ジム・ウードリング

ウィキペディアから、無料の百科事典
ジム・ウードリング
生誕 ジェイムズ・ウィリアム・ウードリング
James William Woodring
(1952-10-11) 1952年10月11日(74歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
配偶者 メアリー・ウードリング
jimwoodring.com
テンプレートを表示

ジム・ウードリング(James William Woodring、1952年10月11日 - )は、米国の漫画家、画家。米国オルタナティブ・コミックを代表する作家の一人とされており、夢や幻視を題材にした作品と、動物のキャラクターがシュールな世界をさまよう代表作「フランク」で知られる。「フランク」はほとんど言葉を用いないサイレント・コミックで、古典的なアニメーションを思わせる親しみやすい絵柄によって不条理な出来事や象徴的な世界を描いている。作品にはシュルレアリスムや宗教哲学への関心が反映されている。

幼少期から強烈な幻視や認知の困難を経験しており、青年期以降は幻想画家を目指して独学で絵画技術を磨いた。1970年代末からはテレビアニメーションの制作に携わった。その間に自主制作したZINE『ジム』が1980年代後半にファンタグラフィックスを通じて商業出版され、それをきっかけに漫画家としての活動を始めた。1990年代に描き始めた「フランク」短編で評価を確立し、1993年には「フランク・イン・ザ・リバー」でハーベイ賞を受賞した。

2000年代からは絵画制作や音楽家との共同公演など芸術家としても活動を広げた。また日本においても新作『リュートの弦』(2005) や絵本を刊行し、イラストレーションやトイデザインなども手がけた。2010年の『ウェザークラフト』以降は長編書籍形式の「フランク」作品を相次いで発表した。長編三作品を再構成した『ワン・ビューティフル・スプリング・デイ』(2022) は、長年にわたる自動書記的な作風と意識的な物語構成を統合した大作として評価された。

経歴

少年期と芸術への目覚め: 1952-1960年代

1952年、ロサンゼルスで2人兄弟の上の子として生まれる[1]。ロス郊外のバーバンクやグレンデールで育ったウードリングは、保守的な土地柄と冷戦の恐怖を感じながらも、戦後楽観主義の中で「音楽・ユーモア・文化全般の黄金時代」に生きていたと回想している[2]。父親はエンジニア、母親は検視局に勤務する毒物学者だった。ウードリングは発明家気質で自分と似たところのある父親に敬意を持っていた[3]。両親はグレンデール長老派教会に属していたが、飲酒の問題を抱えてもいた[4]。ウードリングは自由や幸福のような米国的価値観、正直さや勤勉さのような社会的規範を教えられて育った[5]。父親は息子が芸術家を目指すことには懐疑的で、後年に亡くなるまで絵の仕事を止めて鍛冶職人になるよう勧めていた[6]。

ウードリングは3-4歳のころから幻覚を見始めた。ベッドで寝ているときには、意味の分からない言葉を発しながら宙を飛ぶ多くの顔を見た[3]。家の中でライオンの咆哮や、自分について噂する声を聴くこともあった[7]。医学的な診断は受けていないが[3]、本人によれば起きたまま夢を見ていたようなものだったという[8]。それらの幻や、テレビの中の出来事を現実と区別するのは少年時代のウードリングにとって困難だった[9]。4歳か5歳から絵を描き始め[4]、「首のない動物」や「電気でできた小さな男」のような恐ろしい幻覚を絵にすることで安心感を得ていた[10]。また4歳ごろに死について理解して以来、後年まで毎日死について考えていたと述べている[3]。

幻覚以外にも強迫的な行動があり、やってはいけないと分かっている行動を止められなかった[3]。相貌失認の症状もあった[9]。後年には自身に自閉症の傾向があった可能性も語っている[11]。本人によると、周囲の人々とは摩擦が絶えず、いつも孤立していた[3][12]。当時は子どもを心理士に診せることが一般的ではなく、両親もただ困惑して距離を置くようになったとも回想している[10]。

小学校を卒業するころには知覚の混乱が収まり始めた。幻影が完全に止むことはなかったが「人生の一部で、その中でも面白い部分」と考えられるようになり、それと比べて客観的な現実(英語版)を退屈に感じた[7]。

漫画にはあまり関心がなく[13][14]、特にコミックブックのスーパーヒーローよりも『MAD』や『ニューヨーカー』に載る諷刺・ユーモア作品を好んでいた[15]。漫画よりむしろ雑誌イラストレーションの中にアーティスティックで形而上学的な作品を見出しており、自分でも描きたいと思った[16]。中学生のときレンブラントの素描に感銘を受け、スケッチブックを持ち歩くようになった。それが自身をアーティストと認識するきっかけだったと回想している[17]。その画力は周囲から認められる水準に達しておらず、美術教師から両親あてに「資質がないので芸術家を目指すべきではない」という手紙を受け取った[11]。しかし自分の幻視を表現したいという意思のもと[18]、10代から20代にかけて技量を磨き続けた[16]。

カウンターカルチャーと放浪生活: 1960年代-1978

高校進学後の1968年、地元の美術館でダダイズムとシュルレアリスムの回顧展を鑑賞し、先行作家の作品に衝撃を受けた[19][16]。自身も持っていた「無限への郷愁」のテーマがすでに完成されていると感じられ、またダリの『見えない男(英語版)』から、絵画によって言葉にできない苦悩を表現しうるのだと気づいた[20]。後年にはこの美術館訪問が「ある意味で私が世界に対して反逆とその覚悟を確信した記念すべき日」としている[12]。ダリの初期の作風はウードリングのキャリアを通じて「内面の奇妙さを美徳に変える」という意味でロールモデルとなった[19]。同じころ、友人からアンダーグラウンド・コミック作家ロバート・クラムを教えられた[19]。カウンターカルチャーの影響下にあるクラムの反権威・反体制的な作風に強くひかれたウードリングは[4]、友人のジョン・ドーマンと競い合って漫画を描くようになり[5]、ヒッピー向けのアンダーグラウンド出版物に作品を寄稿した[21]。

1970年に高校を卒業し、グレンデール・ジュニア・カレッジ(英語版)に2カ月ほど通った[4]。しかし学業は上手くいかず、将来の見通しもなく、友人も持てないなど、混乱と不適応の時期だったと回想している[10]。ある日カレッジで美術史の授業を受けている間に、大きなカエルが出現して「こんなところにいてはいけない」と呼び掛けてくる幻覚を見た[4]。それにより退学を決意し、美術学校に進学する志望も断念した[4][10]。この時見たカエルのモチーフは後にコミック表紙や木炭画集などで繰り返し作品化されている[22]。

その後1年半にわたってゴミ収集員として働いた。そのころから過度の飲酒が始まった[4]。幻覚剤LSDを使用する機会もあり、「現実が実のところまったくリアルではない」と知る「人生を変える体験」だったと語っている[4]。職を辞めてからは生活を切り詰めながら漫画を描き、自動車テーマのコミック誌『カートゥーンズ・マガジン(英語版)』[23]に寄稿した[24]。1974年、互いに歩み寄れないままだった母親を癌で失った[4][9]。それをきっかけにワシントン州の森林地帯に移り住み、農家の雑用などをしながら2年ほど暮らした[4]。その後もカリフォルニア州のサンタバーバラ、サンフランシスコ、ロサンゼルスを転々とし[5]、一時的にホームレス状態になることもあった[22]。

飲酒やドラッグ、恋愛で生活は荒れていたが、文学や美術に接することは止めず[5]、イラストレーターの通信講座フェイマス・アーティスツ・スクール(英語版)の教材を入手して独学を続けていた[16][24]。1977年に描いた木炭画 Barnyard Trouble は初めて自分で成功と思える作品だった。幼少期に見た、歯を持つパーティーホーンの幻覚を取り入れた絵で、それによって「暗号の解読に成功した、これからいつでもこんな絵を描ける」という高揚感を覚えた[7]。ウードリングによるとこの「混沌」の時期は後の人格の基盤を作る時期でもあったが、妻メアリーとの結婚を機に生活を改めた[5]。

アニメーション業界と個人誌『ジム』: 1978-1987

1979年、職を探していたウードリングは、親友ジョン・ドーマンの勧めによってロサンゼルスに移り住み、しばらくPR会社で働いたのちに、ドーマンが在籍していたアニメーションスタジオのルビー・スピアーズ(英語版)[注 1]で作画の仕事に就いた[5]。作品の制作期間中にはストーリーボードを担当した。そこで学んだイマジナリーラインのような映画的な画面構成の基礎は後年のコミック制作にも生かされている。オフシーズンには、同社に所属していたジャック・カービーが描く企画プレゼン用のスケッチを仕上げる作業を行った[26]。携わったテレビシリーズには『ミスターT(英語版)』[注 2]、『ルービック・ザ・アメイジング・キューブ(英語版)』[注 3]、『ターボ・ティーン(英語版)』[注 4]があるが、ウードリング自身はこれらの作品を高く評価していない[1]。関心がないまま生活のために仕事をしていただけで[21]、技術面を除けば作風への影響もないと語っている[6]。その一方で、同僚に恵まれて良い環境で働けたとも回想している[21]。特に同僚の一人でコミック作画家だったギル・ケイン(英語版)[注 5]とは親しくなった[30]。

ルビー・スピアーズ在籍中に、夢を題材にした絵や「自動書記日誌 (autojournal)」と称する自由形式の文章を集めたコピー本『ジム』の出版を始めた[3]。ウードリングによると1980年当時ZINEの個人出版はまだ珍しく、好意的に注目されて人脈も広がった[31]。1986年、『ジム』はギル・ケインによってオルタナティブ・コミックの大手出版社ファンタグラフィックスのゲイリー・グロス(英語版)[注 6]に紹介された[3]。グロスはウードリングの才能にほれ込み、生涯にわたってその出版を手掛けることになる[33]。グロスはこのとき『ジム』にコミックを載せることを条件に商業出版を申し出た。ウードリングは当時シュルレアリスムのように現実感を揺さぶる一枚絵を描くことを目標にしていたが、出版のため再びコミック制作に取り組んだ[21][31]。

1987年、ルビー・スピアーズの経営が悪化したこともあり、アニメの仕事を辞めてシアトルに転居した[34]。ウードリングは、本能を刺激する高度なエンターテインメントによって人間を堕落させるハリウッドの商業主義から離れたかったと語っている[5]。また幼い子供のために気候の悪いロサンゼルスを離れたいという動機もあった[21]。転居から10年ほどはコミック制作が主たる活動となった[35]。折しもファンタグラフィックス社がシアトルに移転してきたことで、同市ではコミックの小規模出版や自主制作ZINE文化が活性化した。ウードリングは地域の代表的な作家の一人として活動するとともに、作家コミュニティの交流に貢献した[36]。

オルタナティブ・コミック作家として: 1987-2000年代

『ジム』は1986年から1996年にかけて雑誌やコミックブックの形式で2シリーズ計10号にわたって刊行された[6][37]。そのほかアンダーグラウンド・コミック誌『ウィアード(英語版)』[注 7]や、文芸誌『ザ・ケニオン・レビュー(英語版)』[注 8]などにも寄稿するようになった[3]。広く売れる作風ではなく、第1シリーズ(1987-1990)の『ジム』はほとんど注目されなかったが[40]、米国における「文学的コミック書籍」の勃興期であった1993年に『ブック・オブ・ジム』として単行本化された[41]。評論誌『コミックス・ジャーナル』は同書を20世紀の英語コミック作品ベスト100の第71位に選出した[40]。

後にウードリングを代表するキャラクターとなるフランクは[42]、『ジム』第1シリーズ第4号 (1990) の表紙画として初めて登場した[43][44]。1991年、漫画家のマーク・ランドマン[注 9]が編集するアンソロジー・コミックブック『バズ』(1991) に「普通のコミックに見えるけれども、実はそうではない」作品を依頼されたウードリングは[46]、「汎用的な擬人化動物キャラ」であるフランクと、その対極となる獣人マンホッグが登場する4ページのサイレント漫画を描いた[47]。不条理で残酷な短編連作として始まった「フランク」シリーズは、長年にわたって描き続けられる中で長い物語となっていき、込み入った形而上学的な問いを扱うことになる[48]。基本的に「ユニファクター」と呼ばれるシュールな世界に住む主人公が奇妙な事物に遭遇する作品で、「象徴的な視覚言語」で表現された「独自の論理で動く夢のよう」と評されている[49]。

ウードリングは1992年から翌年にかけてマーク・マーティン(英語版)[注 10]とページを分け合う形で白黒の月刊コミックシリーズ『タンタライジング・ストーリーズ(英語版)』を共作し、フランク作品を描いた[3]。同シリーズはツンドラ・パブリッシング(英語版)[注 11]から全6号が発行された[53]。カラーの特別号『フランク・イン・ザ・リバー(英語版)』は1993年のハーベイ賞をカラーリストと単一号/単一話の2部門で受賞し[54]、ウードリングが広く知られるきっかけとなった[42]。

A.V. Clubは「フランク」シリーズが当時のオルタナティブ・コミック界の最前線に躍り出たと評している[21]。映画監督のフランシス・フォード・コッポラや漫画家アイヴァン・ブルネッティ(英語版)などからも支持を得た[22]。コミックブック『ジム』第2シリーズ (1993-1996) も掲載作の中心は「フランク」となった[55]。短編作品は『ヘビーメタル(英語版)』[注 12]など様々な雑誌に掲載され、カウンターカルチャー系のベストセラー書籍『ミレニアム・ホール・アース・カタログ』(1994) [57]にも収録された[55]。1996年から2001年にかけては、ファンタグラフィックスから単独誌『フランク』が不定期に4号発行された[55][58]。2003年にはシリーズの集成 The Frank Book が刊行された[55]。『コミックス・ジャーナル』は「フランク」を20世紀のベスト作品第55位に選出した[48]。

コラボレーションなど

1990年、シアトル在住のコミック原作者デニス・アイクホーン(英語版)[注 13]に自伝作品をコミックブックとしてまとめて発表するよう勧め、発刊された『リアル・スタッフ』に自ら寄稿した[59][60]。1991年から翌年にかけて、独立系の原作者ハービー・ピーカーによる著名な自伝的コミック『アメリカン・スプレンダー』の作画を数本手掛けた[61][62]。

この時期には映画のコミック化企画の脚本をいくつか書いている。1992年から翌年にかけて、ファンタグラフィックスによる映画『フリークス』コミック化の脚本を手掛けた[63][64]。その後、ダークホース社の知人から依頼されて大作映画『エイリアン』コミックシリーズの脚本を依頼された[53]。同社では『スター・ウォーズ』シリーズでも原作を手掛けた[21]。これらの原作付き作品はウードリングにとって一時的だが生計の足しになった[15]。

芸術活動の展開: 2000年代

この時期の米国においてオルタナティブ・コミック専業で生計を立てるのは困難であり、2000年代以降は絵画の制作と販売を活動の軸足に置くようになった[35][42]。ウードリングは1990年代から子供時代の幻視やパラノイア的な感覚を題材にした木炭画の制作を続けており、2001年からは油彩も描き始めた[65]。2005年には幻想的な絵画作品が画集『シーイング・シングズ』にまとめられた[66]。

フランスCNBDIにおける個展 (2007)。

ウードリングはファインアートの分野でも評価された[67]。2002年にはシアトルの公共芸術事業に公募で選出され、短編アニメーション Frank Finds Out を制作した[68]。2007年にはフランスアングレーム国際漫画祭の開催に合わせて回顧展が行われ、好評を博した[69]。2008年、アーティスト・トラストおよびワシントン州芸術委員会によるフェローシップを受けた[65]。

2002年、友人でギタリストのビル・フリゼールと90分のマルチメディア公演 Mysterio Sympatico を共同制作した。ウードリングのアニメーションとコラージュをバックに、フリゼールがオリジナル曲を演奏する形式だった[70]。2006年には同様の公演 Probability Cloud がニューヨークで上演され、ニューヨーク・タイムズに好意的な評が出た[71]。同年にフリゼールとともに音楽ユニットとしてユナイテッド・ステイツ・アーティスツ(英語版)のフェローシップを受賞した[72]。2013年にもデジタルライブドローイングと音楽演奏を組み合わせた公演を行った[73]。

2000年代初頭には日本でも紹介され、イラストやデザインを手がけたほか、個展や来日サイン会も行った[74][75]。アートトイ(英語版)分野の旗手だった日本のプレスポップ社からは少数生産のソフトビニール人形が販売され、オリジナルの作品集や絵本も刊行された[76][77]。2001年にはソニー・クリエイティブプロダクツのアート・カプセルトイ企画「TIME CAPSULE」第1弾に参加した[78][79]。中断していた「フランク」コミックも、2005年にプレスポップから刊行された新作『リュートの弦』で再開された[80][81][82]。2005年、プレスポップ・ミュージックから全48分のアニメDVD『VISIONS OF FRANK』が発売された。ウードリングは内容に関与せず、日本の映像作家7人がそれぞれ「フランク」をアニメ化した短編連作である[83][84][85][注 14]。

「フランク」長編作品: 2010年代以降

米国ではそれまで伝統的なコミックブック(32ページ前後の小冊子)を中心に発表されてきた「フランク」シリーズだったが[21]、ウードリングは別の刊行形式を模索し[35]、2010年の『ウェザークラフト(英語版)』以降はより読者層の広い書籍媒体(グラフィック・ノベル)に移った[21][46]。それらは短編から長編に移行しただけでなく、互いにつながり合い、神話的なスケールの大きさを備えた作品群だった[87]。

『ウェザークラフト』は、それまで貪欲な豚のようだった獣人マンホッグが進化の階梯を上り、一度は悟りの境地に達しながら再び転落する過程を描いていた[88][89]。ウードリングのヴェーダーンタ思想が取り入れられた作品で、幻覚剤もモチーフの一つになっている[10]。同書は多くのベスト書籍リストに載せられた[22](『パブリッシャーズ・ウィークリー』ベスト100書籍[90]、『TIME』ベストグラフィックノベル第6位[91]など)。A.V. Clubは「登場人物に一言もしゃべらせることなく、独自のイメージとストーリーテリングをさらに怪奇で啓示的な領域へと押し上げた」と評した[21]。ウードリングは同年にシアトルのオルタナティブ紙『ザ・ストレンジャー(英語版)』から文学部門ジーニアス賞を受賞した[92]。2010年にはアラスカ州のラスマソン財団によるアーティスト・イン・レジデンスプログラムによって現地に滞在し、次作の制作を行った[75]。

2011年5月には長編の次作『コングレス・オブ・ジ・アニマルズ(英語版)』が出た[93]。従来の作品ではユニファクターは閉じた世界であり、フランクはどんな出来事に遭遇しても経験から学ぶことはなく、登場人物の死や変化は必ずリセットされてきた[94]。今作ではフランクは外の異質な世界へ旅し、フランという女性の伴侶を連れ帰る[84][93]。ウードリングは個人的な内容が含まれた作品だと語っており[46]、批評誌『コミックス・ジャーナル』は、自己中心的で共感しにくかったフランクが初めて読者に応援される主人公になったと評した[95]。

ウードリングはそれまで「フランク」シリーズについて、自分の外から送られてくるアイディアを口述筆記するだけだと説明してきた[94]。『コングレス』は初めて意識的に物語を作る試みだった[96]。しかしその結果、ウードリングによれば「ユニファクターとの交信が途切れ」、続編の制作が難航することになった[96]。主人公が冒険する動機が失われ、作品の構造が破綻したと感じたウードリングは、次作『フラン』で一連の出来事が取り消される展開を描いた[94]。続く『プーチータウン』では前2作とは別の選択肢を選んだ後の物語が展開された[22]。ウードリングはフランクに伴侶を与えるという失敗が結果的に大きな物語を生み出す契機になったと振り返っている[85]。2022年、3作品を増補・再構成した400ページの『ワン・ビューティフル・スプリング・デイ』が出た[22]。チャールズ・ハットフィールドは同作が個々の作品以上の巨大な叙事詩になっていると評し、オートマティズムと技巧が調和していると述べた[97]。ウードリングにとっては同作が「フランク」シリーズの「理解の土台」を打ち建てた作品であり、一つの区切りとなった[85]。

2026年の新作長編『クアッキー』(Quacky) は過去のフランク作品とは大きく異なり、1930年から1940年代にかけて人気だったビッグ・リトル・ブック(英語版)の形式にならって[98]、見開きの片側にコミック風の挿絵、もう片側に文章が掲載されていた[99]。ウードリングはオリジナルのシリーズの凡庸さ、拙さを意図的に利用しようとした[100]。主人公フランクの内面が初めて言葉として語られたことで、キャラクターやテーマが新しい角度から描かれたと評されている[101]。

その他の活動

2010年、ジョナサン・ハウエルズ監督による93分間のドキュメンタリー The Lobster and the Liver: The Unique World of Jim Woodring がシアトルのインディペンデント映画祭で上映された[102]。2020年、クリス・ブラント監督によるドキュメンタリー The Illumination of Jim Woodring[注 15]がオンライン配信された[103][104]。

2015年、シアトルの現代美術家を支援するフライ・アート・ミュージアム(英語版)[105][106]によるジーニアス賞歴代受賞者の企画展に参加し、3D映像の展示を行った[107][108]。2017年には同館の委嘱により、独自に製作した長さ1.5メートルのつけペンによる幻想的ドローイング作品の個展を開催した[109]。同館はウードリングの作品を、グラフィックノベルとファインアートの境界を行き来するものとして紹介した[110]。

ウードリングは妻メアリーとの間にマックスフィールドという名の息子をもうけた。マックスフィールドはコミックの自主出版を援助するゼリック・ファウンデーション(英語版)から助成を受けて OAK と題するグラフィックノベル作品を出版している[111]。

作品

「ジム」シリーズ

元は「自動書記日誌」と称する個人発行の雑誌で、夢日記を逐語的に作品化したコミック、自動書記による文章、イラストレーションなどから構成されていた[112][113]。作者自身が「パラノイアや夢想癖に悩まされる、家族思いでひげ面の大男」として登場するほか、残忍な猫のビッグレッド、ヒスパニックなまりの泥酔したカエルのプルケのようなキャラクターが主人公のコミック、架空の広告ページなど多様なコミック作品が含まれる[114]。シュールレアリスムの手法を取りながらも自伝的な内容が多く[33]、ユーモアの要素も大きい[41]。

このシリーズにより、ウードリングは夢を描く作家として知られるようになった[87]。ジョー・マカロックはこのシリーズが、告白体や日常エッセイといった形式が主流だったアンダーグラウンド系の自伝コミックに無意識や夢の題材を持ち込んだとしている[41]。チャールズ・ハットフィールドは「淡々とした日常性と、良質の悪夢のように虚をつくスピリチュアルな重み」を両立させた作品群と評した[112]。

「フランク」シリーズ

異界的な場所「ユニファクター (the Unifactor)」が舞台で、初期の短編は一貫したストーリーを持たず、シュールで断片的なエピソードからなる[55][115]。セリフがないサイレント・コミックで、文字もほとんど用いられない。登場人物の動機や物語の帰結は明確にされず、読者の解釈に任される[55]。奇怪な生物が住む危険な世界の中で、主人公のフランクが自己中心的な行動のしっぺ返しを受ける型の作品が多い[116]。第1作 "Frank and Manhog" (1991) では、リンゴを食べていたフランクがその中に半分かじられた芋虫を見つけ、取り乱して芋虫の銅像を建てる[22]。"Frank and the Truth about Plenitude" では、浮遊するジーヴァ(後述)を捕まえて乗り物にしたフランクが、山の頂上で修行僧のような衣服を見つけて着てみるが何も得られず、ジーヴァを解放することで初めて安らぎを得る[55]。

物語の焦点は登場人物ではなく、ユニファクター自体だとされることがある[55]。ウードリングは、1990年代に制作した「フランク」トレーディングカードに登場させるキャラクターの一つとして、世界そのものに「ユニファクター」の名を付けた[85]。ユニファクターは独自のルールを持つが、その内部論理は不明で[98]、「正義や論理といった概念がそぐわない世界」[117]「異形の植物生命体や悪意の生き物が住み、夢の論理や人知を超えた力が満ちている、絵のように美しいがときに不穏な世界」[75]とされる。ウードリング自身は「私が子供の頃に見ていた世界、今もそうだと信じている世界だ。命を持ってエネルギーに満ちた、すべてに意味が宿る状態の場だ」と述べている[118]。また創作の中では道徳、政治、意識といった題材を考えるための「思考実験室」としてはたらくと述べており[10]、ある作品でフランクが死んだり何かを学んでも最後にはリセットされて元の状態に戻る[22]。

ユニファクターの情景は、故郷グレンデールの自宅に近かったブランド公園周辺の低木の多い丘陵に影響を受けている[11]。中東風の建築様式は公園内のブランド図書館に基づいている。芸術と音楽を専門とする図書館で、ウードリングは「少年時代の避難所だった」としている[14][21]。

登場人物とモチーフ

フランク (Frank)
尻尾が短く前歯が突き出した直立歩行の動物で、種は不明[47]。デザインはフライシャー・スタジオ作品のビン坊のような古い米国アニメーションのキャラクターに近く[22]、裸に白い手袋だけをはめている[89]。カラー作品では毛皮は紫で描かれる[118]。好奇心が強く、利己的でもある[118]。作者は「無知だが無垢ではない」「完全に無知、何の自覚もないがゆえに罪を犯しうる」と表現している[53]。物語の中で変化したり学んだりすることがない、基準のような存在だとされている[94]。
マンホッグ (Manhog)
四つん這いで歩く、豚と太った人間を合わせたような醜い外見のキャラクター[19][89]。「動物の良いところを持つ」フランクに比べて「人間の悪いところを持つ」とされ[118]、欲深、臆病、卑劣などネガティブな側面が多い[53][118]。生まれてきたユニファクターになじめず、みじめに暮らしているが、他のキャラクターにはない「変化の可能性」を持っている点で人間的だとされている[19]。多くの作品で敵役だが『ウェザークラフト』では主人公となる[88]。ウードリングはマンホッグとフランクの関係には自身の父子関係が投影されていると述べている[118]。
パップショウ (Pupshaw) とプッシュポウ (Pushpaw)
フランクのペット。箱型の足乗せ台と犬の中間のような見た目をしている[22]。雌のパップショウは気性が荒いが、フランクには忠実。実際にはただの動物ではなく超常的な力を持っており、フランクを守ってくれることも多い[118]。雄のプッシュポウは同種の生き物で、パップショウと番になる[119]。2体を主人公とする絵本も出版されている。
カエル
カエルはウードリングの象徴性の中心的な位置を占めるモチーフである[42]。ファンタグラフィックス版『ジム』第1号の表紙にはカートゥーン風の巨大なカエルが描かれており、「フランク」世界にも謎めいたカエルが数多く登場する[7]。ウードリングはジュニア・カレッジを退学するきっかけとなったカエルの幻覚を「守護霊的な何か」と感じ、その姿を何度も絵に描いてきた[10]。ウードリングはカエルが変態によって「二つの世界を生きる」点や、修行僧のように身じろぎしないと思えば突然跳躍する奇妙な人間らしさを興味深い理由として語っている[14][75]。
私の作品には、私自身にとっては何らかの意味があるけれども、他の人には何も意味をなさないような要素がたくさん入っている。もちろん伝わればそれに越したことはないんだが。放射相称の形状とか左右相称の形状を描くときは別の意味がある。それぞれ異なる固有の性質がある。だから、フランクが割った壺から左右相称のものが出て来たらそれには意味がある。[…] 悪臭が漂ってくるのと、ネズミが出てくるのが違うみたいなものだ。そういう象徴言語を作り上げたんだ。
Jim Woodring, 2002[120]
ジーヴァ(英語版) (Jiva)
特徴的なモチーフの一つ[42]。「ジーヴァ」はヒンドゥー教において存在の形而上的な具現化を意味する。ウードリング作品の中では浮遊する霊魂のように描かれる。柔軟性のあるコマのような紡錘形の体を持ち、放射相称状に突起が伸びている[42]。左右相称の浮遊体はジーヴァと区別して「ビラット (bilat)」と名付けられている[19]。それらはユニファクターの生態系の一種のようでもあり、普通の生物の中に納められている存在のようでもある[22]。ウードリングは「条件づけられた魂」と呼び、人間から身体的属性をはぎ取って残った知性の核のようなものと説明している[53]。

その他の活動

1996年にMicrosoftがリリースし、Internet Explorer 3.0やWindows 98に収録されたIRCクライアントMicrosoft Comic Chat(英語版)のアートワークを手掛けた。チャットの会話からリアルタイムでコミックの画面を生成するアプリケーションで[121]、ウードリングはシステム開発のための試作漫画も提供した[122]。

音楽の分野では、ビル・フリゼールにアルバムジャケット画を提供し[61]、CDが付属する絵本『TROSPER』を共作している[74]。ロックバンドのザ・グリフターズ(英語版)が1996年に出したアルバム Ain't My Lookout でもジャケットを描いた。また、シンガーソングライターのミーカが2009年に出したEP Songs for Sorrow 付属ブックレットの表紙や歌詞ページにイラストレーションを提供した[61]。日本では2000年にホフディランのシングル「長い秘密」にジャケット画を描き[123]、シュノーケルにもアルバム『SNOWKEL SNORKEL』(2006) のほか前後に出した数枚のシングルにイラストレーションを提供している[124]。

2013年にはヨ・ラ・テンゴとのコラボレーションによるマルチメディア作品『ザ・ツリー』を制作した。ソフトビニール人形や短編アニメーションを含むボックスセットで、ウードリングはバンドメンバーをモデルとするキャラクターのデザインやコミックを手掛けた[125][126]。

作風

「見えない世界」の希求

ウードリングは自作を貫くテーマが「人生の奇妙さ」であり、「目に見えるものは経験しうるもののごく一部に過ぎず、見えるというのも幻想であり、もっと大きなものが存在する」感覚があると述べている[35]。CBRのレビュアーは「ただ生きていることの恐怖と驚異を、ウードリングのようにシュールで謎めいたやり方で掘り下げられる作家はいない」とし、「真のヴィジョナリー」と呼んだ[17]。

幼少期のウードリングは頻繁に幻覚を見ていた[127]。そうした幻覚は、特に初期の絵画習作や『ジム』掲載作品で直接的なモチーフになっている[7]。「ザ・デイリー・クロス・ハッチ」は、サイケデリックな作風の先行作家にはない内的な必然性と別世界的な感覚がウードリング作品から感じられるのはこの資質によるものだとしている[49]。ウードリング本人は幻視が単なる「神経の誤作動」に過ぎないと述べ[7]、その核にあった生来の「形而上的な渇望、多くの人が持つあの「無限への郷愁」」が重要だと説明している[128]。

知覚の混乱は加齢とともに収まっていったが、強烈で予測できない幻視体験と比べて、一般に現実とされているものはウードリングにとって退屈で苦痛に感じられた[7]。青年期以降のウードリングは、子どものころの世界が「当たり前のものではない」「奇妙で恐ろしく異質」と感じられたことを意図的に記憶にとどめようとしてきた[8]。「私の後ろで閉じようとするトンネルをこじ開け続けてきた。そうすることであの原初の感覚、子どもの頃に世界がどう見えていたかを忘れずにいられる。それを保ち続けることが私にとって天職となった」[7]そのような一種の「自傷行為」が芸術家意識の発露であり、社会適応の妨げになったとも認めている一方で[7]、自分の心を強靭にするセラピーとしても機能したと語っている[67]。

通常の知覚を超えた世界への関心は霊的な探求へと広がった。また、父親が飲酒によって悲惨な晩年を送ったことと、その一因が自分だったのではないかという思いも、超越的な境地を求める動機になった[1]。ウードリングは10代から30代半ばまで様々な宗教哲学や修行を経験し、最終的に現代ヴェーダーンタを実践するようになった[85]。世俗的な現実の裏を追求するテーマはインド哲学でいうマーヤーからの解放として説明され、作者の代理としてその探索を行うキャラクターがフランクだとされている[7]。

ウードリングはまたLSD、シロシビン、サルビア・ディビノラムのような幻覚剤を使用し、現実認識が崩壊する体験を絵画に表している[7][128]。作品中の夢の情景や、カラー画で用いられるサイケデリックな飽和した色彩は、幻覚剤による幻視と結び付けて論じられることがある[128]。ただしウードリングは、これらの薬物体験がもたらす洞察は現実とは何かを探求する手段の一つに過ぎないと述べており[7][128]、芸術についても「薬物と同じく、あなたに場所を示すが、そこに連れて行ってくれるわけではない」と説明している[10]。

制作方法

初期のコミック作品の多くでは、アンドレ・ブルトンによる自動筆記のように[42]、夢日記の内容を極力そのまま再現したものがあった[113]。1990年代半ば以降は実際に見た夢が直接作品化されることはなくなった[118]。ウードリングは自分自身を描くことに関心を失ったと語っている[120]。

それに代わる「フランク」シリーズは、夢や個人的な観念とは全く別の源泉から作品を生み出していると説明されている[128]。制作には事前の構想を立てず、自然の中などリラックスできる場所でアイディアが自然に湧いてくるのを待ち[118]、言葉でフランクの行動を書き出していく。そして事後に見返してイメージの強さが感じられる部分だけを残し、それ以外を捨てる[11]。ウードリングはこの制作過程について、内発的ではなく外から送られてくるアイディアを口述しているかのように語る[2]。物語の意味が明らかになると興味を保てないため、自分自身でも完全に理解せずに描くという[7]。そのためストーリーに自伝的な要素が現れたとしても意図したものではない[11]。ウードリングによると、創作の主体とされるのが、作者自身の意識から独立した実体のように感じられる作品世界「ユニファクター」である[94][2]。その声にただ従うと作者自身も引き込まれるような謎めいた作品が作れるが、意識的に物語の構成に介入すると創作に支障をきたすという[94]。

「フランク」シリーズは言葉を使わないサイレント・コミックである。これは文化的な文脈から切り離された世界を描写するためで[120]、作中人物が現代英語を話すことで特定の時代や場所に縛られないようにしている[46]。言葉によって読者の解釈を一つに誘導せず、謎を謎のままに残しておくことも意図の一つである[46]。言葉を使わないぶん「何が起きているか」は絵で明確に描かれており[46]、時間の経過も複数のコマを使って丁寧に表現される[85]。会話のシーンでは内容が想像できるように豊かな身振りが描写されている[85]。物語の構成は明瞭で[2]、凝ったコマ割りは用いられない[35]。批評家のヒラリー・ブラウンは、サイケデリックな作風のコミックとしては例外的にストーリーラインが明確だと評している[2]。

作画

ウードリングは絵を正確に描く技術を重視しており、アーティストとして形態の知識や理解に高い基準を設けている。自身の画風は意識的に作り上げ、磨いてきたものだとしている[24]。即興的に描くことはなく、下絵の前に構図を徹底的に検討する[128]。絵を見る際にも構図を特に重視しており、漫画家T・S・サリヴァントが人物の顔を見せず、構図とポーズだけで性格を表現する描き方を高く評価している[24]。

コミックのペン絵は「木版画風」と評され[2][16]、明瞭な輪郭線と、太さにバリエーションが付けられた波線のハッチングによる陰影が特徴とされる[22]。波線は独自性のある陰影の基本要素として意図的に身に着けたスタイルである[85][113]。

古来から伝統的に使われてきた描画用具であり、なおかつマスターするのが難しいという理由でつけペンに愛着があると語っており[67][118]、ペン画を「ドローイングの極致」と呼んでいる。それに比べて木炭画は心理的効果を出すのが容易すぎ[24]、筆は柔軟性があるため正確な操作が必要ないとした[42]。ペン自体がフェティッシュの対象でもあると語っており[19]、芸術支援団体からの援助を受けて長さ約1.5メートルのつけペンを製作し、その扱いを一から習得したこともある[109]。

絵画作品では、見た者に不安や違和感を喚起する芸術を目指していると述べ、ムンク、ダリ、デ・キリコ、ベーコンらをその系譜として挙げている[11]。

影響

漫画

もっとも影響された漫画家としてトーマス・スターリング・サリヴァントを挙げ、「ペンとインクの魔術師」と称賛した[129]。ほかにはジョージ・ヘリマンや『MAD』誌からも影響を受けた[53]。幼いころ観たアニメーション映画『ビン坊の結社加盟(英語版)』(1931) を人生哲学の基礎となった一つとし[113]、自身の創作の芯にある「爆弾」と呼んでいる[127]。同作のように一見奇妙だが大きな意味と深みを持つ作品に惹かれると語っている[19]。

アンダーグラウンド・コミック作家ではロバート・クラムを「世界でもっとも偉大な存命の漫画家」とし、漫画を描き始めるのに影響があったとした[24]。クラムのうねる描線には特に魅力を感じ、模倣を避けてスムーズな線を引くよう心がけていたが、後年には自身の描線も自然にうねるようになったと述べている[2][5]。漫画家としてのキャリア初期、『ジム』誌ではジャスティン・グリーン(英語版)[注 16]から影響を受けた作品を描いていた[128]。グリーンについては、もてあますほどの生への愛、探求と渇望のような性質が重要だったという[19]。

美術

ボリス・アルツィバシェフによる The Undertaker's Garland (1922) 挿画。

幼少期に読んだ児童向け科学書の挿絵を描いたハリー・マクノート(英語版)からは「イラストレーションの根本、色彩理論、配置、シュルレアリスム、見えないものを目で見えるように描くこと、抽象表現に個性を出すこと」を学んだとしている[53]。ボリス・アルツィバシェフ(英語版)からは象徴主義へのアプローチを学んだ[20]。17世紀オランダ絵画からは、純粋な技巧で精神を伝えようとする試みとして影響を受けた [113]。高校生の時にシュルレアリズム展を見て「性的エネルギーに満ち溢れている」と感じ、長きにわたる影響を受けた。中でもサルバドール・ダリは若いころのロールモデルだった[19]。

文学

人格形成期に読んだ多数の文学の中でもヘンリー・ミラーからは影響があった[5][131]。ケネス・パッチェン(英語版)からは、シンプルな言葉に意味を込めるという点で影響を受けたと語っている[19]。読者としては、自身の「現実の裏にあるものを見ようとする」志向に通じるアルチュール・ランボー、シャルル・ボードレール、ロートレアモンのような作家は感性が近すぎて読みづらく、逆にマリリン・ロビンソン、パトリック・オブライアン、『アンナ・カレーニナ』など日常を描く小説が異質で興味深いと述べている[7]。青年期にワシントン州に移り住み[132]、60歳を過ぎてシアトルから近郊のヴァション島(英語版)に転居したのは、愛読するユーモア小説家ベティ・マクドナルド(英語版)に触発されたものである[92]。

受容

批評的評価

オルタナティブ・コミック、インディー・コミックの分野では非常に高い評価を受けており[89]、広い読者層は持たないが[114]、同業の漫画家からの支持が高い[116]。批評家ジョー・マカロックは、ウードリングが『ジム』によってオルタナティブな自伝的コミックを無意識や夢の領域に広げたと評価している[133]。A.V. Clubの評者はウードリングが1990年代にオルタナティブ界の最先端となったと評した[21]。別の評者は、アンダーグラウンド・コミック運動退潮から2014年に至るまで、もっとも重要な非主流コミック作家の一人であり続けていると書いた[134]。ライターのトム・スパージョン(英語版)は1999年に「北米で最も尊敬されている漫画家の一人」とした[131]。コミック理論家のスコット・マクラウド(英語版)はウードリングが同時代の中で後世に残るわずかな作家のひとりだと述べた[135]。

コミックライターのスティーヴン・ワイアセックは、描写困難な独自の世界を持つコミック作家の筆頭にウードリングを位置付けた[114]。リンド・ウォード・グラフィックノベル賞 (2014) の選評では、言葉でとらえられない世界の独自性が評価された[136]。コミック関連のウェブメディアCBRも、サイレント作品の「フランク」を「近年でもっとも革新的で魅力的な作品の一つ」としている[6]。

ウードリング作品については、魅力と不穏さが両立していることがしばしば指摘される。コミック原作者アラン・ムーアは「恐ろしいほど異質でありながら、心の底からなじみ深い」と評している[3]。『ザ・ストレンジャー』紙の編集者は「共感できる人間ドラマと、シュルレアリストの幻覚」の両立とした[137]。フライ美術館はその作品を「理解可能であると同時にまったく奇異」であり「分類を拒む」と評している[110]。日本の漫画家島田虎之介は「可愛いけど薄気味悪い、ポップでいてデモーニッシュ」とした[138]。ただし読者によってはその不穏さが拒否感につながることがあり[46]、好悪がはっきり分かれるカルト作家とも評される[3]。

表現手法と内容のギャップが効果を生み出しているという評価も見られる。チャールズ・ハットフィールドは伝統的な「ファニー・アニマル」の可愛さと不穏さの両立による「つかみどころがなく、挑発的で、深いところに謎を残す、形式と主題の美しい結合と呼べる作品」と評した[139]。コミック批評家のダグラス・ウォーク(英語版)は、明快な動きをつなげて不条理を作り出す古典的アニメーションの文法によって言葉にしにくい内容が伝わると書いた[140]。『シアトル・ウィークリー』の評者は、可愛いキャラクターで不気味さを描くという一種の定型が独自の表現に高められているとした[141]。

日本での受容

漫画家島田虎之介はウードリングの絵を「「こうとしか描けない!」という衝動とそれを正確に表現できる技術」と称賛した[138]。同じく本秀康は技法を高く評価し、インスピレーションを求めてウードリング作品を開くことがあると述べている[12]。逆柱いみりは、奇妙な機械・物体の描写や、世界が異質なものへ変容する表現に、サイケデリックで幻覚的な感覚を見ている[142]。Presspop社の山田祐史は独自の空間・時間感覚が「”こちらの世界”が持つ約束ごとの呪縛」からの解放になるとしている[142]。

受賞

年 授賞者 対象 部門 結果
1993 ハーベイ賞 本人 最優秀カラーリスト[143] 受賞
Tantalizing Stories Presents Frank in the River 最優秀単一号/単一話[143] 受賞
アイズナー賞[144] Frank in the River 最優秀短編[145] ノミネート
1996 Jim, Jim Special 最優秀表紙画家[146] ノミネート
最優秀原作/作画(ユーモア作品)[146] ノミネート
1998 イグナッツ賞 Frank Vol. 2 傑出したグラフィックノベル/作品集[147] ノミネート
2003 イグナッツ賞 The Frank Book 傑出したグラフィックノベル/作品集[148] ノミネート
アーティスト・トラスト 本人 グラント・フォー・アーティスト・プロジェクツ[65] 受賞
2006 ユナイテッド・ステーツ・アーティスツ 本人およびビル・フリゼール フェローシップ[65][72] 受賞
2008 アーティスト・トラスト 本人 受賞
インクポット賞 本人 [149] 受賞
2010 ラスマソン財団及びアーティスト・トラスト 本人 アラスカ州ホーマーへの1か月滞在[75] 受賞
ザ・ストレンジャー 本人 文学部門ジーニアス賞[92] 受賞
2014 ペンシルベニアセンター・フォー・ザ・ブック 本人 リンド・ウォード・グラフィックノベル賞[150] 受賞

著書の一覧

単著

刊年 書題 出版社 ISBN 備考
1993 The Book of Jim ファンタグラフィックス 1-141-29836-8 前文マーク・マーティン、初期の「ジム」作品集
1994 Frank Vol. 1 978-1-560-97153-5 初期の「フランク」作品集
1997 Frank Vol. 2 978-1-56097-279-2 初期の「フランク」作品集
2001 『FRANK Pupshow Edition』 プレスポップ 978-4990081218 日本オリジナルの選集
2002 『FRANK Manhog Edition』 978-4990081270 日本オリジナルの選集
2002 Trosper ファンタグラフィックス 1-56097-426-5 絵本、ビル・フリゼールによる音楽CD付属
2003 The Frank Book 1-56097-534-2 前文フランシス・フォード・コッポラ、全集的な「フランク」短編集
Oneiric Diary ダークホースコミックス 1-59307-002-0 白紙ページを含む雑記帳
2004 『PUPSHAW & PUSHPAW』 プレスポップ 4-9900812-9-3 日本オリジナルの絵本
2005 Seeing Things ファンタグラフィックス 1-56097-648-9 木炭画を中心とする画集
『リュートの弦』 プレスポップ 978-4-90309-003-0 日本オリジナルのコミック作品
2006 『THE FRANK COLOR STORIES』 978-4-90309-006-1 日本版、「フランク」カラー作品の選集
2008 『THE MUSEUM OF LOVE AND MYSTERY』 978-4-903090-14-6 日本版、描き下ろしイラスト集
The Portable Frank ファンタグラフィックス 978-1-56097-978-4 前文ジャスティン・グリーン、入門的な短編集
2010 Weathercraft 978-1-60699-340-8 描き下ろし「フランク」シリーズ長編
2011 Congress of the Animals 978-1-60699-437-5 描き下ろし「フランク」シリーズ長編
『BLACK & WHITE FRANK』 プレスポップ 978-4-90309-028-3 日本版の白黒作品集、『リュートの弦』、Weathercraft、Congress of the Animals、ほか短編収録
2012 Problematic: Sketchbook Drawings 2004–2012 ファンタグラフィックス 978-1-60699-594-5 スケッチ集
2013 Fran 978-1-60699-661-4 描き下ろし「フランク」シリーズ長編
2014 Jim 978-1-60699-752-9 『ジム』などの「自動書記」作品の集成
2018 Poochytown 978-1-68396-119-2 描き下ろし「フランク」シリーズ長編
2020 And Now Sir, Is This Your Missing Gonad? 978-1-68396-326-4 「フランク」世界を題材にした一コマ漫画集
2022 One Beautiful Spring Day 978-1-68396-555-8 Congress of the Animals, Fran, Poochytown を再構成・増補した長編
2026 Quacky 979-8-87500-233-5 描き下ろし「フランク」シリーズ長編

原作

刊年 書題 共作者 出版社 ISBN
1997 Aliens: Labyrinth キリアン・プランケット画 ダークホースコミックス 1-56971-245-X
1998 Star Wars: Jabba the Hutt: Art of the Deal アート・ウェザレル、モンティ・シェルダン画 978-1569713105
1999 Aliens: Kidnapped ジェイソン・グリーン、フランシスコ・ソラノ・ロペス画 978-1569713723

脚注

注釈

  1. ↑ ルビー・スピアーズは、ハンナ・バーベラ・プロダクションで1969年に『スクービー・ドゥー』を生み出したジョー・ルビー(英語版)とケン・スピアーズ(英語版)が独立して1977年に設立したテレビアニメ制作会社[25]。
  2. ↑ 1983年から3シーズン30話が放映された。俳優・タレントのMr. Tが本人役で主演するテレビアニメ作品。Mr. Tは児童体操チームのコーチとなり、世界各地をツアーしながら選手を指導する[27]。
  3. ↑ 1983年放映、全12話。米国で2年ほど前にブームになった玩具ルービックキューブのアニメ化で、顔と脚のある生きたルービックキューブが3人の子供と友達になる[27]。
  4. ↑ 1984年放映、全13話。政府の秘密研究が関わる事故によって愛車と一体化し、スポーツカーに変身する能力を得た少年が犯罪と戦う[28]。
  5. ↑ ギル・ケイン (1926-2000) はスーパーヒーロー作品で知られるコミック作画家。1940年代から活動をはじめ、戦後にはシルバー・エイジのDCコミックスでグリーンランタンなどの復活に関わり、1970年代にはマーベル・コミックスでスパイダーマンなどを長く手掛けた[29]。
  6. ↑ ゲイリー・グロス (1954-) はコミック編集者、出版者、批評家。ファンタグラフィックスの共同創立者の一人であり、批評誌『ザ・コミックス・ジャーナル(英語版)』を立ち上げた[32]。
  7. ↑ 『ウィアード』(1981-1993) はロバート・クラムが創刊した白黒のコミック誌で、28号が刊行された。末期のアンダーグラウンド・コミックとその後のオルタナティブ・コミックの橋渡しを行い、ダニエル・クロウズ、ジョー・サッコ、ヒルベルト・ヘルナンデスなど後の重要作家の初期作品を掲載していた[38]。
  8. ↑ 『ザ・ケニオン・レビュー』(1937-) は米国ケニオン大学で創刊された文芸誌。1939年から21年間にわたって編集者を務めた詩人・批評家ジョン・クロウ・ランサムの高名により、英語圏でもっとも影響力のある文芸誌の一つとなった[39]。
  9. ↑ マーク・ランドマン (1953-) は米国の漫画家・編集者。オルタナティブ・コミック誌『BLAB!』、『ウィアード』、『ヘビーメタル』などに寄稿した[45]。
  10. ↑ マーク・マーティン (1956-) は1980年代からオルタナティブ・コミックシーンで活動した漫画家[50]。
  11. ↑ ツンドラ・パブリッシングは『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』の作者の一人ケビン・イーストマン(英語版)が1990年に設立した独立系コミック出版社[51]。1990年代前半にキッチン・シンク・プレス(英語版)に吸収された[52]。
  12. ↑ 『ヘビーメタル』はフランスの『メタル・ユルラン』の英語版として1977年に創刊された米国のコミック誌。SF・ファンタジーを中心に、メビウスなどの作家を米国に紹介した。後にはメインストリーム系、ホラー系、アンダーグラウンド系のような多様な米国作家の作品も掲載された[56]。
  13. ↑ デニス・P・アイクホーン (1945–2015) は自伝的コミック作家・編集者。1990年に個人誌『リアル・スタッフ』を発刊した。同誌は全20号が刊行され、アイクホーンの脚本をピーター・バッジ(英語版)、ジュリー・ドゥセ(英語版)ら重要な作画家がコミック化した[59]。
  14. ↑ アニメーターの布山タルトは同作で文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した[86]。
  15. ↑ 日本語版『ジム・ウッドリングのイルミネーション』(Prime Video)
  16. ↑ ジャスティン・グリーン (1945-2022) はアンダーグラウンド・コミック運動の中で影響力が大きかった漫画家。代表作『ビンキー・ブラウン・ミーツ・ザ・ホーリー・ヴァージン・メアリー』(1972) は告白調の自伝コミックという形式の原型となったとされる[130]。

出典

  1. 1 2 3 Woodring & Groth 2011, p. 5.
  2. 1 2 3 4 5 6 7 Woodring, Jim; Brown, Hillary (2018年9月13日). “Cartoonist Jim Woodring Talks Poochytown, Hallucinations & Los Angeles in the ‘60s”. Paste. 2026年9月6日閲覧.
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Woodring & Groth 2011, p. 1.
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Woodring & Groth 2011, p. 2.
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 Woodring & Groth 2011, p. 4.
  6. 1 2 3 4 Woodring, Jim; Dueben, Alex (2014年12月1日). “Woodring Returns to the World of "JIM"”. CBR. 2026年9月6日閲覧.
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 Woodring, Jim; Simonini, Ross (2012年2月1日). “An Interview with Jim Woodring”. The Believer. 2026年8月26日閲覧.
  8. 1 2 Woodring & Rudick 2011, p. 2.
  9. 1 2 3 Ng, Alan (2019年7月11日). “The Illumination of Jim Woodring”. Film Threat. 2026年9月6日閲覧.
  10. 1 2 3 4 5 6 7 8 Woodring & Rudick 2011, p. 3.
  11. 1 2 3 4 5 6 Woodring, Jim; Dueben, Alex (2014年1月21日). “Jim Woodring Gets Frank About "Fran"”. CBR. 2026年9月6日閲覧.
  12. 1 2 3 アックス 2001, p. 3.
  13. ↑ アックス 2001, p. 4.
  14. 1 2 3 Woodring, Jim; Chamberlain, Henry. “Interview: Jim Woodring”. Comics Grinder. Henry Chamberlain. 2026年9月6日閲覧.
  15. 1 2 Woodring, Jim; Heater, Brian (2007年3月27日). “Interview: Jim Woodring Pt. 2 (of 2)”. The Daily Cross Hatch. 2007年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月12日閲覧.
  16. 1 2 3 4 5 Woodring, Jim; Thielman, Sam (2016年1月15日). “Jim Woodring: 'I am extremely interested in wrapping up Frank'”. The Guardian. 2026年8月26日閲覧.
  17. 1 2 Woodring, Jim; Mautner, Chris (2013年1月1日). “Jim Woodring talks sketching, Problematic and Fran”. CBR. 2026年9月6日閲覧.
  18. ↑ Woodring 2014, No. 8/202.
  19. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 Woodring & Rudick 2011, p. 4.
  20. 1 2 Woodring, Jim; BDTheque (2020年9月25日). “Interview de Jim Woodring (VO)”. BDTheque. 2026年9月6日閲覧.
  21. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Woodring, Jim; Heller, Jason (2010年7月8日). “Interview: Jim Woodring”. The A.V. Club. 2026年9月6日閲覧.
  22. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Thielman, Sam (2022年8月9日). “The Cute and Horrifying World of Jim Woodring”. The New Yorker. 2026年9月6日閲覧.
  23. ↑ “Learn About CARtoons Magazine”. Cartoons Magazine. 2026年8月26日閲覧.
  24. 1 2 3 4 5 6 Woodring & Groth 2011, p. 3.
  25. ↑ Hayward, Anthony (2020年9月1日). “Joe Ruby obituary”. The Guardian. 2026年10月4日閲覧.
  26. ↑ Woodring & Groth 2011, pp. 4, 6.
  27. 1 2 Boon, Alan. “THE TELEPHEMERA YEARS: 1983, part 4”. Starburst. 2026年10月2日閲覧.
  28. ↑ Boon, Alan. “THE TELEPHEMERA YEARS: 1984 – PART 4”. Starburst. 2026年10月2日閲覧.
  29. ↑ “Gil Kane”. Lambiek Comiclopedia. 2026年5月16日. 2026年10月4日閲覧.
  30. ↑ Woodring & Groth 2011, p. 6.
  31. 1 2 Woodring 2014, No. 9/202.
  32. ↑ “Gary Groth (b. 1954)”. Grand Comic Database. 2026年10月4日閲覧.
  33. 1 2 Constant, Paul (2014年8月27日). “A Stranger Genius of Literature, Back When He Used Words”. The Stranger. 2026年10月4日閲覧.
  34. ↑ Baehr, Mike (2007年11月23日). “Artist Bio – Jim Woodring”. Fantagraphics Blog. Fantagraphics. 2026年8月26日閲覧.
  35. 1 2 3 4 5 Woodring, Jim; Heater, Brian (2007年3月14日). “Interview: Jim Woodring Pt. 1 (of 2)”. The Daily Cross Hatch. 2007年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月12日閲覧.
  36. ↑ Wilde, Thomas (2024年3月17日). “The secret history of underground comics in Seattle, told by artists who were there”. GeekWire. 2026年9月6日閲覧.
  37. ↑ “for creator Jim Woodring (b. 1952)”. Grand Comic Database. 2026年9月6日閲覧.
  38. ↑ Creekmur 2010, p. 681.
  39. ↑ “About The Kenyon Review”. Kenyon Review. 2026年10月4日閲覧.
  40. 1 2 The Comics Journal 1999, p. 50.
  41. 1 2 3 Spurgeon, tom (2013年7月17日). “Fantagraphics Announces Re-Packaging Of Woodring Classic”. The Comics Reporter. Tom Spurgeon. 2026年10月4日閲覧.
  42. 1 2 3 4 5 6 7 8 McCoy, John; Molotiu, Andrei (eds.). “"Raw," "Weirdo," and beyond : American alternative comics, 1980–2000”. University Repository at Boston College. Boston College, McMullen Museum of Art. pp. 145–149. 2026年9月12日閲覧.
  43. ↑ ウードリング 2011, p. 260.
  44. ↑ “Jim (Fantagraphics, 1987 series) #4”. Grand Comic Database. 2026年9月6日閲覧.
  45. ↑ “Mark Landman”. Lambiek Comiclopedia. 2026年9月9日. 2026年10月4日閲覧.
  46. 1 2 3 4 5 6 7 Woodring & Rudick 2011, p. 1.
  47. 1 2 Hancock 2010, p. 224.
  48. 1 2 The Comics Journal 1999, p. 58.
  49. 1 2 Heater, Brian (2008年9月16日). “The Portable Frank by Jim Woodring”. The Daily Crosshatch. 2017年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年9月6日閲覧。
  50. ↑ “Mark Martin”. Lambiek Comiclopedia. 2022年6月21日. 2026年10月4日閲覧.
  51. ↑ “Eastman Begins New Company”. The Comics Journal (137): 20. (1990).
  52. ↑ Couch 2010, p. 355.
  53. 1 2 3 4 5 6 7 Woodring, Jim; Chris; Teehan, John D. (1993年3月25日). “Jim Woodring: From Tantalus to Revelations?”. TheNicePaper. 2012年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月12日閲覧.
  54. ↑ “Previous Winners”. The Harvey Award. New York Comic Con. 2026年9月12日閲覧.
  55. 1 2 3 4 5 6 7 8 Lesk, Andrew (2022). “RESEARCH STARTER: The Frank Book”. EBSCO. 2026年9月21日閲覧.
  56. ↑ O'Nale 2010, pp. 275–276.
  57. ↑ Fulton, Katherine (1994年10月30日). “How Stewart Brand Learns : He Created the Whole Earth Catalog and Popularized the Personal Computer. For 25 Years, This Writer-Gadfly-Futurist Has Reinvented Himself--and Shaped How We Live”. Los Angeles Times. 2026年9月21日閲覧.
  58. ↑ “Frank (1996 series)”. Grand Comic Database. 2026年9月21日閲覧.
  59. 1 2 Van Deusen, Tom (2015年10月13日). “Dennis P. Eichhorn, 1945-2015”. The Comics Journal. 2026年10月4日閲覧.
  60. ↑ “Real Stuff”. Publishers Weekly. 2004年3月22日. 2026年10月4日閲覧.
  61. 1 2 3 Knudde, Kjell (2026年6月30日). “Jim Woodring”. Lambiek Comiclopedia. Lambiek. 2026年9月12日閲覧.
  62. ↑ Worcestor 2010, p. 458.
  63. ↑ “creators working on Freaks (1992 series)”. Grand Comic Database. 2026年9月6日閲覧.
  64. ↑ Thompson, Kim (2011年8月14日). “Francisco Solano López, 1928 – 2011”. The Comics Journal. 2026年9月12日閲覧.
  65. 1 2 3 4 “Jim Woodring”. Artist Trust. 2026年9月21日閲覧.
  66. ↑ Olson, Ray. “Seeing Things - Woodring, Jim 9781560976486”. AbeBooks. 2026年9月12日閲覧.
  67. 1 2 3 Woodring, Jim; Musorrafiti, Dominique (2026年9月11日). “Jim Woodring Talks Ink, Instinct, and the Logic of the Unifactor”. Retro Futurista. 2026年9月12日閲覧.
  68. ↑ Briers, David (2005). “Public Art Online Collaboration Case studies - Central Library, Seattle”. The Public Art Online. 2026年9月12日閲覧.
  69. ↑ Beaty, Bart (2007年1月29日). “Bart Beaty in Angouleme 2007”. The Comics Reporter. Tom Spurgeon. 2026年10月1日閲覧.
  70. ↑ Sheridan, Molly (2002年6月4日). “Seventeen Eclectic Commissions Courtesy of Meet The Composer”. New Music USA. 2026年9月12日閲覧.
  71. ↑ “History, Mystery by Bill Frisell”. Nonesuch Records. 2026年9月12日閲覧.
  72. 1 2 “Bill Frisell and Jim Woodring”. United States Artists. 2024年7月8日. 2026年9月12日閲覧.
  73. ↑ “Jim Woodring & Bill Frisell at the San Francisco Jazz Center!”. Fantagraphics Blog. 2013年9月4日. 2026年9月12日閲覧.
  74. 1 2 アックス 2001, p. 8.
  75. 1 2 3 4 5 Woodring, Jim; Manning, Shaun (2010年4月9日). “Woodring Practices "Weathercraft"”. CBR. 2026年9月6日閲覧.
  76. ↑ Beaty 2012, pp. 148–150.
  77. ↑ “プレスポップ社長峰岸康隆氏、取締役山田ユウジ氏――海外コミック発掘(風をよむ)”. 日経MJ. 2004年9月25日.
  78. ↑ Ishikawa, Shinichi (2002年2月28日). “アート・カプセル・トイ・プロジェクト”. Shift. 2026年10月6日閲覧.
  79. ↑ “コラボレートで大人マーケットを開拓する 渋谷フィギュア&トイマーケット事情”. シブヤ経済新聞. 2002年10月4日. 2026年10月6日閲覧.
  80. ↑ “ジム・ウードリング『リュートの弦』”. プレスポップ. 2026年9月6日閲覧.
  81. ↑ “Search Results”. The Archives and Special Collections Catalogue. University of the Arts London. 2026年9月6日閲覧.
  82. ↑ “JIM WOODRING YOU DRIVE! NEW DRAWINGS AND PAINTINGS” (PDF). Scott Eder Gallery. 2013年9月4日. 2026年9月21日閲覧.
  83. ↑ “ジム・ウードリング『VISIONS OF FRANK』DVD”. 有限会社プレスポップ. 2025年3月27日閲覧.
  84. 1 2 Woodring, Jim (2010年10月1日). “The Words and Worlds of Jim Woodring”. Illustration Friday. 2010年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月12日閲覧.
  85. 1 2 3 4 5 6 7 8 Woodring, Jim; Kelly, John (2022年10月3日). “A Terrible Beauty is Born: Jim Woodring's One Beautiful Spring Day”. The Comics Journal. 2026年9月6日閲覧.
  86. ↑ “FRANK”. 文化庁メディア芸術祭. 2026年9月6日閲覧.
  87. 1 2 McCulloch, Joe (2013年10月30日). “Fran”. The Comics Journal. 2026年10月6日閲覧.
  88. 1 2 Wolk, Douglas (2010年6月6日). “Sex, Lies and Narrow Escapes”. The New York Times. 2014年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年10月4日閲覧.
  89. 1 2 3 4 Michelitch, Jason (2010年6月2日). “Weathercraft by Jim Woodring: A Long Overdue Trip [Review]”. Comics Alliance. 2026年10月6日閲覧.
  90. ↑ “Best Books of 2010”. Publishers Weekly. 2010年11月8日. 2026年9月6日閲覧.
  91. ↑ Wolk, Douglas (2010年12月20日). “The Best Graphic Novels of 2010”. Time. 2011年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月6日閲覧.
  92. 1 2 3 “Internationally acclaimed cartoonist draws from island home”. Vashon-Maury Island Beachcomber. 2016年9月14日. 2026年9月6日閲覧.
  93. 1 2 Woodring, Jim; Manning, Shaun (2011年5月2日). “Woodring Chronicles "Congress of the Animals"”. CBR. 2026年9月6日閲覧.
  94. 1 2 3 4 5 6 Woodring, Jim; McCulloch, Joe (2018年9月17日). ““Lit By an Invisible Source”: Briefly, with Jim Woodring”. The Comics Journal. 2026年9月6日閲覧.
  95. ↑ Rogers, Sean (2011年6月13日). “Congress of the Animals”. The Comics Journal. 2026年10月6日閲覧.
  96. 1 2 Woodring, Jim; Okumura, Kentaro (2021年4月29日). “The ideas came and I was their servant: Jim Woodring”. SUB-ROSA. 2026年9月21日閲覧.
  97. ↑ Hatfield, Charles (2022年12月31日). “The Best Comics of 2022”. The Comics Journal. 2026年10月10日閲覧.
  98. 1 2 Brook, David (2026年8月11日). “Jim Woodring says ‘Quacky’ let him break new ground with Frank”. AIPT. 2026年9月6日閲覧.
  99. ↑ Brannock, Jennifer. “Special Collections: Mr. District Attorney on the Job (1941)”. The University of Southern Mississippi. 2026年9月6日閲覧.
  100. ↑ Toohey, Ellsworth (2026年4月10日). “Jim Woodring's Frank finally speaks in a 3.5-inch Big Little Book”. Boing Boing. 2026年10月6日閲覧.
  101. ↑ Batten, Thomas (2026年4月1日). “Quacky”. Library Journal. 2026年9月21日閲覧.
  102. ↑ “Seattle’s True Independent Film Festival”. Seattle Weekly. 2010年5月28日. 2026年9月6日閲覧.
  103. ↑ Stone, Sam (2020年4月16日). “Watch the Full 'Illumination of Jim Woodring' Documentary Now”. CBR. 2026年10月6日閲覧.
  104. ↑ Bookasta, Randy (2020年4月17日). “Watch “The Illumination of Jim Woodring,” a New Documentary on the Fascinating Artist”. Flood Magazine. 2026年10月6日閲覧.
  105. ↑ “Top Arts & Culture Things to Do”. Visit Seattle. 2026年9月8日閲覧。
  106. ↑ “About”. Frye Art Museum. 2026年9月8日閲覧。
  107. ↑ “Past Exhibitions: Genius / 21 Century / Seattle”. Frye Art Museum. 2026年9月6日閲覧.
  108. ↑ Reid, Larry (2015年12月29日). “A New Dimension with Jim Woodring at Fantagraphics Bookstore”. Fantagraphics Blog. 2026年9月6日閲覧.
  109. 1 2 Woodring, Jim; Sommerfeld, Seth (2017年1月19日). “A Fiendish Conversation with Jim Woodring”. Seattle Met. 2026年9月6日閲覧.
  110. 1 2 “Past Exhibitions: Jim Woodring: The Pig Went Down to the Harbor at Sunrise and Wept”. Frye Art Museum. 2026年10月6日閲覧.
  111. ↑ “Comic”. 3.bp.blogspot.com. 2020年3月1日閲覧。
  112. 1 2 Hatfield 1999a.
  113. 1 2 3 4 5 Woodring & Groth 2011, p. 7.
  114. 1 2 3 Wiacek, Stephen (2014年10月2日). “Jim – Jim Woodring’s Notorious Autojournal”. Now Read This!. Stephen Wiacek. 2026年10月6日閲覧.
  115. ↑ “The Frank Book”. Publishers Weekly. 2003年9月15日. 2026年10月4日閲覧.
  116. 1 2 “The Portable Frank”. Publishers Weekly. 2008年8月16日. 2026年10月6日閲覧.
  117. ↑ Stone, Tucker. “Description Is a Myth: Weathercraft By Tucker Stone”. Comixology. 2010年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年10月3日閲覧.
  118. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Woodring, Jim; Huestis, Peter (2011年1月3日). “Reprint: A Frank Discussion With Jim Woodring, 1995”. Princess Sparkle Pony's Photo Blog. 2026年9月12日閲覧.
  119. ↑ Hancock 2010.
  120. 1 2 3 Woodring, Jim; Groth, Gary. “Jim Woodring: Interviewed by Gary Groth excerpted from The Comics Journal Special Edition - Summer 2002”. The Comics Journal. 2011年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年9月12日閲覧.
  121. ↑ “マンガ形式でチャットするIRCクライアント「Microsoft Comic Chat」がオープンソース化”. Gigazine. 2026年7月17日. 2026年9月21日閲覧.
  122. ↑ Kurlander, Skelly & Salesin 1996, p. 226.
  123. ↑ “ホフディラン、シングル「長い秘密」のジャケットとビデオの秘密”. Barks. 2000年10月8日. 2026年10月10日閲覧.
  124. ↑ “[シュノーケル] 女子2人とユニコーン名曲をカバー”. 音楽ナタリー. 2007年2月23日. 2026年10月10日閲覧.
  125. ↑ Pelly, Jenn (2013年10月4日). “Yo La Tengo Share New Song "Super Kiwi", Become Psychedelic Dolls, Make Crossword Puzzle”. Pitchfork. 2026年10月4日閲覧.
  126. ↑ “Presenting the Jim Woodring Presspop Figurines”. Yo La Tengo. 2013年11月29日. 2026年10月4日閲覧.
  127. 1 2 Woodring, Jim (2012年6月5日). “Mind Blowing Movies: Bimbo's Initiation (1931), by Jim Woodring”. Boing Boing. 2026年10月1日閲覧.
  128. 1 2 3 4 5 6 7 Woodring, Jim; Romberger, James (2018年12月14日). “Interview: Jim Woodring on working with Jack Kirby, having visions and making comics”. Comics Beat. 2026年9月6日閲覧.
  129. ↑ アックス 2001, p. 6.
  130. ↑ “Justin Green”. Lambiek Comiclopedia. 2026年4月27日. 2026年10月4日閲覧.
  131. 1 2 Woodring, Jim; Spurgeon, Tom (1999年12月31日). “A Short Interview with Jim Woodring”. Comics Reporter. Tom Spurgeon. 2026年10月4日閲覧.
  132. ↑ Woodring, Jim; Sandall, Simon (2003年3月7日). “Jim Woodring – painter of colorful, cartoony, surreal pictures, and the creator of the comic, FRANK”. Reader's Voice. 2026年10月4日閲覧.
  133. ↑ Lei, Sonia (2014年8月1日). “Jim by Jim Woodring – Photoset Preview”. Fantagraphics Blog. 2026年9月6日閲覧.
  134. ↑ O'Neil, Tim (2014年12月10日). “The best comics of 2014: Graphic novels and archival editions”. A.V. Club. 2026年10月6日閲覧.
  135. ↑ Baehr, Mike (2007年11月23日). “Artist Bio – Jim Woodring”. Fantagraphics Blog. 2026年10月6日閲覧.
  136. ↑ “Fran”. Pennsylvania Center for the Book. 2026年10月6日閲覧.
  137. ↑ Woodring, Jim; Hale, Corianton (2022年8月15日). “Jim Woodring Discovered a Way to Change the Past”. The Stranger. 2026年10月6日閲覧.
  138. 1 2 アックス 2001, p. 7.
  139. ↑ Hatfield 1999b.
  140. ↑ Wolk, Douglas (2019年6月19日). “Seriocomic (25)”. HILOBROW. 2026年10月6日閲覧.
  141. ↑ Wolk, Douglas (2006年10月9日). “Control Creep”. Seattle Weekly. 2026年10月6日閲覧.
  142. 1 2 アックス 2001, p. 2.
  143. 1 2 “Harvey Awards”. Fantagraphics Books/The Comics Journal. 2012年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年10月4日閲覧.
  144. ↑ “Past Recipients 1990s”. San Diego Comic Convention. 2026年10月4日閲覧.
  145. ↑ “1993 Industry Awards Nominees Announced”. The Comics Journal (159): 16-18. (1993).
  146. 1 2 “Fantagraphics, DC, and Kitchen Sink Dominate ’96 Eisner Nominations”. The Comics Journal (187): 17-19. (1996).
  147. ↑ “1998 Ignatz Award Nominees and Winners”. Comic Book Awards Almanac. Joel Hahn. 2026年10月4日閲覧.
  148. ↑ “2003 Ignatz Awards”. Comic Book Awards Almanac. Joel Hahn. 2026年10月4日閲覧.
  149. ↑ “Inkpot Awards”. San Diego Comic Convention. 2026年10月4日閲覧.
  150. ↑ Reid, Calvin (2014年4月25日). “'Fran' Wins Lynd Ward Graphic Novel Prize”. Publishers Weekly. 2026年10月4日閲覧.

参考文献

関連文献

  • ウードリング, ジム、小田島, 等「ジム・ウードリング」『STUDIO VOICE』第313巻、2002年1月、42-43頁。 

関連項目

外部リンク