イバン・コルドバ

ウィキペディアから、無料の百科事典
イバン・コルドバ
インテル時代のコルドバ (2009年)
名前
本名 イバン・ラミロ・コルドバ・セプルベダ
Iván Ramiro Córdoba Sepúlveda
ラテン文字 Ivan CORDOBA
基本情報
国籍  コロンビア
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1976-08-11) 1976年8月11日(48歳)
出身地 リオネグロ
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
ポジション DF (CB)
利き足 右足
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1993-1995 コロンビアの旗 D・リオネグロ 42 (1)
1996-1998 コロンビアの旗 アトレティコ・ナシオナル 73 (1)
1998-2000 アルゼンチンの旗 サン・ロレンソ 59 (8)
2000-2012 イタリアの旗 インテル 324 (15)
代表歴
1997-2011  コロンビア 73 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

イバン・ラミロ・コルドバ・セプルベダ(Iván Ramiro Córdoba Sepúlveda, 1976年8月11日 - )は、コロンビア・リオネグロ出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。コロンビア代表では長年キャプテンを務めた。

クラブ経歴

デポルティーボ・リオネグロ(スペイン語版)でキャリアをスタートし、1996年にコロンビアリーグで当時6度の優勝を誇ったアトレティコ・ナシオナルへ移籍。1998年にはアルゼンチンのCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロへ移籍し、1998-99シーズンにはDFながらも6得点を記録した。

2000年1月、レアル・マドリードやACミランのオファーを断ってイタリアのインテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍。マルコ・マテラッツィとセンターバックでコンビを組み、インテルのセリエA5連覇を支えた。2005年のコッパ・イタリア決勝ではコンフェデレーションズカップに招集され不在だったキャプテンのハビエル・サネッティに代わりキャプテンマークを巻いて勝利に貢献し、トロフィーを掲げた。

2009-10シーズンからはルシオの加入や、ワルテル・サムエル、クリスティアン・キヴなどの存在もありローテーションで試合に出ることが増え、前シーズンよりも出場機会が減った。

2010年2月11日、パルマFC戦において、インテルにおける公式戦出場記録が411試合となった。この記録はジュゼッペ・ベルゴミ、ハビエル・サネッティ、ジャチント・ファッケッティに次いでインテルにおいて4番目に多い出場記録である。

2012年5月5日、2011-12シーズン限りでの現役引退を表明し、翌日のACミランとのミラノダービーがホームでのラストゲームとなった[1]。シーズンを通してリーグ戦4試合にしか出場していなかったが、アンドレア・ストラマッチョーニ監督は出番を与え、84分から出場し4-2での勝利に貢献した。

現役引退後はインテルのチームマネージャーに就任したが[2]、2014年9月25日に双方同意の下で契約を解消した[3]。

代表経歴

1997年にコロンビア代表デビュー。カルロス・バルデラマが代表から引退するとキャプテンに就任した。

主将として臨んだ初めての国際大会であるコパ・アメリカ2001では、全6試合で無失点に押さえ、決勝のメキシコ戦では自ら決勝点を挙げ、コロンビアを史上初となるコパ・アメリカ優勝に導いた[4]。

所属クラブ

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 73試合 5得点(1997年-2010年)[5]
コロンビア代表国際Aマッチ
年出場得点
199790
199840
199973
2000101
2001101
200200
2003100
200460
200550
200600
200760
200800
200940
201020
通算735

タイトル

クラブ

インテル

代表

コロンビア代表

脚注

外部リンク