ジョー・ペリー

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ジョー・ペリー
2013年4月
基本情報
出生名 アンソニー・ジョセフ・ペレイラ
生誕 (1950-09-10) 1950年9月10日(76歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 ローレンス
ジャンル ブルース
ブルースロック
ハードロック
ヘヴィメタル
職業 ミュージシャン
ソングライター
担当楽器 ギター、ヴォーカル、ベース、キーボード、ハーディ・ガーディ、ドブロ・ギター、6弦ベース、ウクレレ、スライド・ギター
活動期間 1965年 -
共同作業者 エアロスミス
著名使用楽器
ギブソン・レスポール
ギブソン・ES-335
フェンダー・ストラトキャスター
フェンダー・テレキャスター

ジョー・ペリー(Joe Perry、1950年9月10日 - )は、アメリカ合衆国のロック・ギタリスト。「エアロスミス」の結成メンバーで、1980年から1984年までの期間を除いて2026年現在まで在籍し続けている。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第48位、2011年の更新版では第84位。

来歴

2018年

マサチューセッツ州ボストン郊外の出身。本名は、アンソニー・ジョゼフ・ペレイラ(Joseph Anthony Pereira)。少年時代、最初に手にした楽器はウクレレだった。

1973年、エアロスミスのメンバーとしてデビュー。

ペリーはフロントマンのスティーヴン・タイラーと共にソングライティングを担当。このコンビは、「トキシック・ツインズ(The Toxic Twins)」と呼ばれる。アルバム『ロックス』(1976年)以降、一部の楽曲でリード・ボーカルを取る。エアロスミスのメンバーとしての活動と並行して、キッスのジーン・シモンズのソロ・アルバム『ジーン・シモンズ』(1978年)などにゲスト参加している。

1980年、タイラーとの確執などを原因に、エアロスミスを脱退。「ジョー・ペリー・プロジェクト」を結成し、1983年までに3枚のアルバムを発表。だがエアロスミスほどの成功は得られなかった。この間エアロスミスも、ペリーに続くブラッド・ウィットフォードの脱退、交通事故によるタイラーの入院、新作アルバムの売り上げ不振など、暗礁に乗り上げていた。ペリーは時間の経過に伴いタイラーと和解し、1984年にウィットフォードと共にエアロスミスに復帰した。

1989年、アリス・クーパーのアルバム『トラッシュ』の収録曲「ハウス・オブ・ファイアー」にゲスト参加。1997年、スティーヴ・ヴァイが発案したクリスマス・アルバム『メリー・アックスマス』に、ギター・インストゥルメンタルによる「ブルー・クリスマス」を提供。

2004年、エアロスミスは無期限活動休止を宣言。ペリーはこの期間を利用して、かなり昔から温存していた数々の曲のレコーディングに取り掛かり、2005年5月、ソロ名義のアルバム『ジョー・ペリー』を発表した。また、同年8月にリリースされたレス・ポール&フレンズのアルバム『レス・ポール・トリビュート』にフィーチャリング・ゲストの一人として参加。

2007年、エアロスミスは活動を再開して、全米ツアーを敢行した。2009年、後に『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』となるエアロスミスのアルバムの制作が中断された時に、ペリーは2作目のソロ・アルバム『ハヴ・ギター、ウィル・トラヴェル』をリリースし、翌2010年まで「ジョー・ペリー・プロジェクト」名義でツアーを行った。

2016年7月10日、ジョニー・デップやアリス・クーパーらと結成した「ハリウッド・ヴァンパイアーズ(英語版)」のコンサート中に倒れ、地元の病院に搬送された[1]。当初は心停止で倒れた[1]と報道されたが、クーパーによると、脱水症と疲労が原因だった[2]。その後回復し、7月22日のハリウッド・ヴァンパイアーズのライブにて復帰[3]。

使用ギター

所有しているギターは約600本に達するといい、ウィットフォード同様、ツアーには多数のギターを持ち出している。高価なヴィンテージギターから手工ギターまで、音色やチューニングの違いなども含めて、20本近くのギターをスタンバイさせており、ギターキッズからは羨望の眼差しを送られている。

ステージ上ではギブソン・レスポールをメインに使用しているが、レコーディングではほとんどの曲でストラトキャスターを使用しているという。「ビブラートのアームが付いているのが好きだったし、ストラトキャスターのほうが色々な音作りをするのが楽だった」とのこと。これは1970年代からほぼ一貫しているという。

1970年代に愛用していたが、1981年にジョニー・サンダースが所持していたギブソン・レスポール・ジュニアと交換という形で売る。当時は貯金がなく、クリスマスのために金が必要だったためだという。
このギターは、ビリー・ルージジャンやエリック・ジョンソンなどを経て、スラッシュに渡った。エアロスミスがアルバム『ゲット・ア・グリップ』(1993年)を制作していた頃、ペリーはこのギターが再度必要となり探し求め、所有者だったスラッシュに交渉したが、スラッシュはなかなか手放そうとはしなかった。2000年、ペリーの50歳の誕生日パーティーでスラッシュから直接返却された。
B.B.キングのシグネイチャー・モデルである、ギブソンの「ルシール」に、ビリー夫人の姿をエアブラシで精密なペイントが施されており、ヘッドには"Billie"と記されている。彼女は当初恥ずかしがり、ライブのスクリーンに自分の顔が映るのが我慢ならず楽屋に閉じこもっていたというが、今は慣れた模様。
  • THE TPP JOE PERRY "STRATOTELE" CUSTOM P-RAIL TRIBUTE
元は1980年に使用していた左利き用のフェンダー・ストラトキャスター。ストラトキャスターのボディにテレキャスターのネックが接続されたもの。元々ブラックだったボディの塗装を剥がされた仕様になっている。
彼はこの左利き用のストラトキャスターに弦を逆さに張って使用する。インタビューで「弦を逆に張った時の音が好きだ」と語っている。右利き用のストラトキャスターを左で弾いたジミ・ヘンドリックスに似ているが、「単にジミ・ヘンドリックスを真似たわけではない」「アームのテンションやピックアップの配置、弦のテンションが全然違う」と答えている。

シグネイチャー・レスポール

ペリーはシグネイチャー・モデル制作の際に、ギブソンの担当者に軽いギターであることを求めた。それまで自分が使用してきたレスポールが大抵重かったため、最適な重さを求めていたからである。

  • Gibson Les Paul Joe Perry BlackBurst
1997年に製作された最初のシグネイチャーモデルのレスポール。メープルトップが強調されたトランスルーセント・ブラック・バースト・フィニッシュ。主なスペックと寸法は、上記の'59年製レスポールがベースとなっている。
ノブのプッシュ/プルでミッド・ブーストのon/offが可能。ブリッジのピックアップはペリー用にカスタムされている。
  • Gibson Les Paul Joe Perry Boneyard
ビリー夫人がプレゼントしたという特注品のグリーン・タイガー・フィニッシュのシグネイチャーモデル。

その他

  • ボストン・レッドソックスのファンである。
  • キッスのステージに正式メンバー以外で立った唯一の人物である。
  • 愛妻家で、上記の如く夫人の姿が描かれたGibson ES-335を愛用している。
  • ジェフ・ベックを敬愛しており、彼のシグネイチャー・ギターを数本所持している。元々エアロスミスはヤードバーズのようなブリティッシュ・ロックに強い影響を受けており、ペリーのギター・プレイにもベックの影響が多く見られる。ベックはアルバム『ワイアード』を発表した頃、エアロスミスのとあるライヴのアンコールに突如登場して共演した。ペリーは感極まって涙を流し、その場に立ち尽くしたという。彼はのちに「あれは今までのオレの人生で最高の瞬間だったな。考えてもみろよ、ずっとアイドルとして憧れていたジェフ・ベックと同じステージに立って演奏しているんだぜ」と語っている。
  • 共和党支持者である[4]。

ディスコグラフィ

ジョー・ペリー・プロジェクト名義

ジョー・ペリー名義

参加作品

著書

  • Perry, Joe (2014). Rocks: My Life in and out of Aerosmith. Simon & Schuster. ISBN 978-1476714547 

脚注

注釈

    出典

    関連項目

    外部リンク