ウクライナ国立バレエ
ウクライナ国立バレエ(ウクライナこくりつバレエ、ウクライナ語: Національний балет України ナツィオナーリヌィ・バレート・ウクライーヌィ)は、ウクライナの国立のバレエ団である。ウクライナの国立オペラ劇場所属のバレエ団であるので「Балет Національної опери України (ウクライナ国立オペラ・バレエ団)」と表記されることもある。本拠地をウクライナの首都キーウ置いている。
ウクライナには首都キーウ以外の都市にも、国立劇場およびその劇場に所属する国立バレエ団が複数存在しているので、名称的に紛らわしい状況があり、他の都市の国立バレエ団と区別するために通称でキーウ・バレエ(Київський балет キーウシキー・バレート)と呼ばれることは多かった(現在でも、ウクライナ国内では通称でそう呼ばれることがある)。海外公演などでも、どの都市から来たバレエ団なのかはっきり示して(例えば英語では)Kyiv Balletなどと表示していた歴史が長く、これが一種の "ブランド"となり、日本でも長年「キエフ・バレエ(2022年以降はキーウ・バレエ)」として親しまれてきた。
1867年に創立された「ウクライナ国立歌劇場」を本拠地としており、ボリショイ・バレエやマリインスキー・バレエ(レニングラード・バレエ)と並び、旧ソ連時代から「旧ソ連3大バレエ団」の一つとして高く評価されてきた歴史を持つ。
クラシック・バレエの作品を上演し、国際的にもツアーを行っている。
概説
- 歴史
当バレエ団は、1867創立のウクライナ国立歌劇団がバレエダンサーもかかえていた時に起源があり、1893年までには人数も増えて本格的バレエ公演を行えるようになった。
- ダンサー
キーウ国立バレエ学校で「ワガノワ・メソッド」でクラシック・バレエの強固な基礎を叩き込まれた優秀な卒業生を中心に構成されている。 世界的なスターであるアリーナ・コジョカルやヤーナ・サレンコ、デニス・マトヴィエンコなども本バレエ団の出身者や深い関係のあるバレエダンサーである。
第一次世界大戦中にはセルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュスも一時キーウに避難した。
- レパートリー
現在、24 のバレエのレパートリーがあり、世界最大級のレパートリーである。
- ※旧ソ連時代から『スパルタクス』や『ロミオとジュリエット』など、ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフやアラム・ハチャトゥリアンの作品も重要レパートリーとして長年踊られてきた。だが2022年のロシアによる軍事侵攻以降、ウクライナ国内での公演においては、ロシア人作曲家の作品の上演を原則として見合わせて、ウクライナ人作曲家の作品や西欧のクラシック作品へ差し替えるといったプログラム変更が行われている。
レパートリーを分類して下に示す。
- 三大クラシック・バレエ(チャイコフスキー作品)
- その他の世界的大作
- ウクライナ独自の伝統を示す作品 ─ ウクライナの歴史、民話、音楽、文学をベースにした、ウクライナ人だからこそ踊れる独自の作品
- 『森の詩』(ウクライナ語: Лісова пісня)─ ウクライナの文豪レーシャ・ウクライーンカの戯曲をベースにした、ウクライナ・バレエの最高傑作の一つ。森の精霊と人間の青年の切ない恋を描いた作品で、劇場のアイデンティティとも言える演目
- 『百合』(ウクライナ語: Лілея)─ ウクライナの国民的詩人タラス・シェウチェンコの詩に基づき、ウクライナの作曲家コンスタンティン・ダンケヴィチが作曲したドラマチックな名作
- 『ウィーンのワルツ』(ウクライナ語: Віденський вальс) ─ ウクライナ国立バレエの元芸術監督である名振付家アナトリー・シェケラの代表作。ヨハン・シュトラウス(父・子)やヨーゼフ・シュトラウスの軽快な音楽に乗せて、若き作曲家フランツと恋人、そして有名バレリーナの三角関係を描いた非常に華やかな2幕もののバレエ。ウクライナ国立歌劇場で2001年の初演以来、絶大な人気を誇り、定番レパートリーとなっている。
日本との関係
キーウ・バレエは1972年に初めて来日した。2022年には国立歌劇団と国立歌劇場管弦楽団と共に「新春オペラ・バレエ・ガラ」と題して、全国13都市で上演している[1]。バレエ団の総合芸術監督には、小学生時代からキーウ・バレエ学校に留学し、その後ソロイストとして活躍して数々の賞を受賞した寺田宜弘が就任している[2]。
写真集
- 白鳥の湖、
- カルメン(すべてナタリア・マツァーク Natalia Matsak)