ドナルド・ハリソン
| ドナルド・ハリソン | |
|---|---|
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ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルにて(2007年) | |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1960年6月23日(66歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ジャズ、ファンク、ソウル、クラシック音楽 |
| 職業 | ミュージシャン、作曲家 |
| 担当楽器 | サクソフォーン |
| 活動期間 | 1980年代 - |
| レーベル | コンコード、コロムビア、キャンディド、インパルス!、ナゲル・ヘイヤー |
| 公式サイト |
www |
ドナルド・ハリソン(Donald Harrison Jr.、1960年6月23日 - )[1]は、アメリカ合衆国のジャズ・サクソフォーン奏者。ルイジアナ州ニューオーリンズの「コンゴ・スクエア・ネイション・アフロ・ニューオーリンズ・カルチュラル・グループ」のビッグ・チーフを務めている。
2021年にバークリー音楽大学から名誉博士号を授与されたほか、NEAジャズ・マスターズにも選出されている。チーフ・シアン・アトゥンデ・アジュア(旧名:クリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュア)の叔父であり、かつての指導者でもある。
略歴
1960年、ルイジアナ州ニューオーリンズで、ビッグ・チーフのドナルド・ハリソン・シニアの息子として生まれた。
ハリソンの音楽的基盤は、生涯にわたってニューオーリンズの文化に関わってきた経験にある。ニューオーリンズのセカンド・ライン文化から始まり、父親のビッグ・チーフ・ドナルド・ハリソン・シニアのもとでニューオーリンズの秘密部族文化を学んだ[2]。2歳のときには「クレオール・ワイルド・ウェストのリトル・チーフ」という称号を持ち、仮面を被ったマルディグラ・インディアンとして参加し始めた[3]。一方で、ハリソン・ジュニアは現在、アフロ・ニューオーリンズ文化におけるコンゴ・スクエアのチーフを務めている。
16歳でアルト・サクソフォーンを始め、その後バークリー音楽大学で学んだ[3][2]。
プロとして、ロイ・ヘインズやジャック・マクダフと共演した後、テレンス・ブランチャードと共にアート・ブレイキー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズに参加し、1989年までクインテットでアルバムを録音した[1]。その2年後、ブレイキーへのトリビュート・アルバム『For Art's Sake』を発表した[4]。これに続いて、ニューオーリンズの伝統に根ざしたアルバム『Indian Blues』がリリースされ、ドクター・ジョンやサイラス・チェスナットがゲスト参加したほか、「ガーディアンズ・オブ・ザ・フレイム・マルディグラ・インディアンズ」によるチャントも収録された[5]。1997年のアルバム『Nouveau Swing』では、アルバムの半分でモダン・ジャズのスウィング・ビートとモダン・ダンス・ミュージックを融合させ、残り半分ではスウィング・ビートとカリブ海音楽の要素を融合させた[6]。続くアルバムでは、モダン・ジャズのスウィング・ビートにヒップホップ、ラテン音楽、R&B、スムースジャズを融合するという実験を続けた[7][8]。
アルバム『3D Vols. I, II, and III』では、3つの異なる音楽ジャンルを提示している。「Vol. I」ではスムース・ジャズとR&Bスタイルで作曲、演奏、プロデュースを行っている[2]。「Vol. II」ではクラシック・ジャズ・スタイルで、「Vol. III」ではヒップホップを題材に作曲、演奏、プロデュースを行っている。
自身のグループであるドナルド・ハリソン・エレクトリック・バンドは、ラジオでヒットした曲を録音し、『ビルボード』誌のチャートでトップ10入りした。また、ザ・ニュー・サウンズ・オブ・マルディグラ(The New Sounds of Mardi Gras)というグループでは、プロデューサー、歌手、ラッパーとして伝統的なニューオーリンズ・ジャズやヒップホップのジャンルでパフォーマンスを行っている[2]。2001年に結成されたこのグループは、これまでに2枚のアルバムを録音し、世界各地で演奏してきた。
1999年、コンゴ・スクエアの伝統を守り続けるコンゴ・スクエア・ネイション・アフロ・ニューオーリンズ・カルチュラル・グループのビッグ・チーフに任命された[2]。グループ名の選択について、ハリソンは次のように語っている。「マルディグラ・インディアンであると自負している人たちには大いに敬意を払っているが、私は世界中を旅してきた経験から、自分がニューオーリンズで文化的に行っていることをアフロ・ニューオーリンズ音楽と表現するようになった。キューバやブラジルなどの場所に行くと、彼らは常に自国のものだがアフリカ文化の派生であるものの前に『アフロ』と付ける。例えば、エディ・パルミエリは自分の音楽を表現する時にいつもアフロ・カリビアンと言う」[3]。
2013年、スーパーグループ「ザ・クッカーズ」に参加した。2024年現在のメンバーには、ビリー・ハーパー、セシル・マクビー、ジョージ・ケイブルス、エディ・ヘンダーソン、ビリー・ハート、デヴィッド・ワイスが含まれている[3]。
2016年、ハリソンはモスクワ交響楽団と共に初の管弦楽作品を録音した。このモスクワ交響楽団のための作品に続き、2017年にはタイ・フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク室内管弦楽団、ハラパ交響楽団のためにクラシックの管弦楽作品を作曲した。
クリスチャン・スコット(ハリソンの甥)、マーク・ホイットフィールド、クリスチャン・マクブライド、ノトーリアス・B.I.G.など、数多くの若手ミュージシャンを育成してきた[9]。また、ウィリアム・アンド・メアリー大学、ニュースクール大学、ティピティーナズ・ファウンデーションのインターンシップ・プログラムで教鞭をとっている[3]。さらに、2022年からはルイ・"サッチモ"・アームストロング・サマー・ジャズ・キャンプの芸術監督も務めている[3]。
スパイク・リーのHBOドキュメンタリー映画『When the Levees Broke』に出演したほか、テレビシリーズ『トレメ/ニューオーリンズのキセキ』の11のエピソードに本人役で出演している[10]。
2026年のグラミー賞において、アルバム『The Original Influencers: Dizzy, Chano & Chico Arturo O'Farrill & The Afro Latin Jazz Orchestra』で最優秀ラテン・ジャズ・アルバム賞にノミネートされた[11]。
私生活
メアリー・アリス・スピアーズ=ハリソンと結婚しており、ヴィクトリア・ハリソンという娘がいる。
受賞歴
全米芸術基金
2022年、全米芸術基金(NEA)から、ジャズ・アドヴォカシーに対してA.B.スペルマン・NEAジャズ・マスターズ・フェローシップを授与された。ハリソンは、「ハード・スウィングの即興スタイルと、ジャズにR&B、ヒップホップ、ロック、ソウルを融合させた『ヌーヴォー・スウィング』の創始者として知られている。また、ニューオーリンズの音楽と文化の保存への献身は、その重要な遺産を後世に伝えるうえで極めて重要な役割を果たしてきた」と評価された[12]。
雑誌『OffBeat』のベスト・オブ・ザ・ビート・アワード
| 年 | 部門 | 結果 | 脚注 |
|---|---|---|---|
| 2017年 | 最優秀サクソフォーン奏者 | 受賞 | [13] |
| 2020年 | 最優秀サクソフォーン奏者 | 受賞 | [13] |
| 2021年-22年 | 最優秀サクソフォーン奏者 | 受賞 | [13] |
| 2023年 | 最優秀サクソフォーン奏者 | 受賞 | [13] |
その他の賞
シャルル・クロス・アカデミー(Académie Charles Cros)のディスク大賞(Grand Prix du Disque)を2回受賞している[14]。
2021年、バークリー音楽大学から名誉博士号を授与された[3]。
2007年1月、『Jazziz』誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選出された。
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
- Full Circle(1990年、Sweet Basil)
- For Art's Sake(1991年、Candid)
- 『インディアン・ブルース』 - Indian Blues(1992年、Candid) ※ ドクター・ジョンと共同名義
- The Power of Cool(1994年、CTI)
- 『ヌーヴォー・スイング』 - Nouveau Swing(1997年、Impulse!)
- 『フリー・トゥ・ビー』 - Free to Be(1999年、Impulse!)
- 『スピリッツ・オブ・コンゴ・スクエア』 - Spirits of Congo Square(2000年、Candid)
- Real Life Stories(2001年、Nagel Heyer)
- 『カインド・オブ・ニュー』 - Kind of New(2002年、Candid)
- Paradise Found(2003年、Fomp)
- Heroes(2004年、Nagel Heyer)
- Free Style(2004年、Nagel Heyer)
- New York Cool: Live at The Blue Note(2005年、Half Note)
- 3D(2005年、Fomp)
- The Survivor(2006年、Nagel Heyer)
- The Chosen(2008年、Nagel Heyer)
- This Is Jazz: Live at The Blue Note(2011年、Half Note)[15]
テレンス・ブランチャードとの共同名義
- 『ニューヨーク・セカンド・ライン』 - New York Second Line(1983年、Concord)
- 『ディスサーンメント〜聖者の行進〜』 - Discernment(1984年、Concord)
- 『ナセンス』 - Nascence(1986年、Columbia)
- 『エリック・ドルフィー&ブッカー・リトル・リメンバード』 - Eric Dolphy & Booker Little Remembered Live at Sweet Basil(1986年、Evidence)
- 『ファイアー・ワルツ: エリック・ドルフィー&ブッカー・リトル・リメンバードVOL.II』 - Fire Waltz: Eric Dolphy & Booker Little Remembered Live At Sweet Basil, Vol. 2(1986年、Evidence)
- 『クリスタル・ステア』 - Crystal Stair(1987年、Columbia)
- 『ブラック・パール』 - Black Pearl(1988年、Columbia)
参加アルバム
- 『オー・バイ・ザ・ウェイ』 - Oh-By the Way(1982年、Timeless)
- New York Scene(1984年、Concord)
- 『ブルー・ナイト』 - Blue Night(1985年、Timeless)
- 『ニュー・イヤーズ・イブ・アット・スイート・ベイジル』 - New Year's Eve at Sweet Basil(1985年、Evidence)
- Turnaround(1992年、Evidence)
- Evolution Revolution(2003年、Basin Street)
- Speakers In The House(2022年、Ropeadope)
- Witness to History(2022年、Smoke Sessions)[16]
ブライアン・リンチ/エディ・パルミエリ・プロジェクト
- Simpático(2007年、ArtistShare)
- Palmas(1995年、Elektra Nonesuch)
- Arete(1995年、RMM)
- Vortex(1996年、RMM)
- 『リッスン・ヒア!』 - Listen Here!(2005年、Concord)
- Wisdom/Sabiduria(2017年、Ropeadope)
- The Sixth Sense(1985年、Black Saint)
ロニー・スミス
- Rise Up!(2008年、Palmetto)
- 『エスペランサ』 - Esperanza(2008年、Heads Up)
- 『テイキング・ア・チャンス・オン・ラヴ』 - Taking a Chance on Love(2004年、Sony Music Entertainment)
映像作品
脚注
- 1 2 3 Colin Larkin, ed (1992). The Guinness Who's Who of Jazz (First ed.). Guinness Publishing. p. 192. ISBN 0-85112-580-8
- 1 2 3 4 5 “Donald Harrison | Biography & History”. AllMusic. 2021年7月27日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 Wyckoff, Geraldine (2022年7月27日). “Jazz Master Donald Harrison Passes Down Afro-New Orleans Musical Culture - OffBeat Magazine” (英語). OffBeat Magazine. 2023年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月1日閲覧。
- ↑ “For Art's Sake - Donald Harrison Quintet | Songs, Reviews, Credits”. AllMusic. 2021年7月27日閲覧。
- ↑ “Indian Blues - Donald Harrison | Songs, Reviews, Credits”. AllMusic. 2021年7月27日閲覧。
- ↑ “Nouveau Swing - Donald Harrison | Songs, Reviews, Credits”. AllMusic. 2021年7月27日閲覧。
- ↑ “Donald Harrison”. AllMusic. 2018年9月4日閲覧。
- ↑ Ratliff, Ben (6 March 1999). “A Fusion With Funk, Thoroughly Mixed”. The New York Times (英語). 2018年9月4日閲覧.
- ↑ “Biggie Smalls: The Voice That Influenced A Generation”. Npr.org (2010年8月2日). 2010年8月18日閲覧。
- ↑ “Donald Harrison: 'A one-man jazz festival' - Donald Harrison Jr. a complex keeper of local culture”. Times Picayune (2010年4月25日). 2013年8月15日閲覧。
- ↑ “2026 GRAMMYS: See The Full Nominations List | GRAMMY.com”. grammy.com. 2025年11月12日閲覧。
- ↑ “Donald Harrison, Jr.” (英語). National Endowment for the Arts (1960年6月23日). 2023年11月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月1日閲覧。
- 1 2 3 4 “Best of the Beat Award Winners: Complete List” (英語). OffBeat Magazine (2011年9月8日). 2023年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月1日閲覧。
- ↑ “Donald Harrison Jr.” (英語). Berklee College of Music. 2023年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月1日閲覧。
- ↑ “Donald Harrison | Album Discography | AllMusic”. AllMusic. 2018年9月5日閲覧。
- ↑ “Witness to History”. eddiehenderson.bandcamp.com. 2023年12月31日閲覧。
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- ドナルド・ハリソン・ジュニアのインタビュー NAMM Oral History Library (2017年)