ガウリーガ

ウィキペディアから、無料の百科事典
ガウリーガ
Logo der Gauliga
創立 1933年[1]
リーグレベル 第1部
下位リーグ ベツィルクスクラッセ
最多優勝クラブ FCシャルケ04 (11回)[1]

ガウリーガ (Gauliga)とは、国民社会主義ドイツ労働者党政権時代のドイツ国大管区で開催されていた最上位サッカーリーグである[1]。1940年以降、敵性言語排除の目的から「シュポルトベライヒスクラッセ」 (Sportbereichsklasse) に改名された[2]。ドイツサッカー史上初めて、名称・大会形式等が統一された最上位リーグであり、既存の様々な地方大会はガウリーガに取って代わられ、地方サッカー協会と共に廃止された。下部リーグはフースバル・ベツィルクスクラッセ (1933-1945)(ドイツ語版)。

歴史

ガウ (ドイツ語)(ドイツ語版)は、サッカーリーグの開催地域を示す名称としては、特に中部ドイツ球技協会(ドイツ語版)の統括地域において、数多く使用された。ナチス政権発足後、大管区に「シュポルトガウ」が設けられ、その最上位サッカーリーグ・ハンドボールリーグが「ガウリーガ」と名付けられた。 1939-1940シーズンの途中から、ガウリーガ・ノルトマルクを皮切りに「シュポルトベライヒスクラッセ」 (スポーツ地域階級) という名称に置き換えられ[2]、翌シーズンには正式名称となった。その背景事情として、1938年に国民社会主義体育連盟(ドイツ語版)がNSDAP直属組織となった事実があり、それ以降はナチ党の大管区とスポーツ地域は、必ずしも一致させる必要は無くなった。

ヴァイマル共和制時代末期の1931-1932シーズン、ドイツには55もの地域最上位リーグ戦が存在し、ベツィルクスリーガ、ガウリーガなどと名乗っていた[3]。1932年1月、ドイツサッカー協会会長フェリックス・リンネマン(ドイツ語版)は、国内最高レベルのクラブだけを集め、ドイチャーマイスターの王座を争う全国リーグ、「ライヒスリーガ」創設構想を発表した。1932年10月16日のDFB総会(ドイツ語版)で、全国リーグの骨子となる計画が提示され、基本的合意が得られた。そして1933年初頭には具体的なリーグ規約も制定される、というところまで話が進んでいたのだが、しかしNSDAPの政権掌握により、それ以上は進展しなかった[4]。

1933-1934シーズンは、全国一律の大会形式で行われる最上位サッカーリーグ、ガウリーガが発足し、そしてドイチェ・マイスターシャフト (DM) も1933-1934年度大会以降、大きく様変わりした)[1]。

リーグ構成

各ガウリーガを制した優勝クラブ「ガウリーガマイスター」だけが、DM本大会出場権を獲得できる)[1]。ガウリーガは、ドイツ帝国・ヴァイマル共和制時代の地方大会よりも単純かつコンパクトで、より早くすべての出場クラブを決定できた。そのぶんDM本大会の規模が大きくなり、ホーム・アンド・アウェー方式・4組編成のグループステージを導入して[1]、試合数を増やすことが可能となった。そこから先はグループ1位同士による中立地一試合制トーナメントだが[1]、さらに1936年からは三位決定戦も追加されている。しかし第二次世界大戦後期には、ガウの飽和と経済的理由から完全ノックアウト方式となった[5]。

以下は発足時のガウリーガである。カッコ内の数字は大管区内のサッカークラブの数 (1933年/1937年)[6]。

1933年の大管区とガウリーガ
  1. ガウリーガ・オストプロイセン(ドイツ語版) (200/250), 2グループ編成
  2. ガウリーガ・ポンメルン(ドイツ語版) (400/426), 2グループ編成
  3. ガウリーガ・ベルリン=ブランデンブルク(ドイツ語版) (700/699)
  4. ガウリーガ・シュレージエン(ドイツ語版) (450/464)
  5. ガウリーガ・ザクセン(ドイツ語版) (700/602)
  6. ガウリーガ・ミッテ(ドイツ語版) (950/985)
  7. ガウリーガ・ノルトマルク(ドイツ語版) (350/372)
  8. ガウリーガ・ニーダーザクセン(ドイツ語版) (750/829)
  9. ガウリーガ・ヴェストファーレン(ドイツ語版) (850/884)
  10. ガウリーガ・ニーダーライン(ドイツ語版) (850/851)
  11. ガウリーガ・ミッテルライン(ドイツ語版) (600/646)
  12. ガウリーガ・ヘッセン(ドイツ語版) (600/610)
  13. ガウリーガ・ズュートヴェスト(ドイツ語版) (750/766)
  14. ガウリーガ・バーデン(ドイツ語版) (550/562)
  15. ガウリーガ・ヴュルテンベルク(ドイツ語版) (600/543)
  16. ガウリーガ・バイエルン(ドイツ語版) (950/1025)

1938年にドイツが併合したオーストリアとズデーテンラントも大管区となり、ガウリーガが設置された[1]。

第二次世界大戦でドイツが占領・併合した地域にも、それぞれガウリーガが作られた[1]。


戦争の長期化に伴って長距離の遠征は難しくなっていった。燃料は配給制となり、鉄道が将兵・強制収容所の囚人輸送に優先的に使われていた、などの理由からである[7]。アウェーチームの移動距離を減らすため、大きなガウが細かく分割されていった。

このほかにも細分化されたガウが多くあったが、それらのガウリーガではDM本大会の自動出場枠がなく、ガウ同士でのプレーオフが義務付けられた。1942年にはDM出場枠が31にまで増加し、上記のごとく戦時下の経済的困難もあって、グループステージを廃止してトーナメント方式に戻さざるを得なかった[5]。その組み合わせは抽選でなく、ホームタウンが近い者同士が組まされた。

ガウリーガ時代のDM決勝

シーズン 優勝 準優勝 結果 決勝開催日 開催地 スタジアム
1934FCシャルケ041.FCニュルンベルク2:11934年6月24日ベルリンポストシュタディオン
1935FCシャルケ04VfBシュトゥットガルト6:41935年6月23日ケルンミュンガースドルファー・シュタディオン
19361.FCニュルンベルクフォルトゥナ・デュッセルドルフ2:1 延長1936年6月21日ベルリンポストシュタディオン
1937FCシャルケ041.FCニュルンベルク2:01937年6月20日ベルリンオリンピアシュタディオン・ベルリン
1938ハノーファー96FCシャルケ043:3 延長
4:3 延長
1938年6月26日
1938年7月3日
ベルリン
ベルリン
オリンピアシュタディオン
オリンピアシュタディオン
1939FCシャルケ04SKアドミラ・ヴィーン(ドイツ語版)9:01939年6月18日ベルリンオリンピアシュタディオン
1940FCシャルケ04ドレスデナーSC(ドイツ語版)1:01940年7月21日ベルリンオリンピアシュタディオン
1941SKラピート・ヴィーンFCシャルケ044:31941年6月22日ベルリンオリンピアシュタディオン
1942FCシャルケ04ファースト・ヴィエナFC18942:01942年7月5日ベルリンオリンピアシュタディオン
1943ドレスデナーSC(ドイツ語版)FVザールブリュッケン3:01943年6月27日ベルリンオリンピアシュタディオン
1944ドレスデナーSC(ドイツ語版)LSVハンブルク(ドイツ語版)4:01944年6月18日ベルリンオリンピアシュタディオン
1945中止

優勝クラブ

ガウリーガ 1933/34 1934/35 1935/36 1936/37 1937/38 1938/39 1939/40 1940/41 1941/42 1942/43 1943/44 1944/45
オストプロイセンプロイセン・ダンツィヒ(ドイツ語版)ヨルク・ボイエン・インステルブルク(ドイツ語版)SVヒンデンブルク・アレンシュタイン(ドイツ語版)SVヒンデンブルク・アレンシュタインヨルク・ボイエン・インステルブルクSVヒンデンブルク・アレンシュタインVfBケーニヒスベルク(ドイツ語版)VfBケーニヒスベルクVfBケーニヒスベルクVfBケーニヒスベルクVfBケーニヒスベルク途中打ち切り
ポンメルンヴィクトリア・シュトルプ(ドイツ語版)シュテッティナーSC(ドイツ語版)ヴィクトリア・シュトルプヴィクトリア・シュトルプシュテッティナーSCヴィクトリア・シュトルプVfLシュテッティン(ドイツ語版)LSVシュテッティン(ドイツ語版)LSVピュトニッツ(ドイツ語版)LSVピュトニッツHSVグロース・ボルン(ドイツ語版)途中打ち切り
ベルリン=ブランデンブルクBFCヴィクトリア1889(ドイツ語版)ヘルタBSCベルリナーSV1892(ドイツ語版)ベルリナーSV1892ブラウ=ヴァイス90ベルリン(ドイツ語版)SCウニオン・オーバーシェーネバイデテニス・ボルシア・ベルリンブラウ=ヴァイス90ベルリンベルリナーSV1892ヘルタBSC途中打ち切り
シュレージエンボイテナーSuSV09(ドイツ語版)フォアヴェルツRaSpoグライヴィッツ(ドイツ語版)フォアヴェルツRaSpoグライヴィッツボイテナーSuSV09フォアヴェルツRaSpoグライヴィッツフォアヴェルツRaSpoグライヴィッツフォアヴェルツRaSpoグライヴィッツフォアヴェルツRaSpoグライヴィッツ
ニーダーシュレージエンブレスラウアーSpVgg02(ドイツ語版)LSVライネッケ・ブリーク(ドイツ語版)STCヒルシュベルク(ドイツ語版)途中打ち切り
オーバーシュレージエンゲルマニア・ケーニヒスヒュッテ(ドイツ語版)ゲルマニア・ケーニヒスヒュッテゲルマニア・ケーニヒスヒュッテ途中打ち切り
ザクセンドレスデナーSC(ドイツ語版)PSVケムニッツ(ドイツ語版)PSVケムニッツBCハルタ(ドイツ語版)BCハルタドレスデナーSCドレスデナーSCドレスデナーSCプラニッツァーSC(ドイツ語版)ドレスデナーSCドレスデナーSC途中打ち切り
ミッテFCヴァッカー・ハレ(ドイツ語版)1. SVイエナ1. SVイエナSVデッサウ05(ドイツ語版)SVデッサウ05SVデッサウ051. SVイエナ1. SVイエナSVデッサウ05SVデッサウ05SVデッサウ05途中打ち切り
ノルトマルクアイムスビュッテラーTV(ドイツ語版)アイムスビュッテラーTVアイムスビュッテラーTVハンブルガーSVハンブルガーSVハンブルガーSVアイムスビュッテラーTVハンブルガーSVアイムスビュッテラーTV
ハンブルクSCヴィクトリア・ハンブルク(ドイツ語版)LSVハンブルク(ドイツ語版)ハンブルガーSV
メクレンブルクTSGロストック(ドイツ語版)LSVレリク(ドイツ語版)途中打ち切り
シュレースヴィヒ=ホルシュタインホルシュタイン・キールホルシュタイン・キールabgebrochen
ニーダーザクセンヴェルダー・ブレーメンハノーファー96ヴェルダー・ブレーメンヴェルダー・ブレーメンハノーファー96VfLオスナブリュックVfLオスナブリュックハノーファー96ヴェルダー・ブレーメン
ヴェーザー=エムスSpVggヴィルヘルムスハーフェン(ドイツ語版)SpVggヴィルヘルムスハーフェン途中打ち切り
ズュートハノーファー=ブランシュヴァイクアイントラハト・ブランシュヴァイクアイントラハト・ブランシュヴァイク途中打ち切り
オストハノーファーWSVネーベルトルッペ・ツェレ(ドイツ語版)途中打ち切り
ヴェストファーレンFCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04FCシャルケ04途中打ち切り
ニーダーラインVfLベンラート(ドイツ語版)VfLベンラートフォルトゥナ・デュッセルドルフフォルトゥナ・デュッセルドルフフォルトゥナ・デュッセルドルフフォルトゥナ・デュッセルドルフフォルトゥナ・デュッセルドルフTuSヘレネ・アルテンエッセン(ドイツ語版)ハムボルン07(ドイツ語版)ヴェストエンデ・ハムボルン(ドイツ語版)戦時競技共同体(ドイツ語版) デュイスブルガーSpV(ドイツ語版)/TuSデュイスブルク48/99(ドイツ語版)途中打ち切り
ミッテルラインミュールハイマーSV06(ドイツ語版)VfRケルン04rrh.(ドイツ語版)ケルナーCfR(ドイツ語版)VfRケルン04rrh.SVボイエル06(ドイツ語版)SpVggシュルツミュールハイマーSV06VfLケルン1899(ドイツ語版)
ケルン=アーヘンVfLケルン1899(ドイツ語版)SVヴィクトリア・ケルン(ドイツ語版)戦時競技共同体(ドイツ語版) 1. FSVケルン1899(ドイツ語版)/SpVggシュルツ途中打ち切り
モーゼルラントFVシュタット・デューデリンゲンTusノイエンドルフTuSノイエンドルフ途中打ち切り
ヘッセンボルシア・フルダ(ドイツ語版)FCハナウ93(ドイツ語版)FCハナウ93シュピールフェアアイン06カッセル(ドイツ語版)FCハナウ93CSC03カッセル(ドイツ語版)CSC03カッセルボルシア・フルダ(ドイツ語版)
クーアヘッセンライヒスバーンSGボルシア・フルダ(ドイツ語版)シュピールフェアアイン06カッセル(ドイツ語版)ライヒスバーンSGボルシア・フルダ途中打ち切り
ヘッセン=ナッサウキッカーズ・オッフェンバッハキッカーズ・オッフェンバッハキッカーズ・オッフェンバッハ途中打ち切り
ズュートヴェストキッカーズ・オッフェンバッハFCフェニックス・ルートヴィヒスハーフェン(ドイツ語版)ヴォルマティア・ヴォルムスヴォルマティア・ヴォルムスアイントラハト・フランクフルトヴォルマティア・ヴォルムスキッカーズ・オッフェンバッハキッカーズ・オッフェンバッハ
ヴェストマルク1.FCカイザースラウテルンFVザールブリュッケンKSGザールブリュッケン途中打ち切り
バーデンSVヴァルトホフ・マンハイムVfRマンハイム(ドイツ語版)SVヴァルトホフ・マンハイムSVヴァルトホフ・マンハイムVfRマンハイムVfRマンハイムSVヴァルトホフ・マンハイムVfLネッカーアウ(ドイツ語版)SVヴァルトホフ・マンハイムVfRマンハイムVfRマンハイムSVヴァルトホフ・マンハイム
ヴュルテンベルクウニオン・ベッキンゲン(ドイツ語版)VfBシュトゥットガルトシュトゥットガルター・キッカーズVfBシュトゥットガルトVfBシュトゥットガルトシュトゥットガルター・キッカーズシュトゥットガルター・キッカーズシュトゥットガルター・キッカーズシュトゥットガルター・キッカーズVfBシュトゥットガルトゲッピンガーSV(ドイツ語版)途中打ち切り
バイエルン1.FCニュルンベルクSpVggフュルト1. FCニュルンベルク1. FCニュルンベルク1. FCニュルンベルク1.FCシュヴァインフルト05(ドイツ語版)1. FCニュルンベルクTSV1860ミュンヘン1. FCシュヴァインフルト05
ノルトバイエルン1.FCニュルンベルク1. FCニュルンベルク途中打ち切り
ズュートバイエルンTSV1860ミュンヘンFCバイエルン・ミュンヘン途中打ち切り
オストマルクSKアドミラ・ヴィーン(ドイツ語版)SKラピート・ヴィーンSKラピート・ヴィーンファースト・ヴィエナFCファースト・ヴィエナFCファースト・ヴィエナFC途中打ち切り
ズデーテンラントヴァルンスドルファーFK(ドイツ語版)NSTGグラスリッツ(ドイツ語版)NSTGプラーク(ドイツ語版)LSVオルミュッツ(ドイツ語版)MSVブリュン(ドイツ語版)NSTGブリュックス(ドイツ語版)途中打ち切り
エルザスFCミュールハウゼンSGSSシュトラースブルク(ドイツ語版)FCミュールハウゼンFCミュールハオゼン途中打ち切り
ダンツィヒ=ヴェストプロイセンプロイセン・ダンツィヒ(ドイツ語版)HUSマリエンヴェルダー(ドイツ語版)SGノイファーヴァッサー(ドイツ語版)LSVダンツィヒ(ドイツ語版)途中打ち切り
ヴァルテラントLSVポーゼン(ドイツ語版)SGOrPoリッツマンシュタット(ドイツ語版)BSGDWMポーゼン(ドイツ語版)BSGSDWポーゼン途中打ち切り
ゲネラルガヴァメントLSVベールケ・クラカウ(ドイツ語版)LSVアドラー・デブリン(ドイツ語版)LSVメルダース・クラカウ(ドイツ語版)途中打ち切り
ベーメン=メーレンMSVブリュン(ドイツ語版)途中打ち切り

関連項目

脚注

注釈

    出典

    1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 リヒテンベルガー/秋吉 2005, 100頁
    2. 1 2 リヒテンベルガー/秋吉 2005, 139頁
    3. ↑ Dinant Abbink: Germany – Championships 1902–1945. auf der Website von The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. 17. Januar 2008.
    4. ↑ リヒテンベルガー/秋吉 2005, 頁
    5. 1 2 リヒテンベルガー/秋吉 2005, 100-101頁
    6. ↑ Andreas Ebner (2016). Als der Krieg den Fußball fraß: Die Geschichte der Gauliga Baden 1933-1945.. Verlag Regionalkultur. p. 128. ISBN 978-3-89735-879-9
    7. ↑ リヒテンベルガー/秋吉 2005, 148頁

    参考文献

    • ウルリッヒ・ヘッセ・リヒテンベルガー 秋吉香代子訳 (2005). ブンデスリーガ ドイツサッカーの軌跡. バジリコ株式会社. ISBN 4-901784-92-7 

    外部リンク