カミール・イドリス

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カミール・イドリス(亜:كامل إدريس, Kāmil Idrīs, カーミル・イドリース、英:Kamil Eltayed Idris、1954年8月26日 - )は、スーダン出身の国際公務員。世界知的所有権機関(WIPO)及び植物新品種保護国際同盟(UPOV)の前事務局長である。

略歴

スーダンのハルツーム大学で法学の学士号、カイロ大学ハルツーム校で哲学等の学士号、アメリカのオハイオ大学で国際法等の修士号を取得。スーダン外務省の大使として、スーダンの在ジュネーヴ国連機関代表部でスポークスマン及び途上国のコーディネーターを務める。1982年にWIPOの対アフリカ協力の部局に入った。1997年9月にWIPO及びUPOV事務局長に選出され、同年11月に就任。2003年12月に再任されており、任期は2009年11月まであったが、任期途中の2008年9月に辞任した。1992年-1996年と2000年-2001年に国連国際法委員会の委員を務めている。また、スイスのジュネーヴ大学から国際法の法学博士号を授与されている[1]。

年齢詐称問題

イドリスは、1945年8月26日生まれと自称していたが、2006年のWIPOの内部調査によって、1954年8月26日生まれであることが判明した。2007年9月-10月に開催されたWIPO年次総会では、米国をはじめとする先進国が、年齢詐称なくしてWIPOでの昇進はあり得なかったとして、事務局長辞任を要求。イドリスを擁護して解任に反対する途上国と対立した結果、年次総会は、予算案が否決されるなど混乱したままで閉幕することとなった[2][3][4]。

この問題について、イドリスは、2007年11月に、後任の事務局長選出を通常より早く行うことを明らかにした。その後、後任の事務局長としてフランシス・ガリが選出され、イドリスは、2009年11月の任期満了まで1年余りを残して、2008年9月に早期退任した[5]。

著書

脚注

  1. ↑ Director General Kamil Idris: Profile WIPO
  2. ↑ 年齢詐称の事務局長、去就巡り紛糾・WIPO年次総会開幕 NIKKEI NET(日経ネット)、2007年9月25日]
  3. ↑ 事務局長年齢詐称問題、WIPO総会の議論決裂 NIKKEI NET(日経ネット)、2007年10月4日]
  4. ↑ WIPO総会、重要議題棚上げで閉幕 NIKKEI NET(日経ネット)、2007年10月4日]
  5. ↑ WIPO事務局長、来秋にも退任 NIKKEI NET(日経ネット)、2007年11月15日]

関連項目

外部リンク