ヒーンギーラ

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ヒーンギーラ
アルハン・フン(英語版)の君主
c. 440年 - 490年の、ヒーンギーラ王のドラクマ銀貨。銘文はバクトリア語で

χιγγιλο αλχοννο "Khiggilo Alchono"と書かれ、アルハン・フンのタムガ(印章)である「」が添えられている[1][2]。
在位期間
440年 - 490年
次代 メハマ

出生 c. 430年
中央アジア
死亡 c. 490年
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ヒーンギーラ[3] (バクトリア語: χιγγιλο Khingilo, ブラーフミー文字: Khi-ṇgi-la, 中古中国語: 金吉剌 Jīnjílà, ペルシア語: شنگل Shengil; 430年ごろ-490年)は、フーナ族(英語版)(アルハン・フン(英語版)[3]、バクトリア語: αλχανο, 中古中国語: 嚈噠)の初代の王。エフタル王フシュナヴァーズ(英語版) (fl. 、484年)と同時代の人物である。

概要

烏孫が柔然の圧力を受けてセミレチエからパミール高原へ移動すると、ヒーンギーラは460年ごろにウアルとXionites(英語版)を統合し、エフタルの王朝を築いた。

ミティリーニの司教で教会史家のザカリアス・スコラスティクス(英語版) (c. 465年, ガザ – 536年以降)の記述によれば、烏孫に奪われた耕作地の代わりを求めたヒーンギーラ率いる「ウアルとChionites」が西のサビル族(英語版)を追い出し、そのサビル族はウゴル系・オノグル系のサラグル族に取って代わり、そのサラグル族が東ローマ帝国に同盟と土地を求めてきたのだという。

ヒーンギーラは硬貨の銘としてブラフミー文字で「デーヴァシャヒ ヒーンギーラ」 (, Deva Shahi Khingila、神-王ヒーンギーラの意)と刻ませている[4]。

また「ヒーンギーラの印(英語版)」と呼ばれるバクトリア語の銘文が知られているが、これがヒーンギーラのものか、あるいは同名の別人物のものかは定かでない[5]。

硬貨・工芸品

脚注

  1. ↑ これらの硬貨コレクションは大英博物館に所蔵されている。同様の貨幣についてはCNG Coinsを参照。
  2. ↑ Rezakhani, Khodadad (2017) (英語). ReOrienting the Sasanians: East Iran in Late Antiquity. Edinburgh University Press. pp. 105 - 124. ISBN 9781474400305
  3. 1 2 小谷仲男「5 世紀における西北インドのフーナ族」『ヘレニズム〜イスラーム考古学研究』2019年、5頁。
  4. 1 2 Dhavalikar, M. K. (1971). “A Note on Two Gaṇeśa Statues from Afghanistan”. East and West 21 (3/4): 331 – 336. ISSN 0012-8376.
  5. ↑ ALRAM, MICHAEL (2003). “Three Hunnic Bullae from Northwest India”. Bulletin of the Asia Institute 17: 180, Figure 11. ISSN 0890-4464.
  6. ↑ CNG coins
  7. ↑ Rezakhani, Khodadad (2017) (英語). ReOrienting the Sasanians: East Iran in Late Antiquity. Edinburgh University Press. p. 199. ISBN 9781474400312
  8. ↑ CNG Coins
  9. ↑ CNG Coins
  10. ↑ Bakker, Hans T. (英語). The Alkhan: A Hunnic People in South Asia. Barkhuis. pp. 43 - 47. ISBN 978-94-93194-00-7

関連項目

外部リンク