カーク・サールース

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カーク・サールース
Kirk Saarloos
アスレチックス時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロングビーチ
生年月日 (1979-03-23) 1979年3月23日(45歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 ドラフト3巡目(全体86位)でヒューストン・アストロズから指名
初出場 2002年6月18日
最終出場 2008年9月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

カーク・クレイグ・サールース(Kirk Craig Saarloos,1979年5月23日[1] - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州ロングビーチ出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

経歴

プロ入り - アストロズ時代 (2001 - 2003)

バレー・クリスチャン高等学校(英語版)、カリフォルニア州立大学フラトン校を経て、2001年6月5日、ドラフト3巡目でヒューストン・アストロズから指名され、6月24日に契約した[2]。プロ入り後はA級のレキシントン・レジェンズに配属され、22試合にリリーフ登板。防御率1.17・1勝1敗11セーブ・WHIP0.82という成績を残した。また、投球イニングを超える三振を奪い、奪三振率11.7を記録した。

プロ2年目の2002年6月18日、ミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビューを果たした[2]。デビュー戦では先発投手として登板したが、5回途中で6安打6失点という投球内容に終わり、敗戦投手となった[3]。1週間後の6月25日のピッツバーグ・パイレーツ戦では、メジャー初完封を記録した[4]。7月には、3試合に登板して防御率1.77・3勝0敗という成績を記録し、同月のルーキー・オブ・ザ・マンスに選ばれた[5]。この年は最終的には17試合に先発登板し、防御率6.01・6勝7敗・WHIP1.49という成績を残した。なお、同年マイナーリーグでは、AAA級のニューオーリンズ・ゼファーズとAA級のラウンドロック・エクスプレスに所属。2チーム合算で17試合に登板 (うち15試合が先発登板) し、防御率1.54・12勝1敗・WHIP0.84という成績を残した。

2003年6月11日のニューヨーク・ヤンキース戦で、アストロズは6投手による継投でノーヒットノーランを達成したが、サールースも同試合で3番手として投げた[6]。この年メジャーでは36試合に登板し、防御率4.93・2勝1敗・WHIP1.46という成績を残した。また、マイナーではニューオーリンズで13試合に登板 (うち7試合が先発登板) し、防御率3.08・5勝0敗・WHIP1.06を記録した。

2004年は、アストロズの組織ではニューオーリンズで2試合に先発登板し、防御率15.43・0勝2敗・WHIP2.57を記録した。

アスレティックス時代 (2004 - 2006)

2004年4月17日、チャド・ハービル(英語版)とのトレードで、オークランド・アスレティックスへ移籍した[2]。移籍後、メジャーでは6試合に登板し、防御率4.44・2勝1敗・WHIP1.60という成績を残した。また、マイナーではAAA級のサクラメント・リバーキャッツで5試合に先発登板し、防御率3.54・2勝0敗・WHIP1.38という成績だった。

2005年は、アスレティックスで29試合に登板し、うち27試合が先発投手としての登板だった。防御率4.17・自身初の2ケタ勝利となる10勝9敗・WHIP1.40という成績を残した。また、高い守備力を生かして、ゴロを打たせるピッチングが持ち味の自分自身を再三助けた[7]。

2006年は、第1回WBCのオランダ代表の候補となったが、結局出場しなかった[7][8]。レギュラーシーズンでは、16試合に先発登板・19試合にリリーフ登板し、防御率4.75・7勝7敗2セーブ・WHIP1.67という成績を残した。ちなみに、メジャーでセーブを記録したのは、この年のみだった。

レッズ時代 (2007)

2007年1月23日に、デービッド・シェイファーとのトレードでシンシナティ・レッズへ移籍した[2]。レッズでは34試合に登板 (うち3試合が先発登板) し、防御率7.17・1勝5敗・WHIP1.71という成績を残した。また、3年ぶりにマイナーでの登板機会があり、AAA級のルイビル・バッツで18試合に登板して防御率3.95・0勝2敗・WHIP1.37を記録した。同年10月9日にFAとなった[2]。

2度目のアスレティックス時代 (2008)

2008年1月15日に、古巣のアスレティックスと契約を結んだ[2]。アスレティックスでは8試合に登板し、防御率5.47・1勝0敗・WHIP1.56という成績を残した。また、マイナーではサクラメントで22試合に先発登板し、防御率4.22・9勝4敗・WHIP1.32という成績を残した。10月9にFAとなり、結果的にはこの年がサールースにとってのメジャーでのラストイヤーとなった。

インディアンス時代 - 引退 (2009)

2009年1月13日に、クリーブランド・インディアンスと契約した[2]。この年はAAA級のコロンバス・クリッパーズで15試合に先発登板し、防御率5.61・3勝10敗・WHIP1.70という成績を残したが、メジャー昇格は出来ずじまいだった。オフの11月9日に、FAとなった。

その後、現役を引退したサールースは、母校であるカリフォルニア州立大学フラトン校でのコーチ経験を経て、2020年2月の時点ではテキサス・クリスチャン大学でコーチを務めている[9]。2019年には、アリゾナ・ダイヤモンドバックスからコーチのオファーが届いたが、辞退している[10]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2002 HOU 17171116700.46237285.1100122756541059576.011.49
2003 3640002104.66721849.15541733430031274.931.46
2004 OAK 650002100.66711224.12741202100013124.441.60
2005 292721010900.526682159.21701154811531075744.171.40
2006 35160007720.500548121.1149195333523070644.751.66
2007 CIN 3430001504.16720142.25481913271036347.171.71
2008 OAK 8100010001.00011826.1372410120017165.471.56
MLB:7年 16573321293028.4922251509.0592601862128251603012845.021.53

背番号

  • 50 (2002年)
  • 23 (2003年)
  • 31 (2004年 - 2006年)
  • 35 (2007年)
  • 21 (2008年)

脚注

  1. ↑ https://www.mlb.com/player/kirk-saarloos-424164
  2. 1 2 3 4 5 6 7 Kirk Saarloos - Baseball-Reference.com (英語). 2020年2月11日閲覧。
  3. ↑ June 18, 2002 HOU vs MIL - Baseball-Reference.com (英語). 2020年2月11日閲覧。
  4. ↑ Kirk Saarloos 2002 Pitching Game Logs - Baseball-Reference.com (英語). 2020年2月11日閲覧。
  5. ↑ MLB Rookies of the Month - Baseball-Reference.com (英語). 2020年2月11日閲覧。
  6. ↑ June 11, 2003 HOU vs NYY - Baseball-Reference.com (英語). 2020年2月11日閲覧。
  7. 1 2 村上雅則、友成那智『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』廣済堂出版、2006年、192頁。ISBN 4-331-51146-4。
  8. ↑ 村上雅則、友成那智『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』廣済堂出版、2007年、344頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
  9. ↑ Kirk Saarloos - Baseball Coach - TCU Athletics (英語). 2020年2月11日閲覧。
  10. ↑ Steve Adams (2019年10月28日). “Bryan Price, Kirk Saarloos Each Decline To Become Diamondbacks Pitching Coach” (英語). MLB Trade Rumors. 2020年2月11日閲覧。

外部リンク