エリック・カートマン
エリック・セオドア・カートマン(Eric Theodore Cartman)は、アメリカのアニメーションシリーズ『サウスパーク』に登場する架空の人物。主人公格の少年4人組の一人であり、肥満体型と独特の服装、傍若無人な言動、極端な自己中心性、そして常軌を逸した悪意で知られる。
共同制作者のトレイ・パーカーとマット・ストーンはカートマンを特に気に入っているキャラクターとして挙げており、彼には作者たち自身の暗い側面も反映されているという趣旨の発言をしている。
キャラクターのモデルは1970年代アメリカの人気シットコム『オール・イン・ザ・ファミリー』の登場人物アーチ・バンカー(Archie Bunker)とトレイの高校時代の友人マット・カープマン(Matt Karpman)であるとされる。[1][2]
基礎データ
- 本名:エリック・セオドア・カートマン(Eric Theodore Cartman)
- 声:トレイ・パーカー
- 日本語吹き替え:LiLiCo(WOWOW版・バイアコム版)、斉藤貴美子(FOX版)、柳原哲也(無修正映画版)
- 性別:男性
- 誕生日:7月1日
- 学年:サウスパーク小学校4年生
- 好物:ケンタッキーフライドチキン(KFC)、ジャンクフードなど
- 苦手な食べ物:辛い物
- 血液型:AB型RH-
日本語吹き替え版では、WOWOW版・バイアコム版などで「オイラ」を一人称として使用する。場面によって「俺」「僕」「私」を用いることもあるが、作品や吹き替えの版によって口調は異なる。原語版では、幼い子供らしい発音と、尊大で攻撃的な話し方が特徴となっている。
概要
コロラド州サウスパークに在住する小学生。主役4人組の中でもとりわけ自己中心的で、他人を侮辱したり、自分に都合のよい理屈を振りかざしたりすることをためらわない。
シリーズ初期には、仲間からからかわれたり、自身の短慮が原因で自滅する、短気でわがままな少年としての側面が目立っていたが、シリーズが進むにつれて、自分の欲望を満たすために他人を巧みに操り、周囲の人間関係を利用し、時には人命さえも軽視するようになる。
その悪辣さを決定的に印象づけたのが、シーズン5第4話「カートマン・レクターの鬼畜晩餐会」である。このエピソードで、カートマンは年上の少年スコット・テナーマンに金銭をだまし取られ、屈辱を味わわされる。報復を試みるたびに失敗し続けた彼は、最終的に「スコットの両親を殺害させ、その遺体をチリに加工してスコット本人に食べさせる」という、極めて残虐な復讐計画を実行。しかも、スコットが真相を知って泣き崩れる姿を見て、その涙を舐めながら勝ち誇る。
この一件は、カートマンが単に衝動的で残酷なだけでなく、他人の心理を理解した上で、その弱点を利用して最大限の苦痛を与えることができる人物であると示した。スタンとカイルが、今後はカートマンを本気で怒らせないようにしようと話す結末も、彼の危険性を象徴している。
一度目的が定まると、異様な執念を発揮し、子供とは思えない規模の計画を企てることがある。壮大な陰謀と食べ物やゲームをめぐる些細なわがままが同じ人物から生まれることこそ、カートマンというキャラクターの滑稽さである。
差別主義と扇動
カートマンの性格を特徴づける要素の一つが、極端な偏見と差別意識である。筋金入りの反ユダヤ主義者であり、それ以外の侮蔑の対象も赤毛、ヒッピー、ホームレスなど多岐にわたる。
シーズン8では、映画『パッション』に触発されたカートマンが、ヒトラーを思わせる姿で人々を扇動し、ユダヤ人の絶滅を目指す妄想的な計画を進める。彼の差別思想は単なる悪口にとどまらず、周囲を動かして現実の集団行動へと発展させる危険性を持っている。
周囲との関係
カートマンは、サウスパーク市民の中でも特に問題行動の多い子供であり、大人を悩ませる存在である。成績は芳しくなく、同級生からも敬遠されがちで、女子生徒が作成した男子の容姿ランキングでは常に最下位に位置づけられる。
彼は自分を魅力的で特別な存在だと考え、他人から賞賛されることを強く望んでいる。しかし、実際には他人への配慮が乏しく、自分の都合を優先するため、周囲から尊敬されることは少ない。
その一方で、カートマンは人前で堂々と振る舞い、他人の目を気にせず自分の欲望を主張することができる。自信に満ちた態度は、時に人々を引きつけ、彼の計画に協力させる要因にもなってしまう。
彼の問題は、自信過剰な性質そのものではなく、自分の価値を認めてもらいたいという欲求が、他人を貶めることや、相手を支配することと結びついている点にある。カートマンは他人から認められたいと望む一方で、他人を対等な存在として認めることが極めて不得意なのである。
カイル・ブロフロフスキー
カイルはカートマンにとって、最も執拗に敵視する相手の一人である。カートマンはカイルのユダヤ系という出自を繰り返し侮辱し、些細なことでも対抗意識を燃やす。
しかし、両者の関係は単純な敵対関係ではない。カイルはカートマンの嘘や詭弁を見抜き、彼の計画を阻止しようとする。一方のカートマンも、カイルが反応してくれることを前提に挑発を繰り返している節がある。カイルが相手にしなくなると、カートマンの側が張り合いを失うこともある。
その意味で、カートマンのカイルに対する敵意には、嫌悪だけでなく、競争心や執着も含まれていると考えられる。カイルは、カートマンが自分を正当化するための理屈を真正面から崩すことのできる、数少ない相手だからである。
また、カートマンはカイルを本当に憎んでいるように見える一方、彼が危機に陥った際には助けることもある。シーズン10第2話「自己満警報」では、ブロフロフスキー家をめぐる騒動の中で彼らを救う側に回る。また、シーズン11の「イマジネーションランド」三部作では、カイルとの賭けを成立させるためという利己的な動機だけで心肺停止状態となったカイルに心肺蘇生を施す。
これらの行動を、カートマンが実はカイルを大切に思っている証拠と断定することはできない。彼は善意から行動することもあれば、自分の利益や執着を満たすために行動することもある。むしろ、敵意と協力が同居していること自体が、二人の関係の面白さである。
なお、カイルの母親シーラ・ブロフロフスキーも、カートマンにとって敵視する対象の一人である。彼女が社会的・政治的な問題に積極的に関与することに反発し、侮辱的な歌まで作って攻撃している。
ケニー・マコーミック
ケニーは貧しい家庭に暮らしており、カートマンから金銭面や家庭環境をからかわれることがある。しかし、カートマンはケニーに対して、カイルに向けるような執拗な敵意を常に示すわけではない。
二人は過激な発言や下品な冗談を共有することもあり、状況によっては気の合う仲間として描かれる。ただし、シリーズ初期にはケニーとの仲が悪い場面もあり、両者の関係が一貫して良好というわけではない。
また、シーズン15以降、カートマン自身も経済的に恵まれているとは言い難い立場に置かれていることが示される。自分より貧しい相手を嘲笑するカートマンの態度は、彼が自分の境遇を客観的に理解していないことや、他人を見下すことで自分の劣等感を覆い隠そうとする性質を浮き彫りにしている。
ケニーとの関係においても、カートマンは相手を一方的に見下すだけではない。彼自身の愚かさや弱さが露呈する場面では、普段の尊大な態度との落差が生まれ、笑いにつながる。
バターズ・ストッチ
バターズは、カートマンにとって利用しやすい友人の一人である。バターズは純朴で人を疑うことが苦手なため、カートマンの計画に巻き込まれたり、嘘を信じ込まされたりすることが多い。
カートマンはバターズを利用して自分の目的を達成しようとする一方、彼と行動を共にする機会も多い。二人の関係は、カートマンが一方的にバターズを振り回す構図を基本としながらも、時としてバターズが予想外の反応を示し、カートマンの計画を狂わせることもある。
バターズは、カートマンの悪意や自己中心性を際立たせる存在である。カートマンが他人の善意や信頼をどれほど簡単に利用するのか、そして、その行為が相手にどれほどの損害を与えるのかが、二人の関係を通じて繰り返し描かれている。
また、カートマンがバターズを表向き仲間として扱うことがあるからといって、両者の関係が対等な友情であるとは限らない。カートマンにとってバターズは、仲のいい友達というより、都合よく利用できる友達である。この曖昧さが、二人の関係を単純な善悪の構図に収めない要因となっている。
行動力と知性
カートマンは学校の成績が芳しくなく、衝動的で幼稚な行動も多い。しかし、彼は他人を説得したり、嘘を信じ込ませたり、集団の心理を利用したりする能力に長けている。
自分の目的に必要だと判断すれば、複雑な計画を立て、周囲の人物を役割に応じて動かし、時には事業を立ち上げることさえある。外国語を使いこなしたり、制度の抜け穴を利用したりすることもあり、その行動力は小学4年生という出自から考えると異様なほどである。
一方、彼の計画はしばしば、本人の自尊心や短期的な欲望に支配されている。目的そのものがくだらなかったり、実行方法があまりにも大げさだったりするため、結果的に失敗することも少なくない。
カートマンの知性は、知識や論理を着実に積み重ねるタイプのものではなく、自分が勝つために必要な情報や手段を見つけ出し、相手の弱点を利用する方向に偏っている。そのため、計画が成功すれば恐ろしく有能に見える一方、前提が崩れると一気に滑稽な姿をさらす。
彼の行動力を支えているのは、能力だけではない。自分が間違っている可能性をほとんど認めず、恥をかくことや敗北を受け入れることを極端に嫌う性格も大きい。失敗しても反省することはなく、むしろ別の手段で勝とうとするため、周囲は何度でも彼の騒動に巻き込まれる。
シーズン11第8話「頭の中のフィルター」では、カートマンがトゥレット症候群の少年を見かけたことをきっかけに、自分も同症候群であると偽る。彼の目的は、病気を理由にして自分の発言に対する責任を免れることである。
カートマンは自分の詐称を周囲に信じ込ませ、テレビ出演まで企てるが、やがて本当に自分の発言を制御できなくなったかのような状況に陥り、思うように振る舞えなくなる。
このエピソードは、カートマンの差別的な言動と、責任を逃れようとする性質を端的に示している。彼は自由に発言する権利を主張しているのではなく、他人を傷つける発言をしても自分だけは罰せられない立場を欲しているのである。
なお、このエピソードの風刺の対象は、実在するトゥレット症候群そのものではなく、病気を装って他人を傷つける行為を正当化しようとするカートマンの身勝手さにある。
それ以外にも、パラリンピックの賞金を得るために障害者のふりをするなど、自分の利益のためなら他人の立場や制度を利用することを躊躇しない。
彼は、自分が何らかの不利益を被ると激しく抗議する一方、他人の不利益については驚くほど無頓着である。社会制度や道徳を、自分に利益をもたらすときには利用し、不都合なときには無視するという態度は、彼の行動に一貫して見られる。
こうしたエピソードでは、カートマンの悪意だけでなく、制度を利用する人間の利己性や、他人の苦労を自分の利益に換算する発想も風刺されている。
欲望と執着
カートマンは、食べ物、ゲーム、最新機器など、自分が欲しいと思ったものに対して強い執着を示す。特にケンタッキーフライドチキンへの愛着は際立っている。
「カートマン、死す」では、スタンの母親が買ってきたフライドチキンの皮だけを、スタンたちの目を盗んですべて食べてしまう。その結果、クラスメイト全員から無視されることになるが、カートマンは自分の行為を反省するよりも、周囲が自分を無視する理由を理解しようとする。
また、「医療用フライドチキン」では、コロラド州のKFC店舗が医療用大麻の販売店に置き換えられたことから、カートマンはフライドチキンを手に入れられなくなる。禁断症状を思わせる状態に陥った彼は、脱法KFCの流通に関わるようになり、やがて危険な事態に巻き込まれる。
さらに、シーズン15の「ボランティアで大儲け」では、KFCのグレービーソースを満たしたジャグジーが登場する。カートマンにとって食べ物は単なる栄養源ではなく、満足感や優越感を得るための重要な対象なのである。
ゲーム機や電子機器に対する執着も強い。PSPの発売日には列の先頭に割り込もうとし、Wiiの発売を待ちきれずに雪山で氷漬けになり、iPadを買ってもらえなかった際には、ガラスを入れたケースをそれらしく持ち歩くなど、欲しいものを手に入れられない不満をくだらない方法で解消しようとする。
これらのエピソードでは、カートマンの欲望がしばしば現実の制約を無視し、周囲を巻き込んで膨れ上がる様子が描かれる。彼にとって欲しいものを手に入れることは、単に物を所有することではなく、自分が満足できる状態を他人より優先させることでもある。
恋愛と性的な言動
カートマンの恋愛感情は、しばしば自己中心性や虚栄心と結びついている。
シーズン11第8話「頭の中のフィルター」では、トゥレット症候群を装っている最中に、パティ・ネルソンという女子生徒が好きで、彼女とキスすることを妄想していると公言してしまう。本人が意図していなかった形で本音をさらけ出してしまう場面は、普段は他人を操る側にいるカートマンが、自分自身の感情を完全には制御できないことを示している。
シーズン20では、同級生のハイディ・ターナーと親密になり、恋愛関係へと発展する。しかし、カートマンはハイディを精神的に追い詰め、自分に都合のよい関係を維持しようとする。周囲の人々に対してハイディを悪く言い、彼女の感情を軽視することもある。
シーズン21では、ハイディがカイルと交流するようになったことも、カートマンの嫉妬や敵意を刺激する。カートマンはハイディを対等な恋人として尊重するより、自分の望むままに行動させようとする傾向を見せる。
二人の関係は、シーズン21第7話「モラハラから逃げろ!」で大きな転機を迎える。ハイディはカートマンとの関係を終わらせる決断を下し、カートマンは彼女を失ったことへの怒りを周囲に向ける。
この恋愛関係は、カートマンが他人を支配しようとする性質を、より個人的な人間関係の中で描いたものといえる。彼は相手から愛情を得ようとする一方、その相手の自立や意思を受け入れることができない。自分が傷つく可能性を避けるために相手を傷つけ、関係が破綻すると、その責任を相手や周囲に押しつけるのである。
また、カートマンは性的な話題や同性愛をめぐる冗談に頻繁に関わる。バターズの肉体を利用した悪ふざけなど、同性愛的に見える行動を取ることもあるが、それらをもって本人の性的指向を断定することはできない。
ぬいぐるみと想像上の友人
極端に利己的で攻撃的なカートマンだが、ぬいぐるみや想像上の人物に対して強い愛着を示すこともある。
代表的なものとして、カエルのクライド・フロッグ、パンダのピーター・パンダ、女の子のポーリー・プリシーパンツ、ドラゴンのランパー・トンプスキンなどが挙げられる。また、自分の手に描いた顔を「ミッチ・コナー」と名づけ、独立した人格を持つ人物であるかのように扱うこともある。
カートマンは、こうしたぬいぐるみや架空の人物に細かな人格や設定を与え、自分の想像の中で会話や物語を成立させる。これらは彼にとっての想像上の友人であり、現実の人間関係では満たされない欲求を補う役割を果たしているようにも見える。
シーズン15では、カートマンが想像上の友人たちとの関係を卒業し、大人になろうとする過程が描かれる。しかし、その試みもまた、周囲を巻き込む騒動へと発展してしまう。カートマンは成長を望むことがあっても、自分の欲望や行動様式を根本的に変えることが難しいのである。
意外な善意と矛盾
カートマンは、しばしばサイコパスと形容されるほど残酷な行動を取る。しかし、彼のすべての行動をその一語で説明することはできない。
例えば、街中の猫が収容所へ送られる状況では、カートマンが猫をかくまう側に回ったことがある。また、友人が困っている時に手を貸したり、誰かのために行動したりする場面も存在する。
少年院に収監された際に知り合ったロンパー・ストンパーとの面会では、彼が行きたがっていた遊園地のアトラクションを尻の中に隠して持ち込むという方法で願いを叶えようとする。
そのほか、不当逮捕されそうになったジェファーソン氏をかばう、ジミーに女性の口説き方を教える、幼稚園教諭と駆け落ちしたカイルの弟アイクを捜すなど、他人を助ける役割を担うこともある。
ただし、これらの行動を一括して純粋な善意と見なすことには慎重であるべきだろう。カートマンの行動には、本人の利益、好奇心、執着、仲間意識、あるいはその場の気まぐれが複雑に入り交じっている。彼は他人を助けることができるが、だからといって他人の苦痛を一貫して気遣う人物になるわけではない。
むしろ、カートマンの人物像を理解する上で重要なのは、残酷さと愛着が同じ人物の中に共存していることである。彼は感情を持たない怪物ではない。しかし、自分が愛着を持つ相手や物と、そうでない相手との間に、極端な差を設けている。そのため、カートマンの善意は彼を免罪する材料というより、彼の倫理観がいかに自分本位で、状況に左右されるものなのかを示す材料となっている。
喧嘩の弱さと身体的な欠点
カートマンは口先では非常に強気だが、素手の喧嘩や肉弾戦には弱い。カイルに殴られて泣いたことがあるほか、女子生徒のウェンディ・テスタバーガーに激しく反撃され、痛い目に遭ったこともある。
こうした描写は、カートマンの尊大な態度と実際の能力との落差を生み出している。彼は他人を支配することに執着しているが、身体的な力で相手を圧倒できるわけではない。そのため、直接対決で勝てない相手に対しては、策略や嘘、社会的な圧力などを利用しようとする。
カートマンの強さは、腕力よりも、相手の弱点を見つけて利用する能力にある。しかし、その手段が通用しなければ、彼は途端に取り乱し、泣きわめく子供へと戻ってしまう。
この落差もまた、彼が完全無欠の悪役ではなく、虚栄心や劣等感に振り回される一人の子供として描かれていることを示している。
家庭環境
カートマンは母親のリアン・カートマンと暮らしている。カートマンはリアンに対し、自分の欲求が満たされることを当然のように期待し、要求が拒まれると激しく反発する。リアンも最終的に折れてしまうため、それが結果的にカートマンの問題行動を助長させる大きな原因の一つになってしまっている。
シーズン10第7話「カートマンのしつけ方教室」では、問題行動を改善させようとするリアンに対し、しつけを受け入れるどころか、リアンを殺害する計画を考えるほど思いつめる描写も存在する。
実の父親をめぐる秘密
シーズン14の二部構成エピソード「200」「201」では、カートマンの出生に関する秘密が明らかになる。
カートマンは長らく、母親のリアンが両親の役割を一人で担っているものとして描かれていた。しかし、「201」でスコット・テナーマンの父親であるジャック・テナーマンが、カートマンの実の父親でもあったことが判明する。
ジャックはデンバー・ブロンコスの選手であり、リアンとの関係からカートマンが生まれた。つまり、カートマンとスコットは異母兄弟に当たる。
この事実を知ったカートマンは、実の父親を自分の手で殺していたことに衝撃を受ける。しかし、彼の動揺はそれだけでは終わらない。自分が激しく憎んでいた赤毛の人々の血を引いているという事実にも、強い嫌悪を示す。
この展開は、カートマンの差別意識がいかに自己矛盾を抱えているかを露呈させる。彼は自分が攻撃してきた属性を、自分自身が持っていると知った途端、激しく拒絶する。自分の思想や偏見を客観的に見直すのではなく、自分だけは例外でありたいと願うのである。
作品における役割
カートマンは、『サウスパーク』の中でも特に強烈な個性を持つキャラクターである。彼の行動は、子供のわがままという枠を大きく超えており、時には犯罪的な残虐さや、社会的な扇動へと発展する。
しかし、彼を単に「悪いことをするキャラクター」として理解するだけでは、作品における役割を十分に捉えられない。カートマンは、他人を支配したいという欲望、認められたいという虚栄心、負けを受け入れられない劣等感、そして自分に都合のよい理屈を作り出す能力を極端な形で備えている。
彼は、自分の行動を正当化するためなら、差別思想も道徳も社会制度も利用する。必要ならば被害者を演じ、別の場面では加害者として振る舞い、どちらの場合も自分が得をすることを目指す。その一貫性のなさこそが、彼の行動を予測しにくくし、周囲を振り回す原因になっている。
一方、ぬいぐるみに愛着を持ち、友人を助け、寂しさや不安を見せることもある。こうした描写は、彼を単純な怪物として片づけることを難しくする。しかし、彼に感情があることと、他人を尊重することができるかどうかは別の問題である。カートマンは、自分にとって大切な対象には執着する一方、それ以外の人々の尊厳や苦痛を軽視することが多い。
その意味で、カートマンは「本当はいい人なのに、悪ぶっているだけ」のキャラクターではない。彼の善意や愛着は確かに存在するが、それらが必ずしも倫理的な成長につながるわけではないのである。
カートマンの本質は、悪意と幼稚さ、知略と愚かさ、孤独と自己愛、愛着と冷酷さが、互いに矛盾したまま同居しているところにある。彼は社会の醜い部分を映し出す風刺的な存在でありながら、同時に、くだらない欲望に振り回される一人の子供でもある。
だからこそ、彼は単純に嫌悪されるだけの人物にも、無条件に愛されるだけの人物にもならない。視聴者は彼の行動に呆れ、時には笑い、時にはその残酷さに戦慄する。そして、彼の言動を通して、現実社会にも存在する偏見や自己正当化、集団心理の危うさを見せつけられるのである。
カートマンは、『サウスパーク』の風刺性とブラックユーモアを象徴するキャラクターであり、その魅力は、彼が善人だからでも、単に悪人だからでもない。人間の醜さを極端な形で体現しながら、その醜さが滑稽さや脆さと切り離せないことを示している点にこそある。