サッカーウクライナ代表

ウィキペディアから、無料の百科事典
サッカーウクライナ代表
国または地域  ウクライナ
協会 ウクライナサッカー連盟
FIFAコード UKR
愛称 Синьо-жовті (The Blue and Yellow)
監督 イタリアの旗 アンドレア・マルデラ
キャプテン ミコラ・マトヴィエンコ
最多出場選手 アナトリー・ティモシュチュク(144試合)
最多得点選手 アンドリー・シェウチェンコ(48得点)
ホームスタジアム オリンピスキ・スタジアム
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 ウクライナ 1 - 3 ハンガリー 
(ウージュホロド, 1992年4月29日)
最大差勝利試合
 ウクライナ 9 - 0 サンマリノ 
(リヴィウ, 2013年9月6日)
最大差敗戦試合
 フランス 7 - 1 ウクライナ 
(サン=ドニ, 2020年10月7日)
FIFAワールドカップ
出場回数 1[注釈 1]回(初出場は2006)
最高成績 ベスト8 (2006)
UEFA欧州選手権
出場回数 4[注釈 2]回
最高成績 ベスト8 (2020)

サッカーウクライナ代表(サッカーウクライナだいひょう、ウクライナ語: Збірна України з футболу)は、ウクライナサッカー連盟(UAF)によって構成される、ウクライナのサッカーのナショナルチームである。ホームスタジアムは、首都キーウにあるオリンピスキ・スタジアム。

歴史

1990年代

1991年のソビエト連邦の崩壊に伴い、ウクライナが再独立を果たして代表チームは創設された。翌1992年4月29日、ハンガリーとの間で初の国際試合が行われたが、1994 FIFAワールドカップ予選への参加は見送った。このため、アンドレイ・カンチェルスキスやヴィクトル・オノプコを始めとしたウクライナ国籍を持つ多くの有力選手が、実質的にソビエト連邦代表を継承したロシア代表でプレーをすることを選択した。1994年9月から始まったUEFA EURO 1996の予選には参加し、国際大会への一歩を踏み出したものの、グループ4位となり本大会には進めなかった。

その後、アンドリー・シェウチェンコやセルヒー・レブロフといった才能が育ち、1998 FIFAワールドカップのヨーロッパ予選ではドイツと接戦を演じグループ9の2位でプレーオフ進出を果たす。1997年10月から11月にかけて行われたプレーオフの相手はウクライナと同じく独立を果たして間もないクロアチアとなったが、敵地での初戦を0-2で落とすとホームでの第2戦を1-1で引き分け、ワールドカップ初出場を逃した。UEFA EURO 2000・予選でもプレーオフまで進んだが、スロベニアに2試合合計2-3で競り負け、初出場は叶わなかった。

2000年代

2000年に、ソ連代表やFCディナモ・キーウを率いた実績のあるヴァレリー・ロバノフスキーが監督に就任。2002 FIFAワールドカップの予選では再びプレーオフ進出を果たしたが、ドイツに2試合合計2-5で敗れ、主要大会においては3大会連続で予選プレーオフで涙をのむこととなった。

続くUEFA EURO 2004の予選はプレーオフにも進出できず予選敗退となり、2003年9月にはレオニド・ブリヤク(英語版)に代わってオレフ・ブロヒンが監督に就任。すると2006 FIFAワールドカップ予選ではトルコ、デンマーク、ギリシャらに競り勝ち、グループ首位で初の本大会出場を果たす。2006年6月にドイツで行われた本大会では、初戦でスペインに0-4と大敗を喫したものの、サウジアラビアとチュニジア相手にそれぞれ4-0、1-0で勝利を収めグループリーグを突破。決勝トーナメント1回戦ではスイスをPK戦の末に下し準々決勝進出。準々決勝ではこの大会を制することになるイタリアに0-3で敗れるも、初出場ながらベスト8という成績を残した。

2007年4月にはUEFAの理事会において、ポーランドとの共催でウクライナがUEFA EURO 2012の開催国となることが決定した。しかし続く国際大会のUEFA EURO 2008は予選敗退、オレクシー・ミハイリチェンコに監督を変えて臨んだ2010 FIFAワールドカップの予選でもプレーオフでギリシャに敗れ本大会出場を逃した。

2010年代

ウクライナとポーランドの共催で開かれたUEFA EURO 2012は、ホスト国のため予選を免除され、初の欧州選手権参戦となった。再びオレフ・ブロヒンを監督に据えての挑戦であったが、組み込まれたグループDはスウェーデン、フランス、イングランドと同居する厳しいものとなった。それでも初戦のスウェーデン戦はアンドリー・シェウチェンコの2得点で2-1の逆転勝利を飾り、欧州選手権初勝利を手に入れた。続くフランス戦は雷雨のため開始4分で試合が中断され、約1時間後に試合が再開されたが、0-2で敗戦。勝負の最終節のイングランド戦は後半3分に先制され、得点が必要となる中、後半17分にマルコ・デヴィッチのシュートが相手GKジョー・ハートに当たりゴールラインをわずかに越えた後ジョン・テリーにクリアされる場面があった。しかし審判はラインを越えていないと判断し得点とはならず、そのまま0-1での敗戦となり、開催国でありながらグループリーグで大会を去ることとなった。大会後には長年ウクライナ代表を支えてきたシェウチェンコが現役を引退し[1]、2012年12月には新たにミハイロ・フォメンコが監督に就任した。

2014 FIFAワールドカップの予選では堅守を武器にプレーオフまで進出し、フランス相手にホームでの1stレグを2-0で勝利するも、アウェーに乗り込んだ2ndレグで0-3の敗戦を喫し[2]、ワールドカップは2大会連続で予選プレーオフでの敗退となった。

それでも出場枠が24に増加したUEFA EURO 2016に向けての予選ではプレーオフでスロベニアを2試合合計3-1で下し、初の予選を勝ち抜いての欧州選手権参加を決めた。しかし、本大会ではグループリーグでドイツ、北アイルランド、ポーランドを相手にそれぞれ0-2、0-2、0-1で敗戦。無得点かつ全敗で大会を去ることとなった。大会後にはフォメンコに代わり、シェウチェンコが監督に就任。また、2016年8月にはウクライナ代表最多出場記録を更新し続けていたアナトリー・ティモシュチュクが代表引退を発表した[3]。

2018 FIFAワールドカップは予選敗退となり、ワールドカップへの切符は3大会連続で逃す一方で、UEFA EURO 2020の予選は初代UEFAネーションズリーグ王者ポルトガルを抑えグループリーグ首位通過を果たし、3大会連続での欧州選手権参加を決めた。

2020年代

1年延期となったUEFA EURO 2020ではグループCに入った。オランダ、オーストリアに敗北するも、北マケドニアに勝利しグループ3位から初の決勝トーナメント進出を決めた。ラウンド16ではスウェーデンに延長後半終了間際のゴールで勝利しベスト8に進出したがイングランドに敗れた。

2022 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ2次予選・パスA決勝・ウェールズ戦(4-1-4-1)[4]

2022 FIFAワールドカップの予選ではグループD2位で2次予選(プレーオフ)に進出した。2次予選ではプレーオフ直前に発生したロシアのウクライナ侵攻を受けて2022年3月から6月に延期されたパスA準決勝・スコットランド戦で3-1と勝利し、2006年大会以来16年ぶりとなる本大会出場まであと1勝とした。2006年大会以来16年ぶりとなる本大会出場がかかった決勝・ウェールズ戦では34分にウェールズにFKのチャンスを与えてしまうと、これをアンドリー・ヤルモレンコがクリアを試みたボールを自陣のゴールに頭で入れてしまい、失点を喫してしまう。1点ビハインドで迎えた後半は終始攻めの姿勢を見せて果敢に攻め続けたが、最後までウェールズのゴールをこじ開けるには至らず、そのまま0-1で敗れて2006年大会以来16年ぶりの本大会出場を逃した[5]。

成績

FIFAワールドカップ

開催国 / 年 成績 試 勝 分 負 得 失
アメリカ合衆国の旗 1994不参加
フランスの旗 1998予選敗退
日本の旗大韓民国の旗 2002
ドイツの旗 2006ベスト8521257
南アフリカ共和国の旗 2010予選敗退
ブラジルの旗 2014
ロシアの旗 2018
カタールの旗 2022
カナダの旗メキシコの旗アメリカ合衆国の旗 2026
合計出場1回521257

UEFA欧州選手権

開催国 / 年成績試勝分負得失
スウェーデンの旗 1992不参加
イングランドの旗 1996予選敗退
ベルギーの旗オランダの旗 2000
ポルトガルの旗 2004
オーストリアの旗スイスの旗 2008
ポーランドの旗ウクライナの旗 2012グループリーグ敗退310224
フランスの旗 2016グループリーグ敗退300305
欧州連合の旗 2021ベスト85203610
ドイツの旗 2024グループリーグ敗退311124
合計出場4回144191023

歴代監督

2026年8月4日現在(試合数、勝敗数)
期間監督試合勝分負備考
1992ウクライナの旗 ヴィクトル・プロコペンコ(英語版)3012
1992ウクライナの旗 ミコラ・パヴロウ(英語版)1010暫定
1993-1994ウクライナの旗 オレフ・バジレヴィチ(英語版)11434
1994ウクライナの旗 ミコラ・パヴロウ(英語版)2002暫定
1994ウクライナの旗 ヨージェフ・サーボ(英語版)2110
1995ウクライナの旗 アナトリー・コニコウ(英語版)7304
1996-1999ウクライナの旗 ヨージェフ・サーボ(英語版)3215116
2000-2001ウクライナの旗 ヴァレリー・ロバノフスキー18693
2002-2003ウクライナの旗 レオニド・ブリヤク(英語版)19568
2003-2007ウクライナの旗 オレフ・ブロヒン462114112006
2008-2009ウクライナの旗 オレクシー・ミハイリチェンコ211254
2010ウクライナの旗 ミロン・マルケヴィチ(英語版)4310
2010-2011ウクライナの旗 ユーリー・カリトヴィンツェウ(英語版)8152暫定
2011-2012ウクライナの旗 オレフ・ブロヒン187382012
2012ウクライナの旗 アンドリー・バル(英語版)2011暫定
2012ウクライナの旗 オレクサンドル・ザヴァロウ(英語版)1100暫定
2012-2016ウクライナの旗 ミハイロ・フォメンコ3020642016
2016-2021ウクライナの旗 アンドリー・シェウチェンコ512513132020
2021-2023ウクライナの旗 オレクサンドル・ペトラコフ(英語版)15672
2023ウクライナの旗 ルスラン・ロタン1001暫定
2023-2026ウクライナの旗 セルゲイ・レブロフ34168102024
2026-イタリアの旗 アンドレア・マルデラ1100

歴代選手

主要大会のメンバー

主な代表選手

歴代記録

出場数ランキング

最多出場者であるアナトリー・ティモシュチュク
2026年8月4日現在
  水色は現役代表選手
順位選手出場得点期間
1アナトリー・ティモシュチュク14442000-2016
2アンドリー・ヤルモレンコ126472009-
3アンドリー・シェウチェンコ111481995-2012
4アンドリー・ピアトフ10202007-2022
5ルスラン・ロタン10082003-2018
6オレグ・グセフ98132003-2016
7オレクサンドル・ショフコフスキー9201994-2012
8イェウヘン・コノプリャーンカ87212010-2023
タラス・ステパネンコ42010-2024
10ミコラ・マトヴィエンコ8402017-

得点数ランキング

最多得点者であるアンドリー・シェウチェンコ
2026年8月4日現在
  水色は現役代表選手
順位選手得点出場期間
1アンドリー・シェウチェンコ481111995-2012
2アンドリー・ヤルモレンコ471262009-
3イェウヘン・コノプリャーンカ21872010-2023
4ロマン・ヤレムチュク18692018-
5セルゲイ・レブロフ15751992-2006
6ビクトル・ツィガンコフ14672016-
7オレグ・グセフ13982003-2016
8セルゲイ・ナザレンコ12562003-2012
オレクサンドル・ジンチェンコ752015-
10イェウヘン・セレズニョウ11582008-2018
アルテム・ドフビク412021-

脚注

注釈

  1. ↑ ソビエト連邦時代の出場回数7回は含まない。
  2. ↑ ソビエト連邦及びCIS時代の出場回数6回は含まない。

出典

  1. ↑ “Andriy Shevchenko retires to pursue politics career”. BBC Sport. 2012年7月28日. 2020年1月26日閲覧.
  2. ↑ “ウクライナ、大敗…指揮官「心理面の準備させることできなかった」 - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2024年11月6日閲覧。
  3. ↑ “Тимощук в компании экс-тренера Карпат Кононова посетил тренировку Баварии”. ZN.ua. 2020年1月26日閲覧。
  4. ↑ “Wales-Ukraine - Line-ups - European Qualifiers 2022 - UEFA.com”. UEFA. 2022年6月5日. 2022年6月5日閲覧.
  5. ↑ “ウクライナ優勢に進めるもあと1歩でW杯出場ならず アウェーの会場からは惜しみない拍手”. 日刊スポーツ. 2022年6月6日. 2022年11月18日閲覧.

関連項目

外部リンク