アルシド・ドルビニ

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アルシド・ドルビニ
Alcide Dessalines d’Orbigny
生誕 (1802-09-06) 1802年9月6日
フランス共和国、ロワール=アトランティック県クエロン
死没 (1857-06-30) 1857年6月30日(54歳没)
研究分野 博物学
研究機関 パリ自然史博物館
プロジェクト:人物伝
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アルシド・ドルビニ(Alcide Charles Victor Marie Dessalines d'Orbigny、1802年9月6日 - 1857年6月30日)はフランスの博物学者である。動物学、軟体動物学、古生物学、地質学、考古学、人類学などの分野に貢献した。

略歴

クエロン(ロワール=アトランティック県)に生まれた。父親は、船医でアマチュア博物学者であった。博物学に興味を持ち、パリでルイ・コルディエ (Pierre Louis Antoine Cordier) とジョルジュ・キュヴィエの弟子となった。終生、キュヴィエの「天変地異説」を擁護し、ジャン=バティスト・ラマルクの進化論に反対した。

ドルビニはパリ自然史博物館のために、1826年と1833年に南アフリカを訪れた。ブラジル、アルゼンチンなど南アメリカ各地を訪れ、10,000点以上の博物学のコレクションをパリに持ち帰った。旅行記として La Relation du Voyage dans l'Amérique Méridionale を著し、チャールズ・ダーウィンはこの本を19世紀の科学の記念碑的な作品と評した。

1840年、フランスの化石に関する著書、La Paléontologie Française を著した。1894年に 代表的な著作、Prodrome de Paléontologie Stratigraphique を著し、その中で、約18,000の種について著述した。

1853年にパリ自然史博物館の古生物学の教授となった。現在も使われている地質学の年代名を作ったことで知られる。

"La Relation du Voyage dans l'Amérique Méridionale" の図版

関連項目