ニューギニア航空

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ニューギニア航空
IATA
PX
ICAO
ANG
コールサイン
Niugini
設立 1973年11月1日
ハブ空港 ポートモレスビー・ジャクソン国際空港
親会社 Air Niugini Limited
保有機材数 12機
就航地 25都市
本拠地 パプアニューギニア
ポートモレスビー
外部リンク https://www.airniugini.com.pg/
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ニューギニア航空(Air Niugini)は、パプアニューギニアの国営航空会社である。

概要

1973年11月1日に国内線と近隣諸国との国際線を運航する国営航空会社として設立された。「エアニューギニー」が正式名称であり、民間のPNG航空(パプアニューギニア・エアー)とは異なる航空会社である。尾翼に国鳥でもあるゴクラクチョウが描かれている。

保有機材と退役機種

2021年現在[1][2]

2007年8月に、ニュージーランド航空から長期リースしていたボーイング767機の契約が切れて以来、ビバマカオ(マカオ)、コンチネンタル航空(米国)、ホワイト・エアウェイズ(ポルトガル)など、様々な国の航空会社から機体を調達していたが、アイスランド航空から長期リースしたボーイング767機が2008年6月1日より運航を開始した。2010年8月からDHC-8-Q400が1機、2010年8月よりボーイング767が1機追加導入された。[要出典]

就航都市

国内線

パプアニューギニアの旗 アロタウ、ブカ、ダル、ゴロカ、ホスキンズ(英語版)、カビエン、ケレマ、カイウンガ(英語版)、クンディアワ(英語版)、ラエ、リヒール島(英語版)、マダン、マヌス島、メンディ、マウントハーゲン、ポポンデッタ、ラバウル、タブビル(英語版)、タリ(英語版)、ヴァニモ(英語版)、ワペナメンダ、ウェワク

国際線

日本便

かつて、日本へは首都のポートモレスビーより成田空港に乗り入れていた。2018年9月から週2便(成田発着水曜、土曜運航)運航機材ボーイング737でミクロネシア・チューク空港経由便となり、同年10月からは航空関連政治経済、運航乗務員調整等の様々な状況、環境変化に対応し運航調整運休対象路線となり、週1便(成田発着土曜運航)の運航となる見込み[4]であったが事故による機材不足もあり、[要出典]同年10月13日以降週1便(成田発着土曜運航)の直行運航の運休減便対応となっていた[5]。

成田便は2002年4月にB滑走路暫定オープンに伴う発着枠増により就航した。2010年3月まで週1便(土曜運航)のみの運航で、更に増便を希望していたが成田国際空港の発着枠が確保できず実現していなかった。しかし、ようやく2010年春の増便枠を取得し、2010年3月からは週2便(水、土)体制となっていた。 成田空港では第2ターミナルを使用しており、整備、貨物、旅客等のハンドリング諸業務は、日本航空に委託している。[要出典]

国営企業ということもあり、同社日本支社事務所は「パプアニューギニア政府観光局」の日本事務所を兼ねていたが、2007年から株式会社アルコネット日本地区総代理店によるニューギニア航空単独の事務所となっている。当初は千代田区神田神保町にオフィスを構えていたが手狭になり、2004年4月に東京都千代田区九段南一丁目6番17号 千代田会館6階に移転した。成田空港内のオフィスは、同社便の運航される水曜日、土曜日のみの営業で空港常駐の社員は居ない。[要出典]

かつて(1977年から1981年にかけて)鹿児島と福岡にボーイング707で乗り入れていた。また、関西国際空港開港後(1997年~1998年)、関西国際空港にエアバスA310で就航していたが、すぐに運休となった。[6]

事故

  • 2013年10月19日、PX2900貨物便がマダン空港(英語版)からの離陸に失敗した。乗員3人は無事だったが、機体は水没した。機体の過積載と重心が安全範囲内外にあったため離陸不能となったことが事故原因である。

脚注

  1. ↑ Air Niugini fleet details - AirFleets.net
  2. ↑ Air Niugini Fleet Details and History - PlaneSpotters.net
  3. ↑ “ニューギニア航空のPX73便、ラグーンへ着陸 搭乗者は全員生存”. FlyTeam. (2018年9月28日)
  4. ↑ 10月1日〜水曜日便運休のご案内 - GSA アルコネット
  5. ↑ 成田/チューク/成田 区間運休のご案内 - GSA アルコネット
  6. ↑ (参考図書:旅客機雑学のすすめ 谷川一巳:著 山海堂:2000年刊 より)[要文献特定詳細情報]

外部リンク