スパイク・ロビンソン
| スパイク・ロビンソン Spike Robinson | |
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スパイク・ロビンソン 撮影:フレイザー・マクファーソン | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Henry Bertholf Robinson |
| 生誕 | 1930年1月16日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
2001年10月29日(71歳没) |
| ジャンル | ジャズ |
| 職業 | ミュージシャン |
| 担当楽器 | テナー・サクソフォーン |
| レーベル | ディスカバリー、ヘップ、コンコード |
スパイク・ロビンソン(Spike Robinson、本名:ヘンリー・バーソルフ・ロビンソン、1930年1月16日 - 2001年10月29日)は、アメリカのジャズ・テナー・サクソフォーン奏者。12歳で演奏を始め、ディスカバリー、ヘップ、コンコードといったレーベルでレコーディングを行った。しかしその後、工学の学位を取得し、約30年にわたってエンジニアとして働いた。1981年、レコーディング活動に復帰した。
生い立ち
ロビンソンは1930年1月16日、ウィスコンシン州ケノーシャで生まれた[1]。幼い頃からアルト・サクソフォーンを演奏するようになったが[2]、だんだん自分のやりたい音楽を演奏して生計を立てることが困難であると気づいていった。
その後の人生とキャリア
1948年、ロビンソンはミュージシャンとしてアメリカ海軍に入隊し[1]、1950年までにはイギリスを拠点とするようになった。彼はすぐに、トミー・ポラード、ジョニー・ダンクワース、ヴィクター・フェルドマンといったイギリスの主要なビバップ・ミュージシャンたちと、ロンドンの「クラブ・イレヴン」、「ダウンビート・クラブ」、「スタジオ51」などで頻繁にセッションを行うようになった[3]。カルロ・クラーマーが主宰するレーベル「エスクァイア」で数枚のレコードを制作したが、やがて帰国を命じられ、除隊となった[3]。シカゴ周辺の音楽シーンに馴染めなかった彼は、復員兵援護法を利用して大学で電子工学を学んだ。
その後、30年近くにわたり、コロラド州で生活し働いていたが、やがて地元のクラブでテナー・サクソフォーンを演奏するようになり、再び音楽活動を再開した[3]。この時期、常に音楽的なパートナーであったのがデイヴ・グルーシンである[3]。1981年、ロビンソンはピアニストのヴィクター・フェルドマン、ベーシストのレイ・ブラウンと共にアルバム『Spike Robinson Plays Harry Warren』をレコーディングした[4]。イギリスのファンの勧めもあり、1984年からイギリスでのツアーを開始。これが成功を収めたため、ロビンソンはエンジニアの仕事を早期退職した[3]。その後は、ディック・モリッシー、ピアニストのビル・ル・サージュ、ベーシストのアレック・ダンクワース、ドラマーのビル・エイデンといったイギリスのジャズ・ミュージシャンたちと共演を重ねた[3]。
1980年代から1990年代初頭にかけて、イギリス、ヨーロッパ、そしてアメリカ各地のクラブやフェスティバルに出演[3]。アメリカでは、1990年のクリスマスにニューヨーク・デビューを果たしている[3]。数多くの好評を博したアルバムをレコーディングしており、主にバンドリーダーとして活躍したほか、ルイス・スチュワート、ハリー・エディソン、アル・コーン、ロイ・ウィリアムズ、クロード・ティッセンディエといったミュージシャンたちのサポートも務めた[3]。1990年代初頭には、イギリスを拠点にツアーを行い、アルバム制作を続けながら、ヨーロッパやアメリカ各地のクラブやフェスティバルでメインアクトを務めるまでになっていた[3]。1989年、イギリスに完全移住[1]。
イギリスのサックス奏者デレク・ナッシュ、ドラマーのピート・ケーター、ベーシストのロブ・リッケンバーグ、ピアニストのニック・ウェルドンと共にバンド「ヤング・ライオンズ、オールド・タイガース(Young Lions, Old Tigers)」を結成し、2000年に同名のアルバムをジャズィジット・レコード(Jazzizit Records)からリリースした。このアルバムは、ブリティッシュ・ジャズ・アワードにおいて「ジャズ・CD・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。
演奏スタイル
「ロビンソンの演奏は、メロウな音色、穏やかなアプローチ、そしてアメリカの古典的な楽曲に対する深い親和性が特徴であった。大まかに言えば、彼はレスター・ヤングの系譜に連なるテナー・サックス奏者の一人であり、スタン・ゲッツやズート・シムズといった奏者たちと同じ流れを汲む人物であったが、そのスタイルの中で、彼独自の非常に魅力的な音楽的個性を確立していた」[5]。
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
- London Reprise (1984年、Capri)
- At Chesters Volume 1 (1985年、Hep)
- At Chesters Volume 2 (1986年、Hep)
- 『ザ・ガヴァナー』 - The Guv'nor (1986年、Esquire)
- Spring Can Really Hang You Up The Most (1986年、Capri)
- Henry B. Meets Alvin G. "Once In A Wild" (1987年、Capri) ※with アル・コーン
- In Town" (1987年、Hep) ※with エレイン・デルマー
- The Gershwin Collection (1988年、Hep)
- Three for the Road (1989年、Hep) ※with ルイ・スチュワート
- Claude Tissendier/Saxomania Presenting Spike Robinson (1989年、Omd) ※with クロード・ティサンディエ
- Stairway to the Stars (1991年、Hep)
- Spike Robinson and George Masso Play Arlen (1992年、Hep)
- Plays Harry Warren (1994年、Hep) ※1981年–1993年録音
- A Real Corker (1994年、Capri)
- Nice Work! (1995年、Capri) ※with エリン・ラッカー
- Young Lions Old Tigers (2000年、Jazzizit) ※with デレク・ナッシュ
- The CTS Session (2005年、Hep) ※1998年録音
- Live at the Bull – Tribute Vols. 1–2 (2007年、Bull's Head Music) ※1987年–1988年録音
- I Wish I Knew (2007年、Nagel Heyer) ※ライブ・イン・ダブリン、1979年録音(The Ralph O'Callaghan Collection)[2]
脚注
出典
- 1 2 3 4 Gilbert, Mark (2003). “Robinson, Spike (Henry Bertholf)”. Robinson, Spike. Grove Music Online. Oxford University Press. doi:10.1093/gmo/9781561592630.article.J679200. ISBN 978-1-56159-263-0.
- 1 2 Cook, Richard; Morton, Brian (2008). The Penguin Guide to Jazz Recordings (9th ed.). Penguin. p. 1225. ISBN 978-0-141-03401-0
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Colin Larkin, ed (1995). The Guinness Who's Who of Jazz (Second ed.). Guinness Publishing. p. 395. ISBN 0-85112-674-X
- ↑ “Spike Robinson; Jazz Saxophonist, 71”. The New York Times. November 5, 2001.
- ↑ “Spike Robinson”. The Daily Telegraph. November 2, 2001.