アリー・スルターン

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アリー・スルターン('Ali-Sultan、? - ?)は、チャガタイ・ハン国の君主(在位:1340年[1])。チャガタイの弟オゴデイの5世孫でカダンの4世孫にあたり、クレスベを父に持つ[1]。

アリー・スルターンはイスラム教徒であり、チャガタイの子孫イェスン・テムルを廃して即位したと伝えられている[2]。アリー・スルターンの治世のチャガタイ・ハン国ではキリスト教徒に激しい迫害が加えられ、イスラム教徒の暴動が発生した[2]。チャガタイ・ハン国に派遣されていたキリスト教の宣教師は全員殉教し、宮廷の要職を占めていたネストリウス派のキリスト教徒も暴動の影響を被った[2]。イスラーム世界の歴史家からも、こうした政策を実施したアリー・スルターンは残忍な人物に映っていた[2]。

脚注

  1. 1 2 『中央ユーラシアを知る事典』(平凡社, 2005年4月)、556-557頁
  2. 1 2 3 4 Barthold『Four studies on the history of Central Asia』、136頁

参考文献

  • V.V. Barthold『Four studies on the history of Central Asia』(Minorsky, T、Minorsky, Vladimir訳, E.J. Brill, 1956年)
先代
イェスン・テムル
チャガタイ・ハン国
1340年
次代
ムハンマド