セルボーンの博物誌

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セルボーンの博物誌
The Natural History and Antiquities of Selborne
著者 ギルバート・ホワイト
イラスト サミュエル・グリム(原画)、ピーター・マゼル、ダニエル・ラーピニエール(銅版画)
発行日 1789年
発行元 ベンジャミン・ホワイト(B. White and Son、印刷:T.ベンズリー)
ジャンル 博物誌
国 イギリス
言語 英語
形態 書簡体
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『セルボーンの博物誌』(セルボーンのはくぶつし、原題:The Natural History and Antiquities of Selborne)は、イギリスの牧師・博物学者で パーソン・ナチュラリストであるギルバート・ホワイト(1720年 - 1793年)による書簡体の博物誌である。1789年、ホワイトの実弟である出版業者ベンジャミン・ホワイト(Benjamin White)によってロンドンで刊行された[1]。

ホワイトが約40年にわたり観察してきた、故郷ハンプシャー州の教区セルボーンをめぐる動植物や自然現象、および地域の旧跡(アンティクイティーズ)についての記述を、博物学者トマス・ペナントおよびデインズ・バリントンに宛てた書簡の形式でまとめたものであり、刊行以来一度も絶版になることなく、2007年までに約300版を数える、英語圏でもっとも版を重ねた書物の一つとされる[1][2]。近代生態学(エコロジー)の先駆的著作として、また英語で書かれた博物誌文学の古典として評価されている[3]。

概要

本書は、それまでの博物誌に一般的だった分類項目別の記述ではなく、書簡という形式を採用している点に大きな特徴がある[1]。全体は、動物学者トマス・ペナント(1726年 - 1798年)に宛てた44通と、法律家で博物学者のデインズ・バリントン(1727年 - 1800年)に宛てた66通、合わせて110通の書簡から構成される。

ホワイトはこれらの観察を、教区の内側で行い、自然と人間の営みを切り離さずに描き出した。この手法は、動植物を一つの地域社会の内部における相互に関連しあう存在として捉える視点を生み出し、後年「近代生態学の先駆」と評される所以となっている[1]。

背景・成立過程

著者ギルバート・ホワイトは1720年、セルボーンの牧師館に生まれ、オックスフォード大学オリエル・カレッジで学んだのち聖職に就き、生涯の大半をセルボーンで過ごした[3]。1751年頃から庭の観察記録をつけ始め、1768年からは日々の気象・動植物の記録である『博物学者の日誌』(Naturalist's Journal)を書き続けた。この記録はホワイトの死の10日前まで、約40年間で1万件におよんだという[1]。

ホワイトは自身の観察を、当時のイギリスを代表する動物学者トマス・ペナントや、法律家で王立協会会員のデインズ・バリントンとの往復書簡を通じて発展させていった。両者との書簡のやり取りは、単なる私信ではなく、当時の博物学の議論の一部を成すものであった[1]。

本書の成立には、ホワイトの弟でジブラルタル駐屯軍付き従軍牧師を務めたジョン・ホワイト(1727年 - 1780年)との交流も大きく関わっている。ジョンは1756年から1772年までジブラルタルに駐在し、兄ギルバートの勧めによって現地の自然を観察・記録するようになり、標本をたびたびイングランドの兄のもとへ送った。

とりわけ、ヨーロッパと北アフリカを隔てるジブラルタル海峡に面した「岩山」(ザ・ロック)を渡ってゆく鳥類の通過は、ジョンにとって関心の的であり、兄弟の文通はもともとこの岩山に飛来するツバメ類(Hirundinidae)についての話題から始まったとされる[4]。

ジョンから届く、ジブラルタルにおける渡り鳥の飛来・飛去の時期についての報告は、セルボーンでの観察と比較検討する材料をホワイトに与え、鳥の渡りという現象そのものへの関心を強めさせることになった[4]。

本書はこうした長年の書簡と日誌の記録を晩年に編集し直したものであり、1789年に刊行された。初版はロンドンでT.ベンズリーの印刷、ベンジャミン・ホワイト父子の出版により四折判(クォート)で刊行され、サミュエル・グリムの原画をもとにピーター・マゼルとダニエル・ラーピニエールが手がけた6点の銅版画と、セルボーンの全景を描いた折込口絵が収められていた[5][6]。

構成・内容

本書は大きく分けて、ペナント宛の書簡群、バリントン宛の書簡群、そして旧跡に関する書簡群の三部から成る[1]。内容は、渡り鳥の飛来時期や鳴き声、ミミズが土壌形成に果たす役割、動物の縄張りと鳴き声の意義、霜や開花の時期の記録、クモの糸や昆虫の生態、教区内にある古いイチイの巨木や、かつてマグダレン・カレッジの所領となり急速に荒廃した修道院の跡など、教区セルボーンの自然と歴史にまつわる多岐にわたる話題を扱う[1]。

ホワイトは、鳴き声の違いに着目して、それまで一種と考えられていた小鳥を複数種に区別するなど、観察に基づく先駆的な分類を行った[2]。また、ハタネズミに似た小型のネズミや、大型のコウモリの一種を、それぞれ独立した種として初めて記載したことでも知られる[2]。

ホワイトの記録は、動植物の開花や渡来といった季節ごとの生物現象の初見日を長期にわたり記録したものであり、今日でいうフェノロジー(生物季節学)の最も早い実践例の一つとされる[1]。

ジブラルタル

バリントン宛の書簡群では、渡り鳥、とりわけツバメの仲間(ヒルンディネス)が冬季に姿を消す理由をめぐって、渡り説と冬眠説(水中や土中で冬を越すとする説)の双方が検討されている。この議論の中でホワイトは、ジブラルタルに駐在する弟ジョン・ホワイトから得た情報にしばしば言及し、ジブラルタル海峡に臨む「岩山」を渡ってゆく鳥の通過の様子を、セルボーンにおける自身の観察と照らし合わせている[7][4]。

本文中で弟ジョンは名指しされることは少なく、多くは「私の弟」「アンダルシアにいる観察者」といった表現で登場するにとどまるが、ヨーロッパとアフリカを分かつジブラルタル海峡が渡り鳥の重要な通過点であることに早くから注目した記録として、今日でもジブラルタルにおける渡り鳥観察の歴史を語る際にしばしば引き合いに出される[7]。

思想的特徴

本書の記述は、ホワイトが依拠した自然神学(ネイチュラル・セオロジー)の視点と分かちがたく結びついている。 ホワイトはジョン・レイやウィリアム・ダーラムといった自然神学の著作をしばしば引用し、身近でありふれた自然の営みの一つひとつのうちに、創造主の摂理を見出そうとした[1]。

同時に本書は、人間を自然から切り離された観察者としてではなく、教区という共同体の内部で自然と共存する存在として描いており、この点が今日的な生態学的視座の先駆と評価される理由となっている[1]。

影響・評価

刊行当初、本書の反響は限定的であり、第2版が出るまでに10年以上を要した(第2版1802年、第3版1813年)。本書が広く読まれる存在となったのは、1827年に新版が刊行されて以降のことで、これ以降定期的に新版が刊行されるようになった[1]。

本書はチャールズ・ダーウィンやヘンリー・デイヴィッド・ソローをはじめとする後世の博物学者・思想家に影響を与えたとされ、詩人のジョン・クレアやシャーロット・スミスなど、ロマン主義期の文学者にも影響を及ぼしたと指摘されている[1]。20世紀にはヴァージニア・ウルフが随筆「White's Selborne」の中で本書の文体を高く評価した[1]。

自然史研究者リチャード・メイビーは、本書がもたらした変化について、標本としての死んだ自然から生きた共同体としての自然へ、遠く隔てられた眺めから身近な観察へと、博物学の焦点そのものを転換させたと評している[1]。今日、ホワイトはしばしば「最初の生態学者」と呼ばれる[8]。

邦訳

  • 山内義雄 訳『セルボーンの博物誌』(養徳社 上下, 1948年、出帆社, 1976年、講談社学術文庫, 1992年)
  • 寿岳文章 訳『セルボーン博物誌』(岩波文庫 上下, 1949年、復刊2006年ほか)
  • 西谷退三 訳『セルボーンの博物誌』(浜口直, 1958年、博友社, 1961年、八坂書房, 1992年)
  • 新妻昭夫 編訳『セルボーンの博物誌』(小学館 地球人ライブラリー, 1997年)
  • 井沢浩一 編訳『セルボーンの博物誌の鳥たち』(生態系トラスト協会,2008年)。黒田万知子挿画

関連項目

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 Amy M. King (2013年8月). “Publication of Gilbert White's The Natural History of Selborne, 1789”. BRANCH: Britain, Representation and Nineteenth-Century History. 2026年9月2日閲覧。
  2. 1 2 3 “Gilbert White”. Gilbert White's House. 2026年9月2日閲覧。
  3. 1 2 “Gilbert White \”. Encyclopaedia Britannica. 2026年9月2日閲覧。
  4. 1 2 3 Frank N. Egerton (2007). “A History of the Ecological Sciences, Part 26: Gilbert White, Naturalist Extraordinaire”. Bulletin of the Ecological Society of America 88 (4) 2026年9月14日閲覧。.
  5. ↑ “Natural History and Antiquities of Selborne - First Edition - Gilbert White”. Bauman Rare Books. 2026年9月2日閲覧。
  6. ↑ “Explore the original magic of Gilbert White's Natural History of Selborne”. Museum Crush. 2026年9月2日閲覧。
  7. 1 2 “Strait of Gibraltar Bird Observatory”. Gibraltar Ornithological & Natural History Society (GONHS). 2026年9月14日閲覧。
  8. ↑ “Gilbert White: the modern naturalist”. Natural History Museum. 2026年9月2日閲覧。

外部リンク