ペタル・シェグルト

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ペタル・シェグルト
2008年のシェグルト
名前
ラテン文字 Petar Šegrt
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1966-05-08) 1966年5月8日(58歳)
出身地 ユーゴスラビアの旗 ジュルジェヴァツ(英語版)
選手情報
ポジション DF
監督歴
年 チーム
1983-1987 ドイツの旗 FVカルヴ
1996-1997 ドイツの旗 ボーフム (アシスタント)
1997-2000 ドイツの旗 デュースブルク (アシスタント)
2000-2001 ドイツの旗 ヴァルトホーフ・マンハイム (アシスタント)
2001-2003 オーストリアの旗 DSVレオベン(英語版)
2003 オーストリアの旗 リート
2004-2006 オーストリアの旗 ウィーンSC(英語版)
2006-2008  ジョージア U-21
2008 ジョージア (国)の旗 ジョージア
2010-2011 インドネシアの旗 バリ・デヴァタFC(英語版)
2011-2013 インドネシアの旗 PSMマカッサル
2014-2015 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ズビエズダ・グラダチャツ
2015-2017 アフガニスタンの旗 アフガニスタン
2018-2020 モルディブの旗 モルディブ
2022- タジキスタンの旗 タジキスタン
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ペタル・シェグルト(Petar Šegrt、1966年5月8日 - )は、クロアチア (旧ユーゴスラビア)・ジュルジェヴァツ(英語版)出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはDF。2022年よりタジキスタン代表監督を務めている。

経歴

ユーゴスラビアのジュルジェヴァツ(英語版)に生まれるが、1970年代に家族揃ってドイツへと移住した過去を持つ。現役時代はドイツのアマチュアクラブでキャリアを終え、現役引退後すぐに指導者への道を歩み始める[1]。2006年に指導者仲間のクラウス・トップメラーらとともにジョージア代表のコーチに就任し、シェグルトはU-21ジョージア代表の監督も兼任した。2008年に南オセチア紛争が勃発するとジョージアの首都トビリシで民衆へ向けて自身の経験を踏まえた祖国防衛の重要さを説き、同国のトップニュースを飾るなど大きな反響を呼んだ[2]。

その後はインドネシアのクラブやモルディブ代表、アフガニスタン代表といったサッカー後進国での指導者経験を積んで2022年1月27日、タジキスタン代表の監督に就任した[3]。AFCアジアカップ2023ではタジキスタン史上初のベスト8に進出するも、待遇面で折り合いがつかず退任した[4]。

脚注

外部リンク