べ、U理論の研究論文を集めた最初の論集『Perspectives on Theory U』(2014年)の編者らが、理論とそのビジネスでの応用に応える学術的な文献はこれまでほとんど書かれていないと記していることを引いている[3][14]。

2020年には、変革論の学術誌『Journal of Change Management』が「Point-Counterpoint」と題する欄で、社会学者シュテファン・キュールによる批判論文とシャーマー自身による応答を同じ号に掲載した[15][5][16](批判と限界を参照)。

日本での研究

日本の学術文献では、福祉、教育、プロジェクトマネジメントなどの分野でU理論を援用した研究がある。これらには、授業や研修の構想、実践事例の報告、理論的な考察が含まれる。

  • 社会福祉:竹端寛(2011年)は、U理論の左側の降下を現象学的還元に、Uの底を創造の起源へのアクセスに、右側を新たな構造化に基づく再文脈化に見立て、福祉現場の構造的な問題を問い直す枠組みとして検討した[2]。松浦淳と熊井正之は、竹端を日本でU理論を主に取り上げている論者と位置づけている[17]。
  • 特別支援教育:松浦淳と熊井正之(2015年)は、特別支援教育に携わる支援者のバーンアウト防止に関する先行研究とU理論との理論的な接点を、文献を通じて検討した[17]。
  • 国語教育:難波博孝(2017年)は、日本と台湾に共通する小学校の説明文の授業実践を、U理論の段階に沿って「深い学び」の観点から考察した[6]。細恵子(2021年)は、U理論の第1段階から第4段階を用いて、小学校6年生の文学教材「海のいのち」の授業を構想した[1]。
  • 教師教育:元澤倫久(2024年)は、U理論の枠組みを援用し、教師の指導観の問い直しを促す校内研修プログラムを開発して、公立高校で実践した[13]。同じ著者は、U理論と自己調整学習の理論を組み合わせた授業モデルとその効果も報告している[18]。
  • コーチング:吉田誠と中島征一郎(2025年)は、U理論に基づいてコーチングの技術を構造化する「構造的コーチング」を提案し、教師を目指す学生へのコーチング事例を検討した[8]。
  • プロジェクトマネジメント:西尾直樹(2015年)は、社会起業家の育成手法として実践されている「マイプロジェクト」とU理論との類似性を、開発者と受講経験者へのインタビューを通じて分析した[19]。
  • 技術の倫理:瀬谷崎裕之(2022年)は、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の分野でのU理論の利用可能性を論じた[20]。
  • 持続可能な開発のための教育:U理論に基づいた自律性支援型のESD授業における動機づけの評価指標を実証的に研究する課題が、2020年度から2025年度までの予定で科学研究費助成事業に採択された[21]。

応用

シャーマーは『Theory U』第2版で、U理論に基づくアクション・リサーチのプログラムが世界各地の政府、企業、銀行、NGOで用いられてきたと述べている[3]。また、U理論の教育は、大規模公開オンライン講座(MOOC)を通じて書籍の読者よりはるかに広い層に向けて行われるようになった[3]。

宗教の分野では、クエーカーの研究者ジョイセリン・ダーズが、U理論をクエーカーの合議の形式に応用できると主張しており、中野泰治によれば、クエーカー国連事務室でもU理論の手法が用いられている[7]。

日本では、2010年代から企業の組織変革や人材開発を扱う雑誌でU理論が紹介され[22][23]、研究開発[24]や看護の組織運営[25]を扱う専門誌でも取り上げられた。上記の研究のように、学校教育、福祉、コーチングなどの分野でも援用されている。

日本での受容

2006年に講談社から、シャーマーがピーター・センゲ、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズと著した『Presence』の邦訳『出現する未来』(野中郁次郎監訳、高遠裕子訳)が刊行された[26]。主著は2010年に英治出版から中土井僚・由佐美加子の訳で『U理論 ― 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』として刊行され[4]、原著第2版の翻訳が2017年に出た[9]。同じ訳者により、カウファーとの共著の邦訳『出現する未来から導く』(2015年)[10]、『The Essentials of Theory U』の邦訳『U理論 エッセンシャル版』(2019年)[12]も刊行されている。2026年には、カウファーとの共著『Presencing』の邦訳『プレゼンシング』が中土井の訳で刊行された[27]。

細恵子は、U理論が訳者の中土井僚を中心に日本の企業のイノベーションのために用いられていると記している[1]。教育学の文献では、U理論は企業経営や企業人の研修のための基礎理論として使われてきたと紹介されている[6]。瀬谷崎裕之(2022年)は、U理論を社会課題を含めて広く課題解決に活用されつつある理論として紹介している[20]。

批判と限界

マネジメント・ファッションとしての批判

ビーレフェルト大学の社会学教授シュテファン・キュールは、2020年の論文で、U理論は社会学的に見ると、リーン・マネジメントやビジネスプロセス・リエンジニアリングと同様の「マネジメント・ファッション」の典型的な構造を持つと論じ、その「盲点」として次の4つを挙げた[5]。

  1. ほとんどすべてを同時に変革するという想定:U理論は、個人の自己から組織、社会全体までを変えられるとするが、社会システム理論によれば、対面の相互作用、市場、家族、組織といった社会システムはそれぞれまったく異なる仕方で作動する。U理論は主にチームや集団の中の個人の位置を明らかにすることに役立つもので、組織や社会の変化がどのように達成されるかについての説明はあいまいである。
  2. 科学・経済・政治・宗教の区別の解消:U理論は、ビジネスの実践者、科学の研究者、宗教に意味を求める人々が共通の場を作ることを描くが、近代社会ではこれらの領域がニクラス・ルーマンのいう機能分化によって独自の論理を発達させており、その融合という構想は近代社会の展開とほとんど関係がない。
  3. 共同体イデオロギーによる利害対立の解消:U理論は、参加者が一緒にUのサイクルを通ることで利害の対立が減るか解消されるという共同体の理念を支えている。経営陣が全員の共同体を強調すること自体には機能があるが、組織が対外的に示す姿を内部で信じ込みすぎると、対立する利害の表明が妨げられ、組織学習の過程が損なわれる。キュールは、U理論が「学習防止理論」に堕する危険があると述べている。
  4. 目的合理的思考への依存:U理論は、その詩的な言葉遣いにもかかわらず、PDCAサイクルやクルト・レヴィンの「解凍・変化・再凍結」モデルと同じく、現状を分析し、問題を特定し、共通の目標を立て、試し、実施するという古典的な段階モデルの変種である。組織研究が示してきたように、実際の組織の意思決定はこうした明確な段階に従わず、目標はしばしば不明確で、コーエンらの研究(ゴミ箱モデル)が示すように解決策と問題は緩やかにしか結びつかない。

キュールは結論で、U理論には一定の有用性があり、そのレトリックは変化を志向していて移行への勇気を与えると認めたうえで、盲点に取り組まなければ、それ以前の多くのマネジメント・ファッションと同じように廃れていくだろうと述べている[5]。

シャーマーの応答

シャーマーは同じ号に応答論文を寄せ、キュールの4つの主張は根拠がないか見当違いであると論じた。さらに、キュールが問わなかった問いを検討するとともに、キュールの批判が拠って立つルーマン流のオートポイエティックな社会システム理論の盲点を論じ、マトゥラーナとバレーラの後期の仕事に立脚した社会システム論がどのようなものになるかを問い、それが実はU理論にあたると論じている[16]。

哲学的・歴史的な基礎づけへの批判

ヘラーは『Philosophy of Management』誌に発表した論文で、U理論の歴史的・哲学的な基礎づけを検討し、現実世界の複雑さを十分に捉えておらず、広く受け入れられている学術的な基準を満たしていないと結論した[3]。主な指摘は次のとおりである。

  • 社会1.0から4.0へと進む歴史モデルは直線的な進歩を想定しており、政治の現実との隔たりが大きい。トインビーの枠組みの応用であるという主張にも根拠がなく、トインビー自身は直線的な進歩の観念を過度の単純化として退けている[3]。
  • エコシステムを志向する企業の例として挙げられる企業が、ほかの企業より共感的にふるまっていることを示す比較の証拠は示されていない[3]。
  • ニーチェ、カプラ、バレーラ、フッサールへの参照には首尾一貫した哲学的な基礎づけが見出せず、シュタイナーの人智学も科学的な総合には至らない。ヘラーは、スウェーデンの哲学者スヴェン・オーヴェ・ハンソンによる人智学の検討を引き、人智学は間主観性と予測の検証可能性という科学の基本的な基準を満たさないとしている[3]。

一方でヘラーは、シャーマーは主流のリーダーシップ理論を超えて非伝統的な思想の流れを広く取り入れた最初の組織リーダーシップ研究者であると評価し、U理論の感情的知性、知的な幅の広さ、学際性といった長所を、一貫しない歴史論や哲学的な矛盾から切り離して教えるべきだと提案している[3]。

対話理論としての限界

中野泰治は、クエーカーの合議にU理論が援用されている状況を検討するなかで、U理論は他者との対話のための理論である反面、「小さな自己が大きな自己になる」自己の成長物語のような構造を持ち、対人スキルの自己変革の枠を超えていないように思えると述べた[7]。中野によれば、U理論は自己の意識の成長と変容に重点を置くため、対話理論として用いられてもモノローグ的な印象を拭えず、異質な他者の存在を前提とする対話や組織的な一致のための理論としてはうまく機能しない構造を持つ。また中野は、U理論をクエーカーの合議に応用するダーズの議論では、Uの底にある「源」が実際には定義できないものとされる一方で、別の箇所では神の概念とほぼ同一視されていると指摘し、U理論はネオ・ヘーゲリズムやニューソートと同様に、自己が大いなる自己と一致する自己充足的な構造を持つと論じた[7]。

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ 竹端寛は Open Will を「開かれた意思」と表記し[2]、吉田誠らは「開かれた意志」と表記している[8]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 細恵子「U理論を用いた文学教材「海のいのち」の授業構想 ― 小学校6年児童の実態調査を踏まえて」『初等教育カリキュラム研究』第9巻、2021年、21-33頁、doi:10.60451/seec.9.0_21。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 竹端寛「福祉現場の構造に関する現象学的考察 ― 「U理論」と「魂の脱植民地化」概念を手がかりに」『山梨学院大学法学論集』第68巻、2011年、363-389頁、2026年10月12日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 Peter W. Heller (2019). “The Philosophy of Theory U: A Critical Examination”. Philosophy of Management 18 (1): 23-42. doi:10.1007/s40926-018-0087-0.
  4. 1 2 C・オットー・シャーマー 著、中土井僚、由佐美加子 訳『U理論 ― 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』英治出版、2010年。ISBN 978-4-86276-043-2。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 Stefan Kühl (2020). “The Blind Spots in Theory U: The Reconstruction of a (Change-) Management Fashion”. Journal of Change Management 20 (4): 314-321. doi:10.1080/14697017.2020.1744883.
  6. 1 2 3 4 難波博孝「U理論から考える深い学び ― 日台共通小学校説明文実践を通して」『国語教育研究』第58巻、2017年、36-44頁、2026年10月12日閲覧。
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 中野泰治「合意形成および組織形成の基盤理論としての完全論 ― 自由主義クエーカー思想の諸類型と合意形成論・組織論の問題点」『基督教研究』第83巻第1号、2021年、1-18頁、2026年10月12日閲覧。
  8. 1 2 3 4 吉田誠、中島征一郎「教師及び教師を目指す学生に対するコーチング方法の開発 ― U理論に基づく構造的コーチングの提案と事例分析」『山形大学教職・教育実践研究』第20巻、2025年、45-56頁、2026年10月12日閲覧。
  9. 1 2 C・オットー・シャーマー 著、中土井僚、由佐美加子 訳『U理論 ― 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(第2版)英治出版、2017年。ISBN 978-4-86276-247-4。
  10. 1 2 C・オットー・シャーマー、カトリン・カウファー 著、由佐美加子、中土井僚 訳『出現する未来から導く ― U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する』英治出版、2015年。ISBN 978-4-86276-178-1。
  11. ↑ Otto Scharmer (2018). The Essentials of Theory U: Core Principles and Applications. Berrett-Koehler. ISBN 978-1-5230-9440-0
  12. 1 2 C・オットー・シャーマー 著、中土井僚、由佐美加子 訳『U理論 エッセンシャル版 ― 人と組織のあり方を根本から問い直し、新たな未来を創造する』英治出版、2019年。ISBN 978-4-86276-267-2。
  13. 1 2 3 4 元澤倫久「教師の指導観の問い直しを促す校内研修プログラムの開発的研究 ― U理論を援用した組織的省察の展開とその効果」『日本教育経営学会紀要』第66巻、2024年、92-102頁、doi:10.24493/jasea.66.0_92。
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  20. 1 2 瀬谷崎裕之「倫理的・法的・社会的課題への「U理論」適用可能性 ― 豊かな技術社会共創のための方法論」『安全工学』第61巻第2号、2022年、95-101頁、doi:10.18943/safety.61.2_95。
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  22. ↑ 辻井隆行「実践の奥義 注目「U理論」による組織変革 無自覚の現実を見える化」『日経ビジネス』第1657号、2012年9月10日、82-85頁。
  23. ↑ 木村美幸「「出現する未来」から学ぶ U理論で組織を変える」『人材教育』第24巻第5号、2012年5月、42-45頁。
  24. ↑ 高野文夫「思い込みを排除して新しいアイディアを生み出す方法論(シリーズの1)U理論とFlow理論の実践応用」『研究開発リーダー』第8巻第11号、2012年2月、50-57頁。
  25. ↑ 中島美津子「U理論 ― 組織も、看護も、「Decent」から「Authentic」へ」『看護』第72巻第3号、2020年3月、92-97頁。
  26. ↑ ピーター・センゲ、C・オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズ 著、高遠裕子 訳『出現する未来』野中郁次郎監訳、講談社、2006年。ISBN 4-06-282019-6。
  27. ↑ C・オットー・シャーマー、カトリン・カウファー 著、中土井僚 訳『プレゼンシング ― 最高の未来の可能性を招き入れ、ともに実現する7つの実践』英治出版、2026年。ISBN 978-4-86276-376-1。

参考文献

  • C. Otto Scharmer (2007). Theory U: Leading from the Future as It Emerges: The Social Technology of Presencing. Society for Organizational Learning. ISBN 978-0-9742390-5-7 
  • C. Otto Scharmer (2016). Theory U: Leading from the Future as It Emerges (2nd ed.). Berrett-Koehler. ISBN 978-1-62656-798-6 
  • Otto Scharmer; Katrin Kaufer (2013). Leading from the Emerging Future: From Ego-System to Eco-System Economies. Berrett-Koehler. ISBN 978-1-60509-926-2 
  • Otto Scharmer (2018). The Essentials of Theory U: Core Principles and Applications. Berrett-Koehler. ISBN 978-1-5230-9440-0 
  • C・オットー・シャーマー 著、中土井僚、由佐美加子 訳『U理論 ― 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(第2版)英治出版、2017年。ISBN 978-4-86276-247-4。 
  • C・オットー・シャーマー 著、中土井僚、由佐美加子 訳『U理論 エッセンシャル版 ― 人と組織のあり方を根本から問い直し、新たな未来を創造する』英治出版、2019年。ISBN 978-4-86276-267-2。