ニクサ・バレザ

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ニクサ・バレザ
原語名 Nikša Bareza
生誕 (1936-03-31) 1936年3月31日
出身地 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア
スプリト
死没 (2022-01-17) 2022年1月17日(85歳没)
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者

ニクサ・バレザ(Nikša Bareza, 1936年3月31日[1] - 2022年1月17日)は、ユーゴスラビア王国出身の指揮者[2][3][4]。

生涯

ユーゴスラビア王国領スプリト出身。ザグレブ音楽院でロヴロ・フォン・マタチッチに指揮法を学び[5]、1959年に卒業後、モーツァルテウム音楽院でヘルマン・シェルヘンの薫陶を受けた。ミラン・ザックスやヘルベルト・フォン・カラヤンのレッスンも受けた。

1965年から1974年までザグレブ歌劇場の指揮者を務め、1972年にはウィーン国立歌劇場に初登場を果たした。1978年から1981年までチューリヒ歌劇場、1981年から1990年までグラーツ市立歌劇場の音楽総監督とグラーツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を歴任した。1992年からクロアチア放送交響楽団の首席指揮者を務め、ミラノ・スカラ座にも度々客演するようになった。2001年から2007年までケムニッツ劇場およびロベルト・シューマン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽総監督を務めた。

脚注

  1. ↑ “Nikša Bareza”. vecernji.hr. 2016年12月1日. 2019年9月15日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年9月15日閲覧.
  2. ↑ アーカイブ 2019年2月17日 - ウェイバックマシン
  3. ↑ ニクサ・バレザ - Discogs(英語)
  4. ↑ アーカイブ 2019年9月15日 - ウェイバックマシン
  5. ↑ 『指揮者のすべて』音楽之友社、東京都、1996年、197頁。ISBN 9784276960220。