ボアズ・ソロッサ

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ボアズ・ソロッサ
名前
本名 Boaz Theofilus Erwin Solossa[1]
ラテン文字 Boaz Solossa
基本情報
国籍 インドネシアの旗 インドネシア
生年月日 (1986-01-03) 1986年1月3日(38歳)
出身地 ソロン
身長 171cm[2]
体重 67kg
選手情報
在籍チーム インドネシアの旗 プルシプラ・ジャヤプラ
ポジション FW/MF(WG)
背番号 86
利き足 左足
ユース
2002-2004 インドネシアの旗 PONパプア
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2015 インドネシアの旗 プルシプラ・ジャヤプラ 200 (140)
2016 東ティモールの旗 カルサエ 4 (1)
2016- インドネシアの旗 プルシプラ・ジャヤプラ 17 (7)
代表歴2
2003  インドネシア U-17 7 (4)
2004  インドネシア U-19 8 (2)
2007-2009  インドネシア U-23 4 (1)
2004-  インドネシア 36 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年4月29日現在。
2. 2014年10月9日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ボアズ・セオフィリウス・エルウィン・ソロッサ(Boaz Theofilus Erwin Solossa、1986年3月16日 - )は、インドネシアのサッカー選手。インドネシア代表。ポジションはFWまたはMF。インドネシア・スーパーリーグの得点王と年間最優秀選手の二冠を三回達成した。

クラブ歴

2004年にプルシプラ・ジャヤプラで選手となった。インドネシア・スーパーリーグ開幕初年度には得点王、最優秀選手の両方に輝き、2010-11シーズンにも再び両方の栄誉を手に入れた。2011年にはオランダのVVVフェンローからオファーがあったものの、家庭の事情によりプルシプラに残留した[3]。

2016年には初めてプルシプラ・ジャヤプラを去り、隣国東ティモールのカルサエFCにイマヌエル・ワンガイ、オクトヴィアヌス・マニアニと共に加入[4]。しかし同年4月を以てボアズとワンガイは僅か4試合の出場で退団、ボアズはプルシプラに復帰した[5]。

代表歴

選手になった初年である2004年、2006 FIFAワールドカップ・アジア予選のトルクメニスタン代表戦で代表初出場、この試合でイルハム・ジャヤ・ケスマへの2アシストを記録し、チームの3-1の勝利に大きく貢献した。2004 タイガーカップのメンバーにも選出され、グループステージで4得点し、イルハムの7得点に次いだ得点源となったものの、決勝でシンガポール代表に敗れて優勝とはならなかった。

その後、香港代表との親善試合でタックルを受け負傷[6]、AFCアジアカップ2007のメンバーとして出場する事が出来なくなってしまった[7]。

個人

ボアズは西パプア州で著名な一家であるソロッサ家に生まれた。彼の家族はサッカー一家であり、5人兄弟の末子として生まれた。兄のオルティザン・ソロッサ、ネヘミア・ソロッサもサッカー選手である[8]。また、叔父のジャープ・ソロッサはパプア州知事を務めた人物である。

2013年にセンデラワシ大学で経済学士を取得した。また、彼は公務員としても働いている。

プレースタイル

高いドリブル技術を持っており、精確なクロスや短いパスを左足から繰り出す選手である。

個人成績

クラブ

2016年4月29日現在
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点 出場得点
インドネシア リーグ戦 オープン杯 期間通算
2005プルシプラ・ジャヤプラプレミアDiv.16729
20061210231413
2007-081913452318
2008-09スーパー3128773835
2009-102916983824
2010-112721-2721
2011-12137-137
20133225-3225
20142010-2010
201511-11
東ティモール リーグ戦 オープン杯 期間通算
2016カルサエアマドーラ41-41
インドネシア リーグ戦 オープン杯 期間通算
2016プルシプラ・ジャヤプラ86ISC
通算インドネシア1部 200138||||25||||163
東ティモールアマドーラ 41-41
総通算 204139||||25||||164

代表

インドネシア代表
年出場得点
200453
200521
200630
200710
200800
200930
201032
201140
201200
201372
201440
201520
201622
計3610

U-23代表での得点一覧

#日附場所対戦相手得点結果大会
12007年5月16日インドネシアの旗 ジャカルタ・リパク・ブルス・スタジアム オマーン1–02–1北京オリンピックサッカーアジア予選

A代表での得点一覧

#日附場所対戦相手得点結果大会
12004年12月9日ベトナムの旗 ホーチミン・トンニャット・スタジアム ラオス0-10-62004 タイガーカップ
20-4
32004年12月11日ベトナムの旗 ハノイ・ミーディン国立競技場 ベトナム0-20-3
42005年1月3日マレーシアの旗 クアラルンプール・ブキット・ジャリル国立競技場 マレーシア1-41-4
52010年1月6日インドネシアの旗 ジャカルタ・ゲロラ・ブン・カルノ・スタジアム オマーン1-11-2AFCアジアカップ2011予選
62010年10月8日 ウルグアイ1-01-7親善試合
72013年3月23日 サウジアラビア1-01-2AFCアジアカップ2015予選
82013年10月15日 中華人民共和国1-11-1
92016年9月6日インドネシアの旗 スラカルタ・マナハン・スタジアム マレーシア1-03-0親善試合
103-0

タイトル

クラブ

プルシプラ・ジャヤプラ

個人

  • インドネシア・スーパーリーグ得点王: 2008-09, 2010-11, 2013
  • インドネシア・スーパーリーグ最優秀選手: 2008-09, 2010-11, 2013
  • PON得点王: 2004

参考文献

  1. ↑ “Data Mahasiswa”. PDDikti Kemdikbud. 9 May 2024閲覧。
  2. ↑ “Boaz Solossa: Profile”. worldfootball.net. HEIM:SPIEL. 10 October 2020閲覧。
  3. ↑ http://www.tribunnews.com/2011/01/26/ruud-harap-boaz-sollosa-bisa-bantu-vvv-venlo
  4. ↑ “Boaz Salossa joins Timorese side Carsae FC”. Football Channel Asia (24 February 2016). 25 February 2016閲覧。
  5. ↑ Noveanto, Eric (8 April 2016). “Indonesian duo Boaz and Manu leave Timor Leste club by mutual consent”. Football Channel Asia. 8 April 2016閲覧。
  6. ↑ http://www.soccerway.com/news/2007/June/01/indonesia-loses-striker-in-asian-cup-tune-up/
  7. ↑ Boaz Solossa at soccerway.com
  8. ↑ “Inilah 9 Kakak-Beradik di Sepak Bola Indonesia” (30 January 2015). 5 November 2016閲覧。

外部リンク