エディ・オロペイサ

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エディ・オロペイサ
Eddie Oropesa
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地  キューバ
マタンサス州コロン(英語版)
生年月日 (1971-11-23) 1971年11月23日(54歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 MLBドラフト14巡目(全体384位)
初出場 CPBL / 1998年
MLB / 2001年4月2日
最終出場 CPBL / 1998年
MLB / 2004年5月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

エディルベルト・オロペイサ(Edilberto Oropesa, 1971年11月23日 - )は、キューバのマタンサス州コロン(英語版)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。

経歴

1993年7月12日、第19回夏季ユニバーシアード大会の野球競技のキューバB代表の一員としてアメリカ合衆国のニューヨーク州バッファローに滞在中、レイ・オルドニェスと共に宿舎を囲む高さ2.5メートルのフェンスをよじ登って脱出し、亡命した。亡命後は北米独立リーグであるノーザンリーグのセントポール・セインツと契約し、4試合に登板した。

1994年のMLBドラフト14巡目(全体384位)でロサンゼルス・ドジャースから指名されてプロ入りし、契約後に傘下のA+級ベロビーチ・ドジャースでプロデビュー。

なお、MLBは1994年8月から1995年4月にかけてMLB史上最長のストライキを実施するが、オロペイサも1995年のスプリングトレーニングにはオーナー側の命令で代替選手として参加していたためにスト破りを行った報復措置として、以降は選手会への加入を認められなかった。

その後はサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下、CPBLの統一ライオンズ、メキシカンリーグのレイノサ・ブロンコスを渡り歩き、2001年にフィラデルフィア・フィリーズでメジャーデビュー。以降2004年まで全てリリーフでメジャー通算125試合に登板した。

2005年以降はマイナー球団(シカゴ・カブス傘下とボルチモア・オリオールズ傘下)、再びメキシカンリーグ、独立リーグ、オランダプロ野球リーグのホーフトクラッセでプレーした。

引退後はダイヤモンドバックス傘下のマイナーでコーチとなり[1]、2016年から3年間務めた。

詳細情報

背番号

  • 54(2001年、2003年、2004年途中 - 同年途中)
  • 47(2002年)
  • 43(2004年 - 同年途中)

脚注

関連項目

外部リンク