ドブロジャ専制公国

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ドブロジャ専制公国は、14世紀から15世紀初頭にかけて、現在のブルガリアとルーマニアにまたがるドブロジャ地方に存在したブルガリア系の国家である。もともとは第二次ブルガリア帝国の一部で、1340年代にバリク(英語版)という人物がガルヴナ (現在のバルチク) を中心として半独立的な勢力をした。その息子ドブロティツァ(英語版)の時代に全盛期を迎え、1357年には専制公として広大な領域を支配していた。後に中心地をカリアクア(英語版)へ移し、1411年にオスマン帝国に併合された。ガルヴナ公国とも呼ばれる。

成立

14世紀、第二次ブルガリア帝国も中央権力衰退に応じ独立しドブロジャ専制公国を建国し、半独立勢力を広め形成した。

全盛期

バリクの後継者ドブロティツァ(1357年頃~)の時代に国土領域拡大・海軍強化・外交活発化が進む。地域名「ドブロジャ」の語源とされる説もある。

滅亡

1388年以降中世オスマン帝国の圧迫を受けワラキア公国の争奪を経て、1411年頃に中世オットマン帝国に併合された。

これからも追加するのですが、たまにしか出来ないと思うんでそこをどうかよろしくお願いいたします。