ビル・リーフリン

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ビル・リーフリン
Bill Rieflin
ロビン・ヒッチコック&ザ・ヴィーナス - USAコロンビア公演(2009年)
基本情報
出生名 William Fredrick Rieflin II[1]
別名 ウィリアム・リーフリン
生誕 (1960-09-30) 1960年9月30日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ワシントン州シアトル
死没 (2020-03-24) 2020年3月24日(59歳没)
ジャンル インダストリアル
エクスペリメンタル・ロック
オルタナティヴ・ロック
ハードロック / ヘヴィメタル
プログレッシブ・ロック
職業 ミュージシャン、マルチ奏者、音楽プロデューサー
担当楽器 ドラム、キーボード、ギター、ベース、ボーカル
活動期間 1975年 - 2020年
レーベル First World Music
共同作業者 ミニストリー
R.E.M.
スウィート75
リヴォルティング・コックス
KMFDM
ピッグフェイス
ナイン・インチ・ネイルズ
ロビー・ウィリアムズ
スワンズ
キング・クリムゾン ほか

ビル・リーフリン[note 1](Bill Rieflin、1960年9月30日[2] - 2020年3月24日)は、アメリカ合衆国出身のミュージシャン、マルチ奏者[3]。

ミニストリーやKMFDMなどのインダストリアル・ロック、R.E.M.の録音・ツアー、キング・クリムゾンでのドラムおよび鍵盤演奏など、複数のジャンルと楽器にまたがって活動した。ソロ作品や共同名義作品では歌唱、作曲、制作も手がけた。[4][5]

来歴

生い立ちと初期活動(1960年代〜1980年代)

シアトルに生まれ、ピアノ、ギター、ドラムの順に演奏を始めた。ドラムは近所のバンドで必要とされたことがきっかけだった。[4]

プロとしての活動はシアトルで始めた。1975年、The Telepathsに在籍し、The Screamersの前身にあたるThe Tupperwaresの公演で伴奏した[6]。1979年からは、The Blackoutsでドラムを担当した。結成時のメンバーは、エリック・ヴェルナー、ローランド・バーカー、マイク・デイヴィッドソンとリーフリンで、後にデイヴィッドソンに代わってポール・バーカーが加入した。シアトルからボストン、サンフランシスコへ移り、6年間にシングルとEPを発表した。[7]

インダストリアル・ロック(1980年代後半〜1990年代前半)

The Blackoutsの解散後、ポール・バーカーはミニストリーに加わった。リーフリンがアル・ジュールゲンセンと初めて共同制作した作品の一つは、リヴォルティング・コックスによるセカンド・シングル「You Often Forget」だった。その後、ミニストリーのアルバム『ザ・ランド・オブ・レイプ・アンド・ハニー』の制作に参加した。ライブ・ビデオ『イン・ケース・ユー・ディドゥント・フィール・ライク・ショーイング・アップ (ライヴ)』では、マーティン・アトキンスとともにドラムを演奏している。ミニストリーやそのサイド・プロジェクトとの活動は、1990年代半ばまで続いた。本人によれば、作品では正式メンバーではなく「他のミュージシャン」としてクレジットされていた。このため、『フィルス・ピッグ』の録音中に活動から離れたことも、正式メンバーとしての脱退とは区別して説明している[8]。

リーフリンはアトキンスとともにピッグフェイスの初期活動に参加した。

ソロ作品と共同制作(1990年代後半〜2000年代初頭)

1995年のマイケル・ジラのソロ作『Drainland』をジラと共同プロデュースした。ジラによると、リーフリン宅の居間で録音し、言葉を中心に据えた簡素な編曲を行った。[9]後年のジラのインタビューでは、この自宅録音でサンプラーのAkai S900をマイク・プリアンプとして用い、音量と歪みを得たことが語られている。[10]

また、同じWax Trax!レーベルで活動していたクリス・コネリーと友好関係を築きつつ、First World Musicというレーベルを設立した。コネリーとは複数の作品を共同制作した。The Bells名義の『The Ultimate Seaside Companion』や、2001年の共同名義作品『Largo』などで共演し、リーフリンは鍵盤楽器も担当した。[11]

シアトルでは、キング・クリムゾンのロバート・フリップとトレイ・ガン、KMFDMのサシャ・コニエツコ、R.E.M.のピーター・バックらと交流した。フリップはソロ・デビュー作『Birth of a Giant』に参加し、リーフリン自身も歌唱を担当した。この時のセッションからの即興演奏が、CD『The Repercussions of Angelic Behavior』にまとめられた。『Birth of a Giant』では、自分が聴きたいポップ・レコードを目指し、それまでのインダストリアル作品の再現を目的とはしなかったと語っている。[5]

リーフリンは、1995年から2003年にかけてのKMFDMの作品に、ドラマー、プログラマー、ボーカリスト、およびキーボード奏者として参加した。2002年には、活動再開後のアルバム『Attak』に伴う活動でベースを担当し、2011年のアルバム『WTF?!』の制作にも参加している[12]。

1997年にはクリス・ノヴォセリックのスウィート75のアルバムで演奏した。[13]また、1998年のピーター・マーフィーのEP『Recall』では、マーフィー、サシャ・コニエツコ、ティム・スコルドと共同でプロデュースとミックスを担当した。[14]

R.E.M.とシアトルの共演者(2000年代)

R.E.M.での演奏(2008年)

スコット・マッコーイのバンド、ザ・マイナス5でドラムを担当し、ギターのピーター・バックと共演した。このつながりから、バックにR.E.M.の演奏へ招かれた。同バンドでは1997年にビル・ベリーが脱退していた。2003年のツアーで、リーフリンがライブ・ドラマーを務めた[15]。リーフリンは正式メンバーではなく、録音・ツアーを支えるミュージシャンとして参加した。R.E.M.が2011年に解散するまで活動を続けた。『コラプス・イントゥ・ナウ』では、ドラムに加え、ブズーキ、キーボード、ギターでもクレジットされている。[16]最後の3枚のスタジオ・アルバム『アラウンド・ザ・サン』(2004年)、『アクセラレイト』(2008年)、『コラプス・イントゥ・ナウ』(2011年)に参加した。[17]

ロイヤル・アルバート・ホールでのR.E.M.公演(2008年)

バック、スコット・マッコーイとは、ロビン・ヒッチコックのザ・ヴィーナス・3でも共演し、『Olé! Tarantula』『Goodnight Oslo』『Propellor Time』を録音した。マッコーイは、リーフリンとの最初のザ・マイナス5のセッションで『In Rock』を1日で録音したことや、『Goodnight Oslo』の録音で彼がテイクの完成を判断したことを回想している。[18]

即興演奏、THE HUMANSと制作活動(2000年代〜2010年代)

ピーター・バック(左)、リーフリン(中央)、カート・ブロック(右)による演奏(2012年)

リーフリンは2005年に実験的なアンサンブル「スロウ・ミュージック (Slow Music)」を結成した。フリップとバックらが参加し、リーフリンはドラムではなくシンセサイザーを演奏した。2005年と2006年に少数の公演を行い、活動をいったん休止した。2006年の公演では、演奏者が互いに音を入れる余地を残し、発想の展開を急がない即興を行っていた。[19]

2007年にはトーヤ・ウィルコックス、クリス・ウォンとTHE HUMANSを結成した。エストニア大統領トーマス・ヘンドリク・イルヴェスの誕生日の祝賀公演に向けた企画だった。[20]ウィルコックスの発案による歌と2本のベースを核とする編成で、リーフリンはベースとプロデュースを担当し、必要に応じて音を加えた。フリップも録音や公演に参加した。[4]2009年の『We Are the Humans』、2011年の『Sugar Rush』に続き、2014年に『Strange Tales』を発表した。[21]ウィルコックスによれば、第3作ではそれまでの声とベース中心の編成にドラムを加えている。彼女は、制作時にリーフリンがアイデアの採否を率直に伝え、曲を作り直す過程を重視したと説明している。[22]

エクトル・ザズーの2008年のアルバム『Corps Electriques』には、リーフリン、ケイティ・ジェーン・ガーサイド、ローン・ケント、および、ニュージャズのトランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェルが参加した。[23]

1995年のアルバム『The Great Annihilator』以来、リーフリンはスワンズの録音に継続的に参加し、2010年から2016年にかけてのスタジオ作品でもさまざまな楽器を演奏し、『My Father Will Guide Me up a Rope to the Sky』などに参加した。『The Seer』では「名誉のスワン」としてクレジットされた。ジラは2014年、録音の基本形ができた段階でリーフリンを招き、ともに音源を聴きながら、必要な演奏を加えてもらうと説明している。[24]

2012年、リーフリンはロビー・ウィリアムズのアルバム『テイク・ザ・クラウン』のドラムを演奏した。同じ2012年のテイラー・スウィフトのアルバム『レッド』では、「The Last Time」のドラムを担当した。[25]同年にはAtomic Brideのシングル「Crush Vaccine」を共同プロデュースした。[26]

キング・クリムゾン加入から死去まで(2013年 - 2020年)

2013年9月6日付けのオンライン日記で、ロバート・フリップは、リーフリンが3人のドラマーの一人として参加する、キング・クリムゾンの新しいラインナップを発表した[27]。2016年3月6日、フリップは、他のメンバー全員の同意を得てリーフリンが長期休養に入ると発表した[28]。

2017年初頭、フリップはリーフリンが復帰し、代役を務めたジェレミー・ステーシーも引き続き参加すると発表した。復帰後はドラムを主担当とせず、メロトロンやキーボードによる音の彩りに重点を置くことになった[29]。この復帰により8人編成となり、ステージではジャッコ・ジャクジクとトニー・レヴィンの間の後列で鍵盤を担当した。[30]同年10月から11月にかけてのアメリカ・秋ツアーでは、クリス・ギブソンが代役を務めた[31]。2018年に再合流した。同年発売の『メルトダウン〜ライブ・イン・メキシコ』では、2017年の公演で鍵盤を演奏しただけでなく、ドン・ガンが担当したミックスのプロデュースも行った。[32]

2017年には、スリーター・キニーのコリン・タッカーとピーター・バックを中心とするフィルシー・フレンズの『Invitation』に参加した。[33]

2017年の『The Great Annihilator / Drainland』再発では、リーフリンが保管していた両作品の未マスタリングの原ミックスを発見したことにより、ダグ・ヘンダーソンがそれを用いてリマスタリングを行った。[34]

2019年に再び長期休養に入った。同年3月には、現代画家・イラストレーターである妻フランチェスカ・サンドステン(Francesca Sundsten)が病死した。サンドステンは、キング・クリムゾンのライブアルバム『ラディカル・アクション〜ライブ・イン・ジャパン+モア』(2016年)や、ボックスセット『Audio Diary 2014-2018』(2019年)のカバーアートを手掛けていた[35]。

妻が亡くなった1年後の2020年3月24日、59歳で死去。死因は癌と報じられた[36]。


没後の映像記録

2022年公開のトビー・エイミス監督のドキュメンタリー『In the Court of the Crimson King: King Crimson at 50』には、生前のリーフリンのインタビューと演奏が収録された。エイミスは、編集期間中に亡くなったリーフリンと監督の母に作品を捧げた。リーフリンが限られた時間の中でキング・クリムゾンの演奏を選んだことを、映画の重要な要素として語っている。[37]

演奏、制作と音楽観

身体の使い方と学習

ピアノの教育を受けた一方、ドラムは長く独学を中心としていた。1989年にギター・クラフトへ参加し、身体と楽器の関係を見直したことをドラムにも応用した。1992年にはシアトル・ドラム・スクールで手の技術を学んだ。また、マイケル・シュリーヴからは、ゆっくりしたグルーヴを演奏しながら呼吸へ注意を向ける指導を受けたと述べている。[38]

アンサンブルと電子楽器

ミニストリーの制作では担当楽器を固定せず、ドラムを叩かない曲でプログラミング、鍵盤、ギターなどを担当することもあった。電子ドラムについても、生ドラムの模倣にとどめず、その楽器固有の音色や音楽上の使い方を探る姿勢を語っている。[5]

R.E.M.に参加した当初は、既存曲におけるビル・ベリーの演奏の感触を尊重した。一方、新曲では独自のパートを作り、ピーター・バックは、リーフリンがベースやギターだけでなく歌の変化に反応して伴奏を組み立てる点を指摘している。[39]また、マイケル・ジラとの制作では、まず音楽を聴いて何が必要かを考え、その都度楽器や演奏を選べる仕事の進め方を好んだという。[4]

作曲と録音制作

キング・クリムゾンの『ラディカル・アクション〜ライブ・イン・ジャパン+モア』に収録された「The Hell Hounds of Krim」「Banshee Legs Bell Hassle」「Devil Dogs of Tessellation Row」では、ギャヴィン・ハリソン、パット・マステロットと共同作曲者として記載されている。[40]

クリス・コネリーとの『Largo』では、リーフリンのピアノとコネリーのギターを使い、和音や言葉を組み合わせて共同作曲を行った。コネリーはこれを「優美な屍骸」の手法と説明し、ミキシングはリーフリンに任せたと回想している。[41]また、同作に収録された「Prayer」はリーフリンのピアノ曲で、没後にコネリーとジェシカ・ガロがハープ編曲と新しい歌詞による録音を発表した。[42]


自身の録音設備を用いた制作にも取り組み、録音技術を目的そのものとはせず、音楽上の意図に応じて使う立場をとった。[38]ドラム以外の仕事には、ピアノやベース、歌唱に加え、プロデュースとミキシングが含まれる。THE HUMANSやクリス・コネリーとの作品は、こうした複数の役割を担った例である。[11][4]

活動と主な作品の年表

図の帯は資料で確認できる活動期間、記号は作品の発売年を示す。発売年は録音年とは異なり、編集盤や没後の発表はその年に新たに演奏したことを意味しない。作品の詳細はW番号に対応する表に示す。

Blackoutsは1979年から6年間活動し[7]、ミニストリーでは1986年から1994年にかけて活動した[4][38]。R.E.M.の録音・ツアーへの参加は2003年から2011年である[17]。

年表の作品一覧

番号発売年名義・作品担当・内容
W011989Ministry
The Mind Is a Terrible Thing to Taste
ドラム、共同作曲、一部コーラス[43]
W021990Ministry
In Case You Didn't Feel Like Showing Up
ドラム[44]
W031995KMFDM
Nihil
ゲスト参加者としてレーベルが記載[45]
W041995Michael Gira
Drainland
共同プロデュース。自宅で録音[46]
W051997KMFDM
Symbols
ゲスト参加者としてレーベルが記載[47]
W061997Sweet 75
Sweet 75
パーカッション、ピアノ[48]
W071998Peter Murphy
Recall
共同プロデュース、共同ミックス(EP)[49]
W081999Angels of Light
New Mother
ピアノ、ベース、オルガン、シンセサイザー、アコースティック・ギター、コーラス[50]
W091999Bill Rieflin
Birth of a Giant
歌、シンセサイザー、ギター、ベース、オルガン、ドラム、プロデュース[51]
W101999Bill Rieflin / Robert Fripp / Trey Gunn
The Repercussions of Angelic Behavior
ドラム、ループ、共同ミックス[52]
W112001Chris Connelly / Bill Rieflin
Largo
コネリーとの共同作曲、ピアノ、ミキシング[53][41]
W122004Blackouts
History in Reverse
ドラム。初期録音を集めた編集盤[54]
W132004R.E.M.
Around the Sun
ドラム[55]
W142007Angels of Light
We Are Him
オルガン、シンセサイザー、ギター、ベース、ドラム、ピアノ、コーラス[56]
W152008Hector Zazou
Corps électriques
ケイティ・ジェーン・ガーサイド、ローン・ケントらとの共演[57]
W162008R.E.M.
Accelerate
ドラム[58]
W172009Robyn Hitchcock & the Venus 3
Goodnight Oslo
ピーター・バック、スコット・マッコーイと組むVenus 3での録音[59]
W182009The Humans
We Are the Humans
演奏、プロデュース[60]
W192010Swans
My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky
ピアノ、シンセサイザー、オルガン、ギター、ドラム、パーカッション[61]
W202011R.E.M.
Collapse into Now
ドラム、ブズーキ、キーボード、ギター[62]
W212011The Humans
Sugar Rush
演奏[63]
W222012Swans
The Seer
ピアノ、オルガン、ギター、ドラム、パーカッション、シンセサイザー、ベース、歌[64]
W232012Taylor Swift
Red
「The Last Time」のドラム[65]
W242014Swans
To Be Kind
ドラム、パーカッション、ピアノ、ベース、ギター、シンセサイザー、鍵盤[66]
W252014The Humans
Strange Tales
ベース、鍵盤、ギター、ドラム、声、プロデュース[67]
W262016King Crimson
Radical Action (to Unseat the Hold of Monkey Mind)
ドラム、キーボード、打楽器曲の共同作曲[68]
W272016Swans
The Glowing Man
ドラム、ピアノ、シンセサイザー、メロトロン、ベース、ギター、歌[69]
W282017King Crimson
Live in Chicago
キーボード[70]
W292018King Crimson
Meltdown: Live in Mexico City
キーボード、ミックスのプロデュース。2017年7月録音、ミックス担当はドン・ガン[71]
W302018Lead into Gold
The Sun Behind the Sun
ドラム(第1・2・6・8曲)[72]
W312020Toyah & The Humans
21st Century Schizoid Man
プロデュース。没後に発表されたシングル[73]

学習・制作・記録

番号年出来事内容
E011960誕生9月30日、シアトルに生まれる。[1]
E021989ギター・クラフト身体と楽器の関係を学び、ドラムにも応用する。[38]
E031992ドラムの学習シアトル・ドラム・スクールで手の技術を学ぶ。[38]
E041995Drainlandの共同制作マイケル・ジラと自宅録音・共同プロデュース。[9]
E052001Largo共同名義作品を発売。共同作曲や録音の過程は、後にコネリーが回想した。[11]
E062017原ミックスによる再発リーフリンが発見したThe Great Annihilator/Drainlandの原ミックスを用いてリマスタリングした再発盤が発売される。[34]
E072018Meltdown2017年公演の映像・音源作品でミックスをプロデュース。[32]
E082020死去3月24日に死去。59歳。[17]
E092022ドキュメンタリー映画In the Court of the Crimson King: King Crimson at 50で生前の発言・演奏が紹介される。[37]

ディスコグラフィ

ソロ・アルバム

  • Birth of a Giant (1999年)
  • The Repercussions of Angelic Behavior (1999年) ※Bill Rieflin、Robert Fripp、Trey Gunn名義
  • Largo (2001年)[11] ※Bill Rieflin & Chris Connelly名義

ミニストリー

  • 『ザ・ランド・オブ・レイプ・アンド・ハニー』 - The Land of Rape and Honey (1988年)
  • 『ザ・マインド・イズ・ア・テリブル・シング・トゥ・テイスト』 - The Mind Is a Terrible Thing to Taste (1989年)
  • 『イン・ケース・ユー・ディドゥント・フィール・ライク・ショーイング・アップ (ライヴ)』 - In Case You Didn't Feel Like Showing Up (1990年)
  • 『ΚΕΦΑΛΗΞΘ -詩篇69-』 - Psalm 69: The Way to Succeed and the Way to Suck Eggs (1992年)
  • 『フィルス・ピッグ』 - Filth Pig (1996年)

リヴォルティング・コックス

  • Live! You Goddamned Son of a Bitch (1988年)
  • Beers, Steers, and Queers (1990年)
  • 『憤逆のリヴコ』 - Linger Ficken' Good (1993年)

ラード

  • 『ラスト・テンプテーション・オブ・リード』 - The Last Temptation of Reid (1990年)
  • 『ピュア・チューイング・サティスファクション』 - Pure Chewing Satisfaction (1997年)
  • 70's Rock Must Die (2000年)

KMFDM

  • Naïve (1990年)
  • 『ニヒル』 - Nihil (1995年)
  • 『エクストート』 - Xtort (1996年)
  • 『F×S×C×S×P』 - Symbols (1997年)
  • Adios (1999年)
  • Attak (2002年)
  • Sturm & Drang Tour 2002 (2003年)
  • WWIII (2003年)
  • WTF?! (2011年)

ピッグフェイス

  • Gub (1991年)
  • Lean Juicy Pork (1991年) ※インタビューのみ
  • Welcome to Mexico... Asshole (1991年)[74]

スワンズ

  • The Great Annihilator (1995年)
  • Soundtracks for the Blind (1996年)
  • My Father Will Guide Me up a Rope to the Sky (2010年)
  • The Seer (2012年)
  • 『トゥ・ビー・カインド』 - To Be Kind (2014年)
  • 『ザ・グローイング・マン』 - The Glowing Man (2016年)

Angels of Light

  • New Mother (1999年)
  • We Are Him (2007年)

R.E.M.

  • 『アラウンド・ザ・サン』 - Around the Sun (2004年)
  • 『R.E.M. ライヴ』 - R.E.M. Live (2007年)
  • 『アクセラレイト』 - Accelerate (2008年)
  • 『ライヴ・アット・ジ・オリンピア』 - Live at the Olympia (2009年)
  • 『コラプス・イントゥ・ナウ』 - Collapse into Now (2011年)

スロウ・ミュージック(Slow Music Project)

  • Live At The Croc 19 Oct 2005 (2005年録音)
  • May 6, 2006 - The Showbox, Seattle, WA (2008年、DGMLive.com)
  • May 05, 2006 Aladdin Theater, Portland, OR (2008年、DGMLive.com)
  • May 09, 2006 - Great American Music Hall, San Francisco, CA (2008年、DGMLive.com)
  • The Coach House, San Juan Capistrano, CA - May 12, 2006 (2009年、DGMLive.com)

ロビン・ヒッチコック&ザ・ヴィーナス・3

  • 『オーレイ!タランチュラ』 - Olé! Tarantula (2006年)
  • Goodnight Oslo (2009年)
  • Propellor Time (2010年)

THE HUMANS

  • We Are the Humans (2009年)
  • Sugar Rush (2011年)
  • Strange Tales (2014年)

キング・クリムゾン

  • 『ライヴ・アット・オルフェウム』 - Live at the Orpheum (2015年)
  • 『ライヴ・イン・トロント』 - Live in Toronto (2016年)
  • 『ラディカル・アクション〜ライブ・イン・ジャパン+モア』 - Radical Action to Unseat the Hold of Monkey Mind (2016年)
  • 『ライブ・イン・シカゴ 2017』 - Live in Chicago (2017年)
  • 『メルトダウン〜ライブ・イン・メキシコ』 - Meltdown: Live in Mexico City (2018年)

参加アルバム

  • スウィート75: Sweet 75 (1997年)[75]
  • ピーター・マーフィー: Recall (1998年、EP)[14]
  • テイラー・スウィフト: 『レッド』 - Red (2012年、「The Last Time」に参加)[25]
  • 1000 Homo DJs: "Supernaut" (1990年)
  • マイケル・ジラ: Drainland (1995年)
  • ナイン・インチ・ネイルズ: 『ザ・フラジャイル』 - The Fragile (1999年)
  • Land: Road Movies (2001年)
  • Lead into Gold: The Sun Behind the Sun (2018年)

脚注

  1. ↑ 「ウィリアム・リーフリン」(William Rieflin)の表記もある。とりわけ活動初期はこちらの表記の方が多く見られた。

出典

  1. 1 2 “William Fredrick Rieflin II — Obituary” (英語). The Seattle Times / Legacy (2020年4月2日). 2026年10月25日閲覧。
  2. ↑ Bill Rieflin AllMusic(英語)2022年10月1日閲覧。
  3. ↑ Tortorici, Frank (1998年9月29日). “Revolting Cocks' Bill Rieflin”. MTV.com. 2017年6月16日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 Ann Powers (2011年9月29日). “Talking Shop With Bill Rieflin, Journeyman Musician” (英語). NPR / VPM. 2026年10月25日閲覧。
  5. 1 2 3 Gail Worley (1999年11月4日). “What a Long, Strange Trip It’s Been: The Definitive Bill Rieflin Interview” (英語). Ink 19. 2026年10月25日閲覧。
  6. ↑ Reighley, Kurt (2006-10-09), “The Screamers”, Seattle Weekly 2026年10月25日閲覧。
  7. 1 2 “Blackouts: History In Reverse [KLP164]” (英語). K Records. 2026年10月25日閲覧。
  8. ↑ Worley, Gail (1999年11月4日). “What a Long, Strange Trip It's Been: The Definitive Bill Rieflin Interview”. Ink19.com. 2018年2月26日閲覧。
  9. 1 2 Michael Gira (2008年). “Drainland — Michael Gira” (英語). Young God Records. 2026年10月25日閲覧。
  10. ↑ Hillary Johnson (2006年). “Michael Gira: Swans, Akron/Family, Devendra Banhart” (英語). Tape Op. 2026年10月25日閲覧。
  11. 1 2 3 4 “Bill Rieflin & Chris Connelly” (英語). Chris Connelly. 2026年10月25日閲覧。
  12. ↑ “Metropolis Mail Order // WTF?!” (2011年1月21日). 2011年1月21日閲覧。
  13. ↑ “Sweetness in Seattle” (英語). The Independent (1997年). 2026年10月25日閲覧。
  14. 1 2 Red Ant Records (1998年11月2日). “Peter Murphy: Recall(広告), p.20” (英語). CMJ New Music Report. 2026年10月25日閲覧。
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  16. ↑ “Collapse Into Now: Credits” (英語). R.E.M.HQ. 2026年10月25日閲覧。
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  24. ↑ Andrew Hannah (2014年5月14日). “Michael Gira of Swans: Nothing is a coincidence” (英語). The Line of Best Fit. 2026年10月25日閲覧。
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外部リンク