ドン・ヒューイット

ウィキペディアから、無料の百科事典
ドン・ヒューイット
Don Hewitt
生誕 Donald Shepherd Hewitt
(1922-12-14) 1922年12月14日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
死没 2009年8月19日(2009-08-19)(86歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ブリッジハンプトン(英語版)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身校 ニューヨーク大学(兵役により中退)
職業 テレビプロデューサー
活動期間 1942年 - 2009年
雇用者 CBS News (1948–2009)
著名な実績 『60ミニッツ』の制作
配偶者
Mary Weaver
(結婚 1945年; 死別 1963年)

Frankie Teague(英語版)
(結婚 1963年; 死別 1974年)

Marilyn Berger(英語版) (結婚 1979年)
受賞 エドワード・R・マロー賞(英語版)
エミー賞
ピーボディ賞
ゴールデン・ローレル賞(英語版)
テレビの殿堂
兵役経験
所属組織アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
部門 アメリカ合衆国海軍予備役(英語版)
アメリカ合衆国商船(英語版)
最終階級 少尉
戦闘第二次世界大戦

ドン・ヒューイット(Don Hewitt)ことドナルド・シェパード・ヒューイット[1](Donald Shepard Hewitt、1922年12月14日 - 2009年8月19日)は、アメリカ合衆国のテレビニュースプロデューサー、経営者である。1968年にCBSのニュース番組『60ミニッツ』を制作したことで知られている。ヒューイットの指揮のもとで、『60ミニッツ』はニュース番組としては唯一、全米視聴率トップとなり、かつこれを5回も達成した[2]。彼の死の時点で、アメリカにおいて最長寿のゴールデンタイムの番組だった[3]。1960年、ヒューイットは大統領選挙討論会の初のテレビ放映をプロデュースした[4]。

若年期

ヒューイットは1922年12月14日にニューヨーク州ニューヨークで生まれた[5]。父のエリー・S・ヒューイット(ハーウィッツ(Hurwitz)またはホロウィッツ(Horowitz)から改名)はロシアからのユダヤ系移民で、母のフリーダ(旧姓パイク)はドイツ系ユダヤ人であった[1][5]。彼が生まれて間もなく、ヒューイットの家族はマサチューセッツ州ボストンに移り、父は『ボストン・ヘラルド・アメリカン(英語版)』紙の案内広告担当として働いていた。その後、一家はウィスコンシン州ミルウォーキーに移り住んだ。

教育と初期のキャリア

ヒューイットはニューヨーク大学に入学し、1942年に『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン(英語版)』紙のコピーボーイ(英語版)(雑用係)長として報道業界に入った[1]。1943年にアメリカ商船学校(英語版)に入学し、ロンドンで『星条旗新聞』のジャーナリストとして活躍した[6]。その後、海軍予備役(英語版)の少尉に就任した[7]。第二次世界大戦後の1945年に『トリビューン』紙のコピーボーイの仕事に戻り、その後、AP通信のメンフィス支局で働いた。メンフィスで働いていたときにメアリー・ウィーバーと結婚したが、メアリーがニューヨークへ行きたいと言ったため、ニューヨークへ戻ってきた[1][8]。

ニューヨークに戻ったヒューイットは、E・W・スクリプス(英語版)社傘下の写真代理店ACMEニュースピクチャーズ(英語版)で働き始めた。この会社は後にUP通信に統合された[9][10]。

CBSニュースでのキャリア

それからほどなく、テレビ放送の制作を手伝う「映像経験者」を募集していたCBSテレビが、ヒューイットに好条件のオファーをした[8]。ヒューイットは、1948年にCBSのニュース部門であるCBSニュースに入社し、ダグラス・エドワーズ(英語版)が司会を務める夕方のニュース番組のディレクターに就任した。ヒューイットはそれから14年間、この時間帯のニュース番組にディレクターやプロデューサーとして関わった。また、1951年に始まったエドワード・R・マローとフレッド・W・フレンドリー(英語版)の共同制作による『シー・イット・ナウ(英語版)』の初代ディレクターも務めた。この番組でヒューイットは、2台のフィルム映写機で前後にカットするという手法を用い、これによって、コメンテーターの単調さを解消し、編集を改善し、将来のニュース放送を形作った[2]。1956年、ヒューイットは客船「アンドレア・ドーリア」の沈没の最後の瞬間を唯一フィルムに収めた[2]。

ヒューイットは、1960年9月26日にシカゴのCBSスタジオで行われた、ジョン・F・ケネディ上院議員とリチャード・ニクソン副大統領による大統領選挙の第1回討論会のテレビ放映の演出を担当した。これは、史上初のテレビ放映された大統領選挙討論会だった。その後、ウォルター・クロンカイト司会の『CBSイブニングニュース』のエグゼクティブ・プロデューサーに就任した[11]。

映像外部リンク
"Life and Career of Don Hewitt", April 5, 1994, C-SPAN

1968年に、ヒューイットは『60ミニッツ』を開始した。この番組は、開始から10年で全米視聴率トップ10に入り、その後22シーズンのうち21シーズン、1999-2000年シーズンまでその地位を維持した[2]。また、エミー賞を8回受賞した。

ヒューイットは、1996年に『60ミニッツ』においてタバコ会社ブラウン・アンド・ウィリアムソン(B&W)社の内部告発者ジェフリー・ワイガンドの主張を報じた際の中心人物である[12]。この報道に端を発するタバコ産業のスキャンダルは、1999年の映画『インサイダー』のモチーフとなった。この映画では、フィリップ・ベイカー・ホールがヒューイットの役を演じた。 2002年、『60ミニッツ』の視聴率が低下し、数十年にわたって視聴率トップ10に入っていた番組が20位にまで落ち込んだこともあり、CBSは『60ミニッツ』のトップの座をヒューイットから交代させるべきではないかという議論が世間で起きた。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、『60ミニッツII(英語版)』のプロデューサーのジェフ・フェイガー(英語版)が後任候補として浮上していると報じ[2]、実際にフェイガーが就任した。この番組からは未だに年間2千万ドル以上の利益が生み出されていたが、視聴率と収益の低下により、「経営陣を無視して巨額の報酬を要求するような、孤島のような番組」ではなくなってしまった[2]。

ヒューイットは81歳でエグゼクティブ・プロデューサーの座を降り、CBSと10年契約を結んでCBSニュースの特別エグゼクティブ・プロデューサーに就任した[1]。

ヒューイットの死後の2010年1月、『60ミニッツ』はヒューイットの追悼特集を放送した[13]。

2018年、CBSの内部調査により、1990年代にヒューイットが当時のCBS社員に対して何年にもわたって性的暴行を繰り返したと訴えられていたことが判明した。CBSは、この社員の申し立てが信憑性のあるものであると判断し、2018年までに500万ドル以上の和解金を支払った[14]。

私生活と死去

ヒューイットは、生涯で3回結婚している。

1945年にメアリー・ウィーバー(Mary Weaver)と結婚し、ジェフリーとスティーブンの2人の息子をもうけた[15]。

メアリーとは1963年に離婚し、同年に演劇プロデューサーのフランキー・ティーグ(英語版)と結婚した。フランキーは、歴史のあるフォード劇場を修復し、現役の劇場として再開させた。2人の間には娘のリサ・ガブリエル・ヒューイット・カサラ(Lisa Gabrielle Hewitt Cassara、テレビ番組『カレント・アフェアー(英語版)』のプロデューサー)が生まれた[16]ほか、フランキーと前夫との間に生まれた娘ジリアン・チルダース(Jilian Childers)を養子に迎えた[15]。フランキーとは1974年に離婚した。

1979年にジャーナリストのマリリン・バーガー(英語版)と結婚し、死ぬまで添い遂げた[15]。マリリンを通して、ヒューイットはロブ・フィッシュマン(英語版)の義理の大叔父である。

2009年3月に膵癌と診断され、同年8月19日にニューヨーク州ブリッジハンプトン(英語版)の自宅で亡くなった[3][17]。

賞と栄誉

著作物

映像外部リンク
Booknotes interview with Hewitt on Tell Me a Story, April 1, 2001, C-SPAN

1985年、ランダムハウス社から、『60ミニッツ』の歴史を綴った"Minute by Minute"(ISBN 0394546415)が出版された。

2001年、PublicAffairs社から、ヒューイットの自伝"Tell Me a Story: Fifty Years and 60 Minutes in Television"(ISBN 1586480170)が出版された。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 Harris, Kathryn (August 19, 2009). “Don Hewitt, Creator, First Producer of '60 Minutes,' Dies at 86”. Bloomberg August 19, 2009閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 Rutenberg, Jim (November 25, 2002). “CBS Wants '60 Minutes' Chief To Hand Over the Stopwatch”. The New York Times August 20, 2009閲覧。
  3. 1 2 Staff writer (August 19, 2009). “TV News Giant Don Hewitt Dies At 86.” August 19, 2009閲覧。
  4. ↑ Steinberg, Jacques (August 20, 2009). “Don Hewitt, Creator of '60 Minutes,' Dies at 86”. The New York Times
  5. 1 2 The Tablet Magazine: "Don Hewitt on His Judaism - The ‘60 Minutes’ creator died today at 86. For the book ‘Stars of David,’ he talked about his religion." By Abigail Pogrebin August 19, 2009
  6. ↑ The Don Hewitt Saga. evesmag.com. Retrieved April 16, 2021.
  7. ↑ Don Hewitt dies at 86; creator of ’60 Minutes’. Los Angeles Times. Published August 20, 2009. Retrieved April 16, 2021.
  8. 1 2 Steinberg, Jacques (August 19, 2009). “Don Hewitt, Creator of 60 Minutes,' Dies at 86”. The New York Times August 19, 2009閲覧。 (Website registration required.)
  9. ↑ Photograph Identification Guide from the website of art historian David Rudd Cycleback
  10. ↑ http://thedownholdproject.centraldesktop.com/publicdownholdproject/doc/1083944/w-NewsPicturesService
  11. ↑ Sixty Minutes, rebroadcast of Memorial to Don Hewitt, 24 January 2010.
  12. ↑ The Insider (Motion picture). Touchstone Pictures. 1999. 該当時間: 2:33:32. Although based on a true story, certain elements in this motion picture have been fictionalized for dramatic effect.
  13. ↑ “Archived copy”. 2010年1月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月15日閲覧。
  14. ↑ Abrams, Rachel; Koblin, John (December 6, 2018). “At '60 Minutes,' Independence Led to Trouble, Investigators Say”. The New York Times December 13, 2018閲覧。
  15. 1 2 3 New York Times: "Don Hewitt, Creator of ‘60 Minutes,’ Dies at 86" By JACQUES STEINBERG August 19, 2009
  16. ↑ New York Times: "WEDDINGS; Lisa G. Hewitt, William Cassara" April 18, 1993
  17. ↑ Bauder, David (August 19, 2009). “CBS News pioneer Don Hewitt, who invented '60s Minutes' dies at 86.”. Chicago Tribune. オリジナルのAugust 22, 2009時点におけるアーカイブ。 August 19, 2009閲覧。
  18. ↑ “Paul White Award”. Radio Television Digital News Association. 2014年5月27日閲覧。
  19. ↑ Don Hewitt Personal Award Archived June 11, 2010, at the Wayback Machine. from the Peabody Award website
  20. ↑ “Walter Cronkite School of Journalism and Mass Communication”. November 23, 2016閲覧。

外部リンク