ベルンハルト・コンツ

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ベルンハルト・コンツ(Bernhard Conz, 1906年6月1日 - 1999年6月11日)は、ドイツの指揮者[1][2]。

カールスルーエに画家のヴァルター・コンツの息子として生まれる。地元の音楽院を経てベルリン高等音楽院に進学し、1926年にライプツィヒ歌劇場のコレペティートルに就いた。翌年からベルリン国立歌劇場でエーリヒ・クライバーのアシスタントとなる。その後、ノイシュトレーリッツ、ヴロツワフ、シュチェチン、シュトゥットガルト、ケーニヒスベルク、ニュルンベルク、ハイデルベルクの各都市の劇場で指揮をし、1947年から1951年までラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めた。1951年から1974年までビーレフェルト歌劇場の音楽監督を歴任。1957年からヘルベルト・フォン・カラヤンの主宰するザルツブルク音楽祭に参加した。

シュトゥットガルトにて没。

脚注

  1. ↑ “Bernhard Conz”. 2017年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月31日閲覧。
  2. ↑ “ZUM TODE VON BERNHARD CONZ”. Opernwelt 40: 75. (1999).