ジム・ウードリング
| ジム・ウードリング | |
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ジェイムズ・ウィリアム・ウードリング James William Woodring 1952年10月11日(74歳) |
| 配偶者 | メアリー・ウードリング |
| jimwoodring | |
ジム・ウードリング(James William Woodring、1952年10月11日 - )は、米国の漫画家、画家。米国オルタナティブ・コミックを代表する作家の一人とされており、夢や幻視を題材にした作品と、動物のキャラクターがシュールな世界をさまよう代表作「フランク」で知られる。「フランク」はほとんど言葉を用いないサイレント・コミックで、古典的なアニメーションを思わせる親しみやすい絵柄によって不条理な出来事や象徴的な世界を描いている。作品にはシュルレアリスムや宗教哲学への関心が反映されている。
幼少期から強烈な幻視や認知の困難を経験しており、青年期以降は幻想画家を目指して独学で絵画技術を磨いた。1970年代末からはテレビアニメーションの制作に携わった。その間に自主制作したZINE『ジム』が1980年代後半にファンタグラフィックスを通じて商業出版され、それをきっかけに漫画家としての活動を始めた。1990年代に描き始めた「フランク」短編で評価を確立し、1993年には「フランク・イン・ザ・リバー」でハーベイ賞を受賞した。
2000年代からは絵画制作や音楽家との共同公演など芸術家としても活動を広げた。また日本においても新作『リュートの弦』(2005) や絵本を刊行し、イラストレーションやトイデザインなども手がけた。2010年の『ウェザークラフト』以降は長編書籍形式の「フランク」作品を相次いで発表した。長編三作品を再構成した『ワン・ビューティフル・スプリング・デイ』(2022) は、長年にわたる自動書記的な作風と意識的な物語構成を統合した大作として評価された。
経歴
少年期と芸術への目覚め: 1952-1960年代
1952年、ロサンゼルスで2人兄弟の上の子として生まれる[1]。ロス郊外のバーバンクやグレンデールで育ったウードリングは、保守的な土地柄と冷戦の恐怖を感じながらも、戦後楽観主義の中で「音楽・ユーモア・文化全般の黄金時代」に生きていたと回想している[2]。父親はエンジニア、母親は検視局に勤務する毒物学者だった。ウードリングは発明家気質で自分と似たところのある父親に敬意を持っていた[3]。両親はグレンデール長老派教会に属していたが、飲酒の問題を抱えてもいた[4]。ウードリングは自由や幸福のような米国的価値観、正直さや勤勉さのような社会的規範を教えられて育った[5]。父親は息子が芸術家を目指すことには懐疑的で、後年に亡くなるまで絵の仕事を止めて鍛冶職人になるよう勧めていた[6]。
ウードリングは3-4歳のころから幻覚を見始めた。ベッドで寝ているときには、意味の分からない言葉を発しながら宙を飛ぶ多くの顔を見た[3]。家の中でライオンの咆哮や、自分について噂する声を聴くこともあった[7]。医学的な診断は受けていないが[3]、本人によれば起きたまま夢を見ていたようなものだったという[8]。それらの幻や、テレビの中の出来事を現実と区別するのは少年時代のウードリングにとって困難だった[9]。4歳か5歳から絵を描き始め[4]、「首のない動物」や「電気でできた小さな男」のような恐ろしい幻覚を絵にすることで安心感を得ていた[10]。また4歳ごろに死について理解して以来、後年まで毎日死について考えていたと述べている[3]。
幻覚以外にも強迫的な行動があり、やってはいけないと分かっている行動を止められなかった[3]。相貌失認の症状もあった[9]。後年には自身に自閉症の傾向があった可能性も語っている[11]。本人によると、周囲の人々とは摩擦が絶えず、いつも孤立していた[3][12]。当時は子どもを心理士に診せることが一般的ではなく、両親もただ困惑して距離を置くようになったとも回想している[10]。
小学校を卒業するころには知覚の混乱が収まり始めた。幻影が完全に止むことはなかったが「人生の一部で、その中でも面白い部分」と考えられるようになり、それと比べて客観的な現実を退屈に感じた[7]。
漫画にはあまり関心がなく[13][14]、特にコミックブックのスーパーヒーローよりも『MAD』や『ニューヨーカー』に載る諷刺・ユーモア作品を好んでいた[15]。漫画よりむしろ雑誌イラストレーションの中にアーティスティックで形而上学的な作品を見出しており、自分でも描きたいと思った[16]。中学生のときレンブラントの素描に感銘を受け、スケッチブックを持ち歩くようになった。それが自身をアーティストと認識するきっかけだったと回想している[17]。その画力は周囲から認められる水準に達しておらず、美術教師から両親あてに「資質がないので芸術家を目指すべきではない」という手紙を受け取った[11]。しかし自分の幻視を表現したいという意思のもと[18]、10代から20代にかけて技量を磨き続けた[16]。
カウンターカルチャーと放浪生活: 1960年代-1978
高校進学後の1968年、地元の美術館でダダイズムとシュルレアリスムの回顧展を鑑賞し、先行作家の作品に衝撃を受けた[19][16]。自身も持っていた「無限への郷愁」のテーマがすでに完成されていると感じられ、またダリの『見えない男』から、絵画によって言葉にできない苦悩を表現しうるのだと気づいた[20]。後年にはこの美術館訪問が「ある意味で私が世界に対して反逆とその覚悟を確信した記念すべき日」としている[12]。ダリの初期の作風はウードリングのキャリアを通じて「内面の奇妙さを美徳に変える」という意味でロールモデルとなった[19]。同じころ、友人からアンダーグラウンド・コミック作家ロバート・クラムを教えられた[19]。カウンターカルチャーの影響下にあるクラムの反権威・反体制的な作風に強くひかれたウードリングは[4]、友人のジョン・ドーマンと競い合って漫画を描くようになり[5]、ヒッピー向けのアンダーグラウンド出版物に作品を寄稿した[21]。
1970年に高校を卒業し、グレンデール・ジュニア・カレッジに2カ月ほど通った[4]。しかし学業は上手くいかず、将来の見通しもなく、友人も持てないなど、混乱と不適応の時期だったと回想している[10]。ある日カレッジで美術史の授業を受けている間に、大きなカエルが出現して「こんなところにいてはいけない」と呼び掛けてくる幻覚を見た[4]。それにより退学を決意し、美術学校に進学する志望も断念した[4][10]。この時見たカエルのモチーフは後にコミック表紙や木炭画集などで繰り返し作品化されている[22]。
その後1年半にわたってゴミ収集員として働いた。そのころから過度の飲酒が始まった[4]。幻覚剤LSDを使用する機会もあり、「現実が実のところまったくリアルではない」と知る「人生を変える体験」だったと語っている[4]。職を辞めてからは生活を切り詰めながら漫画を描き、自動車テーマのコミック誌『カートゥーンズ・マガジン』[23]に寄稿した[24]。1974年、互いに歩み寄れないままだった母親を癌で失った[4][9]。それをきっかけにワシントン州の森林地帯に移り住み、農家の雑用などをしながら2年ほど暮らした[4]。その後もカリフォルニア州のサンタバーバラ、サンフランシスコ、ロサンゼルスを転々とし[5]、一時的にホームレス状態になることもあった[22]。
飲酒やドラッグ、恋愛で生活は荒れていたが、文学や美術に接することは止めず[5]、イラストレーターの通信講座フェイマス・アーティスツ・スクールの教材を入手して独学を続けていた[16][24]。1977年に描いた木炭画 Barnyard Trouble は初めて自分で成功と思える作品だった。幼少期に見た、歯を持つパーティーホーンの幻覚を取り入れた絵で、それによって「暗号の解読に成功した、これからいつでもこんな絵を描ける」という高揚感を覚えた[7]。ウードリングによるとこの「混沌」の時期は後の人格の基盤を作る時期でもあったが、妻メアリーとの結婚を機に生活を改めた[5]。
アニメーション業界と個人誌『ジム』: 1978-1987
1979年、職を探していたウードリングは、親友ジョン・ドーマンの勧めによってロサンゼルスに移り住み、しばらくPR会社で働いたのちに、ドーマンが在籍していたアニメーションスタジオのルビー・スピアーズ[注 1]で作画の仕事に就いた[5]。作品の制作期間中にはストーリーボードを担当した。そこで学んだイマジナリーラインのような映画的な画面構成の基礎は後年のコミック制作にも生かされている。オフシーズンには、同社に所属していたジャック・カービーが描く企画プレゼン用のスケッチを仕上げる作業を行った[26]。携わったテレビシリーズには『ミスターT』[注 2]、『ルービック・ザ・アメイジング・キューブ』[注 3]、『ターボ・ティーン』[注 4]があるが、ウードリング自身はこれらの作品を高く評価していない[1]。関心がないまま生活のために仕事をしていただけで[21]、技術面を除けば作風への影響もないと語っている[6]。その一方で、同僚に恵まれて良い環境で働けたとも回想している[21]。特に同僚の一人でコミック作画家だったギル・ケイン[注 5]とは親しくなった[30]。
ルビー・スピアーズ在籍中に、夢を題材にした絵や「自動書記日誌 (autojournal)」と称する自由形式の文章を集めたコピー本『ジム』の出版を始めた[3]。ウードリングによると1980年当時ZINEの個人出版はまだ珍しく、好意的に注目されて人脈も広がった[31]。1986年、『ジム』はギル・ケインによってオルタナティブ・コミックの大手出版社ファンタグラフィックスのゲイリー・グロス[注 6]に紹介された[3]。グロスはウードリングの才能にほれ込み、生涯にわたってその出版を手掛けることになる[33]。グロスはこのとき『ジム』にコミックを載せることを条件に商業出版を申し出た。ウードリングは当時シュルレアリスムのように現実感を揺さぶる一枚絵を描くことを目標にしていたが、出版のため再びコミック制作に取り組んだ[21][31]。
1987年、ルビー・スピアーズの経営が悪化したこともあり、アニメの仕事を辞めてシアトルに転居した[34]。ウードリングは、本能を刺激する高度なエンターテインメントによって人間を堕落させるハリウッドの商業主義から離れたかったと語っている[5]。また幼い子供のために気候の悪いロサンゼルスを離れたいという動機もあった[21]。転居から10年ほどはコミック制作が主たる活動となった[35]。折しもファンタグラフィックス社がシアトルに移転してきたことで、同市ではコミックの小規模出版や自主制作ZINE文化が活性化した。ウードリングは地域の代表的な作家の一人として活動するとともに、作家コミュニティの交流に貢献した[36]。
オルタナティブ・コミック作家として: 1987-2000年代
『ジム』は1986年から1996年にかけて雑誌やコミックブックの形式で2シリーズ計10号にわたって刊行された[6][37]。そのほかアンダーグラウンド・コミック誌『ウィアード』[注 7]や、文芸誌『ザ・ケニオン・レビュー』[注 8]などにも寄稿するようになった[3]。広く売れる作風ではなく、第1シリーズ(1987-1990)の『ジム』はほとんど注目されなかったが[40]、米国における「文学的コミック書籍」の勃興期であった1993年に『ブック・オブ・ジム』として単行本化された[41]。評論誌『コミックス・ジャーナル』は同書を20世紀の英語コミック作品ベスト100の第71位に選出した[40]。
後にウードリングを代表するキャラクターとなるフランクは[42]、『ジム』第1シリーズ第4号 (1990) の表紙画として初めて登場した[43][44]。1991年、漫画家のマーク・ランドマン[注 9]が編集するアンソロジー・コミックブック『バズ』(1991) に「普通のコミックに見えるけれども、実はそうではない」作品を依頼されたウードリングは[46]、「汎用的な擬人化動物キャラ」であるフランクと、その対極となる獣人マンホッグが登場する4ページのサイレント漫画を描いた[47]。不条理で残酷な短編連作として始まった「フランク」シリーズは、長年にわたって描き続けられる中で長い物語となっていき、込み入った形而上学的な問いを扱うことになる[48]。基本的に「ユニファクター」と呼ばれるシュールな世界に住む主人公が奇妙な事物に遭遇する作品で、「象徴的な視覚言語」で表現された「独自の論理で動く夢のよう」と評されている[49]。
ウードリングは1992年から翌年にかけてマーク・マーティン[注 10]とページを分け合う形で白黒の月刊コミックシリーズ『タンタライジング・ストーリーズ』を共作し、フランク作品を描いた[3]。同シリーズはツンドラ・パブリッシング[注 11]から全6号が発行された[53]。カラーの特別号『フランク・イン・ザ・リバー』は1993年のハーベイ賞をカラーリストと単一号/単一話の2部門で受賞し[54]、ウードリングが広く知られるきっかけとなった[42]。
A.V. Clubは「フランク」シリーズが当時のオルタナティブ・コミック界の最前線に躍り出たと評している[21]。映画監督のフランシス・フォード・コッポラや漫画家アイヴァン・ブルネッティなどからも支持を得た[22]。コミックブック『ジム』第2シリーズ (1993-1996) も掲載作の中心は「フランク」となった[55]。短編作品は『ヘビーメタル』[注 12]など様々な雑誌に掲載され、カウンターカルチャー系のベストセラー書籍『ミレニアム・ホール・アース・カタログ』(1994) [57]にも収録された[55]。1996年から2001年にかけては、ファンタグラフィックスから単独誌『フランク』が不定期に4号発行された[55][58]。2003年にはシリーズの集成 The Frank Book が刊行された[55]。『コミックス・ジャーナル』は「フランク」を20世紀のベスト作品第55位に選出した[48]。
コラボレーションなど
1990年、シアトル在住のコミック原作者デニス・アイクホーン[注 13]に自伝作品をコミックブックとしてまとめて発表するよう勧め、発刊された『リアル・スタッフ』に自ら寄稿した[59][60]。1991年から翌年にかけて、独立系の原作者ハービー・ピーカーによる著名な自伝的コミック『アメリカン・スプレンダー』の作画を数本手掛けた[61][62]。
この時期には映画のコミック化企画の脚本をいくつか書いている。1992年から翌年にかけて、ファンタグラフィックスによる映画『フリークス』コミック化の脚本を手掛けた[63][64]。その後、ダークホース社の知人から依頼されて大作映画『エイリアン』コミックシリーズの脚本を依頼された[53]。同社では『スター・ウォーズ』シリーズでも原作を手掛けた[21]。これらの原作付き作品はウードリングにとって一時的だが生計の足しになった[15]。
芸術活動の展開: 2000年代
この時期の米国においてオルタナティブ・コミック専業で生計を立てるのは困難であり、2000年代以降は絵画の制作と販売を活動の軸足に置くようになった[35][42]。ウードリングは1990年代から子供時代の幻視やパラノイア的な感覚を題材にした木炭画の制作を続けており、2001年からは油彩も描き始めた[65]。2005年には幻想的な絵画作品が画集『シーイング・シングズ』にまとめられた[66]。

ウードリングはファインアートの分野でも評価された[67]。2002年にはシアトルの公共芸術事業に公募で選出され、短編アニメーション Frank Finds Out を制作した[68]。2007年にはフランスアングレーム国際漫画祭の開催に合わせて回顧展が行われ、好評を博した[69]。2008年、アーティスト・トラストおよびワシントン州芸術委員会によるフェローシップを受けた[65]。
2002年、友人でギタリストのビル・フリゼールと90分のマルチメディア公演 Mysterio Sympatico を共同制作した。ウードリングのアニメーションとコラージュをバックに、フリゼールがオリジナル曲を演奏する形式だった[70]。2006年には同様の公演 Probability Cloud がニューヨークで上演され、ニューヨーク・タイムズに好意的な評が出た[71]。同年にフリゼールとともに音楽ユニットとしてユナイテッド・ステイツ・アーティスツのフェローシップを受賞した[72]。2013年にもデジタルライブドローイングと音楽演奏を組み合わせた公演を行った[73]。
2000年代初頭には日本でも紹介され、イラストやデザインを手がけたほか、個展や来日サイン会も行った[74][75]。アートトイ分野の旗手だった日本のプレスポップ社からは少数生産のソフトビニール人形が販売され、オリジナルの作品集や絵本も刊行された[76][77]。2001年にはソニー・クリエイティブプロダクツのアート・カプセルトイ企画「TIME CAPSULE」第1弾に参加した[78][79]。中断していた「フランク」コミックも、2005年にプレスポップから刊行された新作『リュートの弦』で再開された[80][81][82]。2005年、プレスポップ・ミュージックから全48分のアニメDVD『VISIONS OF FRANK』が発売された。ウードリングは内容に関与せず、日本の映像作家7人がそれぞれ「フランク」をアニメ化した短編連作である[83][84][85][注 14]。
「フランク」長編作品: 2010年代以降
米国ではそれまで伝統的なコミックブック(32ページ前後の小冊子)を中心に発表されてきた「フランク」シリーズだったが[21]、ウードリングは別の刊行形式を模索し[35]、2010年の『ウェザークラフト』以降はより読者層の広い書籍媒体(グラフィック・ノベル)に移った[21][46]。それらは短編から長編に移行しただけでなく、互いにつながり合い、神話的なスケールの大きさを備えた作品群だった[87]。
『ウェザークラフト』は、それまで貪欲な豚のようだった獣人マンホッグが進化の階梯を上り、一度は悟りの境地に達しながら再び転落する過程を描いていた[88][89]。ウードリングのヴェーダーンタ思想が取り入れられた作品で、幻覚剤もモチーフの一つになっている[10]。同書は多くのベスト書籍リストに載せられた[22](『パブリッシャーズ・ウィークリー』ベスト100書籍[90]、『TIME』ベストグラフィックノベル第6位[91]など)。A.V. Clubは「登場人物に一言もしゃべらせることなく、独自のイメージとストーリーテリングをさらに怪奇で啓示的な領域へと押し上げた」と評した[21]。ウードリングは同年にシアトルのオルタナティブ紙『ザ・ストレンジャー』から文学部門ジーニアス賞を受賞した[92]。2010年にはアラスカ州のラスマソン財団によるアーティスト・イン・レジデンスプログラムによって現地に滞在し、次作の制作を行った[75]。
2011年5月には長編の次作『コングレス・オブ・ジ・アニマルズ』が出た[93]。従来の作品ではユニファクターは閉じた世界であり、フランクはどんな出来事に遭遇しても経験から学ぶことはなく、登場人物の死や変化は必ずリセットされてきた[94]。今作ではフランクは外の異質な世界へ旅し、フランという女性の伴侶を連れ帰る[84][93]。ウードリングは個人的な内容が含まれた作品だと語っており[46]、批評誌『コミックス・ジャーナル』は、自己中心的で共感しにくかったフランクが初めて読者に応援される主人公になったと評した[95]。
ウードリングはそれまで「フランク」シリーズについて、自分の外から送られてくるアイディアを口述筆記するだけだと説明してきた[94]。『コングレス』は初めて意識的に物語を作る試みだった[96]。しかしその結果、ウードリングによれば「ユニファクターとの交信が途切れ」、続編の制作が難航することになった[96]。主人公が冒険する動機が失われ、作品の構造が破綻したと感じたウードリングは、次作『フラン』で一連の出来事が取り消される展開を描いた[94]。続く『プーチータウン』では前2作とは別の選択肢を選んだ後の物語が展開された[22]。ウードリングはフランクに伴侶を与えるという失敗が結果的に大きな物語を生み出す契機になったと振り返っている[85]。2022年、3作品を増補・再構成した400ページの『ワン・ビューティフル・スプリング・デイ』が出た[22]。チャールズ・ハットフィールドは同作が個々の作品以上の巨大な叙事詩になっていると評し、オートマティズムと技巧が調和していると述べた[97]。ウードリングにとっては同作が「フランク」シリーズの「理解の土台」を打ち建てた作品であり、一つの区切りとなった[85]。
2026年の新作長編『クアッキー』(Quacky) は過去のフランク作品とは大きく異なり、1930年から1940年代にかけて人気だったビッグ・リトル・ブックの形式にならって[98]、見開きの片側にコミック風の挿絵、もう片側に文章が掲載されていた[99]。ウードリングはオリジナルのシリーズの凡庸さ、拙さを意図的に利用しようとした[100]。主人公フランクの内面が初めて言葉として語られたことで、キャラクターやテーマが新しい角度から描かれたと評されている[101]。
その他の活動
2010年、ジョナサン・ハウエルズ監督による93分間のドキュメンタリー The Lobster and the Liver: The Unique World of Jim Woodring がシアトルのインディペンデント映画祭で上映された[102]。2020年、クリス・ブラント監督によるドキュメンタリー The Illumination of Jim Woodring[注 15]がオンライン配信された[103][104]。
2015年、シアトルの現代美術家を支援するフライ・アート・ミュージアム[105][106]によるジーニアス賞歴代受賞者の企画展に参加し、3D映像の展示を行った[107][108]。2017年には同館の委嘱により、独自に製作した長さ1.5メートルのつけペンによる幻想的ドローイング作品の個展を開催した[109]。同館はウードリングの作品を、グラフィックノベルとファインアートの境界を行き来するものとして紹介した[110]。
ウードリングは妻メアリーとの間にマックスフィールドという名の息子をもうけた。マックスフィールドはコミックの自主出版を援助するゼリック・ファウンデーションから助成を受けて OAK と題するグラフィックノベル作品を出版している[111]。
作品
「ジム」シリーズ
元は「自動書記日誌」と称する個人発行の雑誌で、夢日記を逐語的に作品化したコミック、自動書記による文章、イラストレーションなどから構成されていた[112][113]。作者自身が「パラノイアや夢想癖に悩まされる、家族思いでひげ面の大男」として登場するほか、残忍な猫のビッグレッド、ヒスパニックなまりの泥酔したカエルのプルケのようなキャラクターが主人公のコミック、架空の広告ページなど多様なコミック作品が含まれる[114]。シュールレアリスムの手法を取りながらも自伝的な内容が多く[33]、ユーモアの要素も大きい[41]。
このシリーズにより、ウードリングは夢を描く作家として知られるようになった[87]。ジョー・マカロックはこのシリーズが、告白体や日常エッセイといった形式が主流だったアンダーグラウンド系の自伝コミックに無意識や夢の題材を持ち込んだとしている[41]。チャールズ・ハットフィールドは「淡々とした日常性と、良質の悪夢のように虚をつくスピリチュアルな重み」を両立させた作品群と評した[112]。
「フランク」シリーズ
異界的な場所「ユニファクター (the Unifactor)」が舞台で、初期の短編は一貫したストーリーを持たず、シュールで断片的なエピソードからなる[55][115]。セリフがないサイレント・コミックで、文字もほとんど用いられない。登場人物の動機や物語の帰結は明確にされず、読者の解釈に任される[55]。奇怪な生物が住む危険な世界の中で、主人公のフランクが自己中心的な行動のしっぺ返しを受ける型の作品が多い[116]。第1作 "Frank and Manhog" (1991) では、リンゴを食べていたフランクがその中に半分かじられた芋虫を見つけ、取り乱して芋虫の銅像を建てる[22]。"Frank and the Truth about Plenitude" では、浮遊するジーヴァ(後述)を捕まえて乗り物にしたフランクが、山の頂上で修行僧のような衣服を見つけて着てみるが何も得られず、ジーヴァを解放することで初めて安らぎを得る[55]。
物語の焦点は登場人物ではなく、ユニファクター自体だとされることがある[55]。ウードリングは、1990年代に制作した「フランク」トレーディングカードに登場させるキャラクターの一つとして、世界そのものに「ユニファクター」の名を付けた[85]。ユニファクターは独自のルールを持つが、その内部論理は不明で[98]、「正義や論理といった概念がそぐわない世界」[117]「異形の植物生命体や悪意の生き物が住み、夢の論理や人知を超えた力が満ちている、絵のように美しいがときに不穏な世界」[75]とされる。ウードリング自身は「私が子供の頃に見ていた世界、今もそうだと信じている世界だ。命を持ってエネルギーに満ちた、すべてに意味が宿る状態の場だ」と述べている[118]。また創作の中では道徳、政治、意識といった題材を考えるための「思考実験室」としてはたらくと述べており[10]、ある作品でフランクが死んだり何かを学んでも最後にはリセットされて元の状態に戻る[22]。
ユニファクターの情景は、故郷グレンデールの自宅に近かったブランド公園周辺の低木の多い丘陵に影響を受けている[11]。中東風の建築様式は公園内のブランド図書館に基づいている。芸術と音楽を専門とする図書館で、ウードリングは「少年時代の避難所だった」としている[14][21]。
登場人物とモチーフ
- フランク (Frank)
- 尻尾が短く前歯が突き出した直立歩行の動物で、種は不明[47]。デザインはフライシャー・スタジオ作品のビン坊のような古い米国アニメーションのキャラクターに近く[22]、裸に白い手袋だけをはめている[89]。カラー作品では毛皮は紫で描かれる[118]。好奇心が強く、利己的でもある[118]。作者は「無知だが無垢ではない」「完全に無知、何の自覚もないがゆえに罪を犯しうる」と表現している[53]。物語の中で変化したり学んだりすることがない、基準のような存在だとされている[94]。
- マンホッグ (Manhog)
- 四つん這いで歩く、豚と太った人間を合わせたような醜い外見のキャラクター[19][89]。「動物の良いところを持つ」フランクに比べて「人間の悪いところを持つ」とされ[118]、欲深、臆病、卑劣などネガティブな側面が多い[53][118]。生まれてきたユニファクターになじめず、みじめに暮らしているが、他のキャラクターにはない「変化の可能性」を持っている点で人間的だとされている[19]。多くの作品で敵役だが『ウェザークラフト』では主人公となる[88]。ウードリングはマンホッグとフランクの関係には自身の父子関係が投影されていると述べている[118]。
- パップショウ (Pupshaw) とプッシュポウ (Pushpaw)
- フランクのペット。箱型の足乗せ台と犬の中間のような見た目をしている[22]。雌のパップショウは気性が荒いが、フランクには忠実。実際にはただの動物ではなく超常的な力を持っており、フランクを守ってくれることも多い[118]。雄のプッシュポウは同種の生き物で、パップショウと番になる[119]。2体を主人公とする絵本も出版されている。
- カエル
- カエルはウードリングの象徴性の中心的な位置を占めるモチーフである[42]。ファンタグラフィックス版『ジム』第1号の表紙にはカートゥーン風の巨大なカエルが描かれており、「フランク」世界にも謎めいたカエルが数多く登場する[7]。ウードリングはジュニア・カレッジを退学するきっかけとなったカエルの幻覚を「守護霊的な何か」と感じ、その姿を何度も絵に描いてきた[10]。ウードリングはカエルが変態によって「二つの世界を生きる」点や、修行僧のように身じろぎしないと思えば突然跳躍する奇妙な人間らしさを興味深い理由として語っている[14][75]。
その他の活動
1996年にMicrosoftがリリースし、Internet Explorer 3.0やWindows 98に収録されたIRCクライアントMicrosoft Comic Chatのアートワークを手掛けた。チャットの会話からリアルタイムでコミックの画面を生成するアプリケーションで[121]、ウードリングはシステム開発のための試作漫画も提供した[122]。
音楽の分野では、ビル・フリゼールにアルバムジャケット画を提供し[61]、CDが付属する絵本『TROSPER』を共作している[74]。ロックバンドのザ・グリフターズが1996年に出したアルバム Ain't My Lookout でもジャケットを描いた。また、シンガーソングライターのミーカが2009年に出したEP Songs for Sorrow 付属ブックレットの表紙や歌詞ページにイラストレーションを提供した[61]。日本では2000年にホフディランのシングル「長い秘密」にジャケット画を描き[123]、シュノーケルにもアルバム『SNOWKEL SNORKEL』(2006) のほか前後に出した数枚のシングルにイラストレーションを提供している[124]。
2013年にはヨ・ラ・テンゴとのコラボレーションによるマルチメディア作品『ザ・ツリー』を制作した。ソフトビニール人形や短編アニメーションを含むボックスセットで、ウードリングはバンドメンバーをモデルとするキャラクターのデザインやコミックを手掛けた[125][126]。
作風
「見えない世界」の希求
ウードリングは自作を貫くテーマが「人生の奇妙さ」であり、「目に見えるものは経験しうるもののごく一部に過ぎず、見えるというのも幻想であり、もっと大きなものが存在する」感覚があると述べている[35]。CBRのレビュアーは「ただ生きていることの恐怖と驚異を、ウードリングのようにシュールで謎めいたやり方で掘り下げられる作家はいない」とし、「真のヴィジョナリー」と呼んだ[17]。
幼少期のウードリングは頻繁に幻覚を見ていた[127]。そうした幻覚は、特に初期の絵画習作や『ジム』掲載作品で直接的なモチーフになっている[7]。「ザ・デイリー・クロス・ハッチ」は、サイケデリックな作風の先行作家にはない内的な必然性と別世界的な感覚がウードリング作品から感じられるのはこの資質によるものだとしている[49]。ウードリング本人は幻視が単なる「神経の誤作動」に過ぎないと述べ[7]、その核にあった生来の「形而上的な渇望、多くの人が持つあの「無限への郷愁」」が重要だと説明している[128]。
知覚の混乱は加齢とともに収まっていったが、強烈で予測できない幻視体験と比べて、一般に現実とされているものはウードリングにとって退屈で苦痛に感じられた[7]。青年期以降のウードリングは、子どものころの世界が「当たり前のものではない」「奇妙で恐ろしく異質」と感じられたことを意図的に記憶にとどめようとしてきた[8]。「私の後ろで閉じようとするトンネルをこじ開け続けてきた。そうすることであの原初の感覚、子どもの頃に世界がどう見えていたかを忘れずにいられる。それを保ち続けることが私にとって天職となった」[7]そのような一種の「自傷行為」が芸術家意識の発露であり、社会適応の妨げになったとも認めている一方で[7]、自分の心を強靭にするセラピーとしても機能したと語っている[67]。
通常の知覚を超えた世界への関心は霊的な探求へと広がった。また、父親が飲酒によって悲惨な晩年を送ったことと、その一因が自分だったのではないかという思いも、超越的な境地を求める動機になった[1]。ウードリングは10代から30代半ばまで様々な宗教哲学や修行を経験し、最終的に現代ヴェーダーンタを実践するようになった[85]。世俗的な現実の裏を追求するテーマはインド哲学でいうマーヤーからの解放として説明され、作者の代理としてその探索を行うキャラクターがフランクだとされている[7]。
ウードリングはまたLSD、シロシビン、サルビア・ディビノラムのような幻覚剤を使用し、現実認識が崩壊する体験を絵画に表している[7][128]。作品中の夢の情景や、カラー画で用いられるサイケデリックな飽和した色彩は、幻覚剤による幻視と結び付けて論じられることがある[128]。ただしウードリングは、これらの薬物体験がもたらす洞察は現実とは何かを探求する手段の一つに過ぎないと述べており[7][128]、芸術についても「薬物と同じく、あなたに場所を示すが、そこに連れて行ってくれるわけではない」と説明している[10]。
制作方法
初期のコミック作品の多くでは、アンドレ・ブルトンによる自動筆記のように[42]、夢日記の内容を極力そのまま再現したものがあった[113]。1990年代半ば以降は実際に見た夢が直接作品化されることはなくなった[118]。ウードリングは自分自身を描くことに関心を失ったと語っている[120]。
それに代わる「フランク」シリーズは、夢や個人的な観念とは全く別の源泉から作品を生み出していると説明されている[128]。制作には事前の構想を立てず、自然の中などリラックスできる場所でアイディアが自然に湧いてくるのを待ち[118]、言葉でフランクの行動を書き出していく。そして事後に見返してイメージの強さが感じられる部分だけを残し、それ以外を捨てる[11]。ウードリングはこの制作過程について、内発的ではなく外から送られてくるアイディアを口述しているかのように語る[2]。物語の意味が明らかになると興味を保てないため、自分自身でも完全に理解せずに描くという[7]。そのためストーリーに自伝的な要素が現れたとしても意図したものではない[11]。ウードリングによると、創作の主体とされるのが、作者自身の意識から独立した実体のように感じられる作品世界「ユニファクター」である[94][2]。その声にただ従うと作者自身も引き込まれるような謎めいた作品が作れるが、意識的に物語の構成に介入すると創作に支障をきたすという[94]。
「フランク」シリーズは言葉を使わないサイレント・コミックである。これは文化的な文脈から切り離された世界を描写するためで[120]、作中人物が現代英語を話すことで特定の時代や場所に縛られないようにしている[46]。言葉によって読者の解釈を一つに誘導せず、謎を謎のままに残しておくことも意図の一つである[46]。言葉を使わないぶん「何が起きているか」は絵で明確に描かれており[46]、時間の経過も複数のコマを使って丁寧に表現される[85]。会話のシーンでは内容が想像できるように豊かな身振りが描写されている[85]。物語の構成は明瞭で[2]、凝ったコマ割りは用いられない[35]。批評家のヒラリー・ブラウンは、サイケデリックな作風のコミックとしては例外的にストーリーラインが明確だと評している[2]。
作画
ウードリングは絵を正確に描く技術を重視しており、アーティストとして形態の知識や理解に高い基準を設けている。自身の画風は意識的に作り上げ、磨いてきたものだとしている[24]。即興的に描くことはなく、下絵の前に構図を徹底的に検討する[128]。絵を見る際にも構図を特に重視しており、漫画家T・S・サリヴァントが人物の顔を見せず、構図とポーズだけで性格を表現する描き方を高く評価している[24]。
コミックのペン絵は「木版画風」と評され[2][16]、明瞭な輪郭線と、太さにバリエーションが付けられた波線のハッチングによる陰影が特徴とされる[22]。波線は独自性のある陰影の基本要素として意図的に身に着けたスタイルである[85][113]。
古来から伝統的に使われてきた描画用具であり、なおかつマスターするのが難しいという理由でつけペンに愛着があると語っており[67][118]、ペン画を「ドローイングの極致」と呼んでいる。それに比べて木炭画は心理的効果を出すのが容易すぎ[24]、筆は柔軟性があるため正確な操作が必要ないとした[42]。ペン自体がフェティッシュの対象でもあると語っており[19]、芸術支援団体からの援助を受けて長さ約1.5メートルのつけペンを製作し、その扱いを一から習得したこともある[109]。
絵画作品では、見た者に不安や違和感を喚起する芸術を目指していると述べ、ムンク、ダリ、デ・キリコ、ベーコンらをその系譜として挙げている[11]。
影響
漫画
もっとも影響された漫画家としてトーマス・スターリング・サリヴァントを挙げ、「ペンとインクの魔術師」と称賛した[129]。ほかにはジョージ・ヘリマンや『MAD』誌からも影響を受けた[53]。幼いころ観たアニメーション映画『ビン坊の結社加盟』(1931) を人生哲学の基礎となった一つ
とし[113]、自身の創作の芯にある「爆弾」と呼んでいる[127]。同作のように一見奇妙だが大きな意味と深みを持つ作品に惹かれると語っている[19]。
- T・S・サリヴァント作 The First Pun (1898)
- ジョージ・ヘリマン作『クレイジー・カット』(1922)
アンダーグラウンド・コミック作家ではロバート・クラムを「世界でもっとも偉大な存命の漫画家」とし、漫画を描き始めるのに影響があったとした[24]。クラムのうねる描線には特に魅力を感じ、模倣を避けてスムーズな線を引くよう心がけていたが、後年には自身の描線も自然にうねるようになったと述べている[2][5]。漫画家としてのキャリア初期、『ジム』誌ではジャスティン・グリーン[注 16]から影響を受けた作品を描いていた[128]。グリーンについては、もてあますほどの生への愛、探求と渇望のような性質が重要だったという[19]。
美術

幼少期に読んだ児童向け科学書の挿絵を描いたハリー・マクノートからは「イラストレーションの根本、色彩理論、配置、シュルレアリスム、見えないものを目で見えるように描くこと、抽象表現に個性を出すこと」を学んだとしている[53]。ボリス・アルツィバシェフからは象徴主義へのアプローチを学んだ[20]。17世紀オランダ絵画からは、純粋な技巧で精神を伝えようとする試みとして影響を受けた [113]。高校生の時にシュルレアリズム展を見て「性的エネルギーに満ち溢れている」と感じ、長きにわたる影響を受けた。中でもサルバドール・ダリは若いころのロールモデルだった[19]。
文学
人格形成期に読んだ多数の文学の中でもヘンリー・ミラーからは影響があった[5][131]。ケネス・パッチェンからは、シンプルな言葉に意味を込めるという点で影響を受けたと語っている[19]。読者としては、自身の「現実の裏にあるものを見ようとする」志向に通じるアルチュール・ランボー、シャルル・ボードレール、ロートレアモンのような作家は感性が近すぎて読みづらく、逆にマリリン・ロビンソン、パトリック・オブライアン、『アンナ・カレーニナ』など日常を描く小説が異質で興味深いと述べている[7]。青年期にワシントン州に移り住み[132]、60歳を過ぎてシアトルから近郊のヴァション島に転居したのは、愛読するユーモア小説家ベティ・マクドナルドに触発されたものである[92]。
受容
批評的評価
オルタナティブ・コミック、インディー・コミックの分野では非常に高い評価を受けており[89]、広い読者層は持たないが[114]、同業の漫画家からの支持が高い[116]。批評家ジョー・マカロックは、ウードリングが『ジム』によってオルタナティブな自伝的コミックを無意識や夢の領域に広げたと評価している[133]。A.V. Clubの評者はウードリングが1990年代にオルタナティブ界の最先端となったと評した[21]。別の評者は、アンダーグラウンド・コミック運動退潮から2014年に至るまで、もっとも重要な非主流コミック作家の一人であり続けていると書いた[134]。ライターのトム・スパージョンは1999年に「北米で最も尊敬されている漫画家の一人」とした[131]。コミック理論家のスコット・マクラウドはウードリングが同時代の中で後世に残るわずかな作家のひとりだと述べた[135]。
コミックライターのスティーヴン・ワイアセックは、描写困難な独自の世界を持つコミック作家の筆頭にウードリングを位置付けた[114]。リンド・ウォード・グラフィックノベル賞 (2014) の選評では、言葉でとらえられない世界の独自性が評価された[136]。コミック関連のウェブメディアCBRも、サイレント作品の「フランク」を「近年でもっとも革新的で魅力的な作品の一つ」としている[6]。
ウードリング作品については、魅力と不穏さが両立していることがしばしば指摘される。コミック原作者アラン・ムーアは「恐ろしいほど異質でありながら、心の底からなじみ深い」と評している[3]。『ザ・ストレンジャー』紙の編集者は「共感できる人間ドラマと、シュルレアリストの幻覚」の両立とした[137]。フライ美術館はその作品を「理解可能であると同時にまったく奇異」であり「分類を拒む」と評している[110]。日本の漫画家島田虎之介は「可愛いけど薄気味悪い、ポップでいてデモーニッシュ」とした[138]。ただし読者によってはその不穏さが拒否感につながることがあり[46]、好悪がはっきり分かれるカルト作家とも評される[3]。
表現手法と内容のギャップが効果を生み出しているという評価も見られる。チャールズ・ハットフィールドは伝統的な「ファニー・アニマル」の可愛さと不穏さの両立による「つかみどころがなく、挑発的で、深いところに謎を残す、形式と主題の美しい結合と呼べる作品」と評した[139]。コミック批評家のダグラス・ウォークは、明快な動きをつなげて不条理を作り出す古典的アニメーションの文法によって言葉にしにくい内容が伝わると書いた[140]。『シアトル・ウィークリー』の評者は、可愛いキャラクターで不気味さを描くという一種の定型が独自の表現に高められているとした[141]。
日本での受容
漫画家島田虎之介はウードリングの絵を「「こうとしか描けない!」という衝動とそれを正確に表現できる技術」と称賛した[138]。同じく本秀康は技法を高く評価し、インスピレーションを求めてウードリング作品を開くことがあると述べている[12]。逆柱いみりは、奇妙な機械・物体の描写や、世界が異質なものへ変容する表現に、サイケデリックで幻覚的な感覚を見ている[142]。Presspop社の山田祐史は独自の空間・時間感覚が「”こちらの世界”が持つ約束ごとの呪縛」からの解放になるとしている[142]。
受賞
| 年 | 授賞者 | 対象 | 部門 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 1993 | ハーベイ賞 | 本人 | 最優秀カラーリスト[143] | 受賞 |
| Tantalizing Stories Presents Frank in the River | 最優秀単一号/単一話[143] | 受賞 | ||
| アイズナー賞[144] | Frank in the River | 最優秀短編[145] | ノミネート | |
| 1996 | Jim, Jim Special | 最優秀表紙画家[146] | ノミネート | |
| 最優秀原作/作画(ユーモア作品)[146] | ノミネート | |||
| 1998 | イグナッツ賞 | Frank Vol. 2 | 傑出したグラフィックノベル/作品集[147] | ノミネート |
| 2003 | イグナッツ賞 | The Frank Book | 傑出したグラフィックノベル/作品集[148] | ノミネート |
| アーティスト・トラスト | 本人 | グラント・フォー・アーティスト・プロジェクツ[65] | 受賞 | |
| 2006 | ユナイテッド・ステーツ・アーティスツ | 本人およびビル・フリゼール | フェローシップ[65][72] | 受賞 |
| 2008 | アーティスト・トラスト | 本人 | 受賞 | |
| インクポット賞 | 本人 | [149] | 受賞 | |
| 2010 | ラスマソン財団及びアーティスト・トラスト | 本人 | アラスカ州ホーマーへの1か月滞在[75] | 受賞 |
| ザ・ストレンジャー | 本人 | 文学部門ジーニアス賞[92] | 受賞 | |
| 2014 | ペンシルベニアセンター・フォー・ザ・ブック | 本人 | リンド・ウォード・グラフィックノベル賞[150] | 受賞 |
著書の一覧
単著
| 刊年 | 書題 | 出版社 | ISBN | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1993 | The Book of Jim | ファンタグラフィックス | 1-141-29836-8 | 前文マーク・マーティン、初期の「ジム」作品集 |
| 1994 | Frank Vol. 1 | 978-1-560-97153-5 | 初期の「フランク」作品集 | |
| 1997 | Frank Vol. 2 | 978-1-56097-279-2 | 初期の「フランク」作品集 | |
| 2001 | 『FRANK Pupshow Edition』 | プレスポップ | 978-4990081218 | 日本オリジナルの選集 |
| 2002 | 『FRANK Manhog Edition』 | 978-4990081270 | 日本オリジナルの選集 | |
| 2002 | Trosper | ファンタグラフィックス | 1-56097-426-5 | 絵本、ビル・フリゼールによる音楽CD付属 |
| 2003 | The Frank Book | 1-56097-534-2 | 前文フランシス・フォード・コッポラ、全集的な「フランク」短編集 | |
| Oneiric Diary | ダークホースコミックス | 1-59307-002-0 | 白紙ページを含む雑記帳 | |
| 2004 | 『PUPSHAW & PUSHPAW』 | プレスポップ | 4-9900812-9-3 | 日本オリジナルの絵本 |
| 2005 | Seeing Things | ファンタグラフィックス | 1-56097-648-9 | 木炭画を中心とする画集 |
| 『リュートの弦』 | プレスポップ | 978-4-90309-003-0 | 日本オリジナルのコミック作品 | |
| 2006 | 『THE FRANK COLOR STORIES』 | 978-4-90309-006-1 | 日本版、「フランク」カラー作品の選集 | |
| 2008 | 『THE MUSEUM OF LOVE AND MYSTERY』 | 978-4-903090-14-6 | 日本版、描き下ろしイラスト集 | |
| The Portable Frank | ファンタグラフィックス | 978-1-56097-978-4 | 前文ジャスティン・グリーン、入門的な短編集 | |
| 2010 | Weathercraft | 978-1-60699-340-8 | 描き下ろし「フランク」シリーズ長編 | |
| 2011 | Congress of the Animals | 978-1-60699-437-5 | 描き下ろし「フランク」シリーズ長編 | |
| 『BLACK & WHITE FRANK』 | プレスポップ | 978-4-90309-028-3 | 日本版の白黒作品集、『リュートの弦』、Weathercraft、Congress of the Animals、ほか短編収録 | |
| 2012 | Problematic: Sketchbook Drawings 2004–2012 | ファンタグラフィックス | 978-1-60699-594-5 | スケッチ集 |
| 2013 | Fran | 978-1-60699-661-4 | 描き下ろし「フランク」シリーズ長編 | |
| 2014 | Jim | 978-1-60699-752-9 | 『ジム』などの「自動書記」作品の集成 | |
| 2018 | Poochytown | 978-1-68396-119-2 | 描き下ろし「フランク」シリーズ長編 | |
| 2020 | And Now Sir, Is This Your Missing Gonad? | 978-1-68396-326-4 | 「フランク」世界を題材にした一コマ漫画集 | |
| 2022 | One Beautiful Spring Day | 978-1-68396-555-8 | Congress of the Animals, Fran, Poochytown を再構成・増補した長編 | |
| 2026 | Quacky | 979-8-87500-233-5 | 描き下ろし「フランク」シリーズ長編 |
原作
| 刊年 | 書題 | 共作者 | 出版社 | ISBN |
|---|---|---|---|---|
| 1997 | Aliens: Labyrinth | キリアン・プランケット画 | ダークホースコミックス | 1-56971-245-X |
| 1998 | Star Wars: Jabba the Hutt: Art of the Deal | アート・ウェザレル、モンティ・シェルダン画 | 978-1569713105 | |
| 1999 | Aliens: Kidnapped | ジェイソン・グリーン、フランシスコ・ソラノ・ロペス画 | 978-1569713723 |
脚注
注釈
- ↑ ルビー・スピアーズは、ハンナ・バーベラ・プロダクションで1969年に『スクービー・ドゥー』を生み出したジョー・ルビーとケン・スピアーズが独立して1977年に設立したテレビアニメ制作会社[25]。
- ↑ 1983年から3シーズン30話が放映された。俳優・タレントのMr. Tが本人役で主演するテレビアニメ作品。Mr. Tは児童体操チームのコーチとなり、世界各地をツアーしながら選手を指導する[27]。
- ↑ 1983年放映、全12話。米国で2年ほど前にブームになった玩具ルービックキューブのアニメ化で、顔と脚のある生きたルービックキューブが3人の子供と友達になる[27]。
- ↑ 1984年放映、全13話。政府の秘密研究が関わる事故によって愛車と一体化し、スポーツカーに変身する能力を得た少年が犯罪と戦う[28]。
- ↑ ギル・ケイン (1926-2000) はスーパーヒーロー作品で知られるコミック作画家。1940年代から活動をはじめ、戦後にはシルバー・エイジのDCコミックスでグリーンランタンなどの復活に関わり、1970年代にはマーベル・コミックスでスパイダーマンなどを長く手掛けた[29]。
- ↑ ゲイリー・グロス (1954-) はコミック編集者、出版者、批評家。ファンタグラフィックスの共同創立者の一人であり、批評誌『ザ・コミックス・ジャーナル』を立ち上げた[32]。
- ↑ 『ウィアード』(1981-1993) はロバート・クラムが創刊した白黒のコミック誌で、28号が刊行された。末期のアンダーグラウンド・コミックとその後のオルタナティブ・コミックの橋渡しを行い、ダニエル・クロウズ、ジョー・サッコ、ヒルベルト・ヘルナンデスなど後の重要作家の初期作品を掲載していた[38]。
- ↑ 『ザ・ケニオン・レビュー』(1937-) は米国ケニオン大学で創刊された文芸誌。1939年から21年間にわたって編集者を務めた詩人・批評家ジョン・クロウ・ランサムの高名により、英語圏でもっとも影響力のある文芸誌の一つとなった[39]。
- ↑ マーク・ランドマン (1953-) は米国の漫画家・編集者。オルタナティブ・コミック誌『BLAB!』、『ウィアード』、『ヘビーメタル』などに寄稿した[45]。
- ↑ マーク・マーティン (1956-) は1980年代からオルタナティブ・コミックシーンで活動した漫画家[50]。
- ↑ ツンドラ・パブリッシングは『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』の作者の一人ケビン・イーストマンが1990年に設立した独立系コミック出版社[51]。1990年代前半にキッチン・シンク・プレスに吸収された[52]。
- ↑ 『ヘビーメタル』はフランスの『メタル・ユルラン』の英語版として1977年に創刊された米国のコミック誌。SF・ファンタジーを中心に、メビウスなどの作家を米国に紹介した。後にはメインストリーム系、ホラー系、アンダーグラウンド系のような多様な米国作家の作品も掲載された[56]。
- ↑ デニス・P・アイクホーン (1945–2015) は自伝的コミック作家・編集者。1990年に個人誌『リアル・スタッフ』を発刊した。同誌は全20号が刊行され、アイクホーンの脚本をピーター・バッジ、ジュリー・ドゥセら重要な作画家がコミック化した[59]。
- ↑ アニメーターの布山タルトは同作で文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した[86]。
- ↑ 日本語版『ジム・ウッドリングのイルミネーション』(Prime Video)
- ↑ ジャスティン・グリーン (1945-2022) はアンダーグラウンド・コミック運動の中で影響力が大きかった漫画家。代表作『ビンキー・ブラウン・ミーツ・ザ・ホーリー・ヴァージン・メアリー』(1972) は告白調の自伝コミックという形式の原型となったとされる[130]。
出典
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関連文献
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