ボディホラー

ボディホラー (Body horror) あるいはボディ・ホラーは、ホラーのサブジャンルのひとつで、人間や他の生物の身体に対するグロテスクな、あるいは心理的に不安を喚起するような加害描写を意図的に描くことを特徴とする[1]。こうした加害描写は、変異、身体毀損、ゾンビ化、過激な暴力描写、疾病、常軌を逸した性行為、肉体・関節の不自然な挙動などの形で表現される。ボディホラーはもともと北米で生まれた映画のサブジャンルを指す用語として用いられたが、その源流は初期のゴシック文学にあり、今日では他のメディアにも広がりを見せている[2]。
特徴
ボディホラーは、人体をはじめとする生物身体の限界と変容可能性に特化したジャンルである[3]。
映画研究者リンダ・ウィリアムズは、ボディホラーをポルノグラフィ・メロドラマと並ぶ「過剰のジャンル (genres of excess)」の一つに位置づけている。ウィリアムズによれば、これらのジャンルの成否は、しばしば観客がスクリーン上で見たものをどれだけ模倣的に体験するかによって測られるといい、ホラーにおける恐怖、メロドラマにおける同情、ポルノグラフィにおける性的興奮がその典型例であるとされる[4]。
ボディホラーは他のホラーサブジャンルと重なり合うことが多いが、区別される。たとえば、身体毀損の要素はボディホラーに存在するが、スラッシャー・スプラッター・怪物映画といった近接サブジャンルも同様の描写を持ちながら、そのメッセージや意図は異なる[5]。
ボディホラーの大きな特徴として、身体への侵害や歪曲が即時的・直接的な暴力によって生じることは稀である点が挙げられる。多くの場合は、変異・疾病・その他の制御不能な変容という形をとった、身体制御能力の喪失・暴走として描かれる[6]。これにより鑑賞者に強烈な身体的・心理的嫌悪感を引き起こし、自身の肉体的脆弱性への不安を刺激することが目指されている[7]。
日本では、ウイルス感染や生物兵器を題材としたサバイバルホラーを指す「バイオホラー」と混同されることがあるが、ボディホラーは感染のパニックではなく、肉体そのものの変容・崩壊がもたらす実存的恐怖を主眼とする点で異なる。
歴史と展開
文学
メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818年)は、文学におけるボディホラーサブジャンルの初期例である。19世紀におけるゴシックホラーの隆盛と、文学形式としてのサイエンスフィクションの誕生が組み合わさることで、文学ジャンルとしてのボディホラーの起源が形成されたと考えられている[2]。ハルバースタムによれば、「身体を恐怖の焦点として描くことで、シェリーの小説はまさに人間(あるいは少なくとも肉体)こそが人々を恐怖させるものであることを示唆している……恐怖の舞台が縫い合わされた皮膚により置き換えられている」という[2]。
フランツ・カフカの『変身』も、ボディホラー文学の初期例のひとつである。主人公グレゴール・ザムザが理由不明のまま大きな虫に変身する様子を描いており、『ハエ男の恐怖』(1958年)をはじめとする後のボディホラー作品に影響を与えた。
ハーラン・エリスンの短編「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」(1967年)は、ボディホラーの要素を顕著に持つ作品である。この作品は極限的な身体毀損・強制的な変容・自律性の剥奪を描き、人体のグロテスクかつ不自然な操作を強調する。
映画

「ボディホラー」という用語を最初に用いたのはフィリップ・ブロフィで、1983年の論文「Horrality: The Textuality of the Contemporary Horror Film」においてである[8]。ブロフィはこの用語を、1980年代初頭のホラー映画に見られる、身体の変容や崩壊への恐怖を中心とした一群の作品を説明するために用いた。
1986年には、学術誌『Screen』が「Body Horror」と題した特集号を刊行し、ブロフィの論文を再録するとともに、Barbara Creedによる「怪物的女性性」に関する論考などを掲載したことで、「ボディホラー」は映画研究における理論的概念として広く定着した[9][10][11]。
ブロフィは映画における潮流を指してこの言葉を作ったが、映画監督のスチュアート・ゴードンは、ボディホラーの系譜はスクリーンへの適用以前から、特に小説の形で存在していたと指摘している[12][3]。
映画におけるボディホラーとして最古の例は『クォーターマス実験』(1955年)とされる[13]。カナダの映画監督デヴィッド・クローネンバーグは、初期作品『シーバーズ』(1975年)・『ラビッド』(1977年)および『ザ・フライ』(1986年)のリメイクを通じ、ボディホラーの主要な創始者と見なされている。
ボディホラーの型はジャンルとして広く認知される以前から映画に存在していた。『マックイーンの絶対の危機』(1958年)・『ハエ男の恐怖』(1958年)など1950年代アメリカのホラー映画に初期の例が見られ、変異と生々しい特殊効果を主眼に置いたこれらの作品がジャンルの基準を作った[14]。
2025年に開催された第97回アカデミー賞において、『サブスタンス』はアカデミー作品賞を含む5部門にノミネートされ、ボディホラー映画として初めて作品賞にノミネートされた作品となった。
日本において
ボディホラーは日本のホラー映画やアニメにも広く浸透していることが指摘される[15]。大友克洋の1988年の映画『AKIRA』は、アニメにおけるボディホラーの初期例とされる。この作品は「変容の場としての青年身体——その変容は当事者にとっても外界にとっても怪物的に映りうる——という概念」の探求にこのジャンルを用いている[16]。塚本晋也の1989年の映画『鉄男』は、サイバーパンクにおけるボディホラーの例でもあり、「人々が鉄になっていく」という形で日本社会の疎外感の寓意として機能している。
日野日出志をはじめホラー分野を専門とする多くの漫画家が、日本のホラーの物語的手法とともにボディホラーの手法を用いている[17]。H・P・ラヴクラフトの文学作品から強く影響を受けた伊藤潤二の漫画は、美的・物語的の両面から猥雑なボディホラーを描くことで、読む者の生理的嫌悪と恐怖を喚起する点で高く評価されている[1]。
ビデオゲーム
1990年代後半以降、サバイバルホラーを中心に、ボディホラー的な要素を持つビデオゲームも数多く登場している。『バイオハザード』(1996年)は、製薬会社が開発した変異ウイルスによってゾンビやハイブリッド生物、突然変異体が生み出され、それらが兵器として利用されるという設定を持つ[18]。『Fallout』(1997年)では核戦争を生き延びた生物種が放射線の影響で身体的な奇形を負う様が描かれ[19]、『パラサイト・イヴ』(1998年)では突然変異したミトコンドリアが人体を侵食し人間離れした特性を与える[20]。『BioShock』(2007年)では、ある薬物によって人間が変異し狂気に陥る様が描かれるなど[21]、ボディホラーはゲームというメディアにおいても一貫したモチーフとして扱われている。
検閲と論争

露骨な暴力やタブーとみなされ得るテーマを多分に含むため、ボディホラーに分類されるホラー作品は複数の国で検閲・禁止の対象となることがある[22]。
トム・シックス監督の『ムカデ人間』(2009年)とその続編は、過剰かつ扇情的な性的倒錯の描写を理由に「拷問ポルノ」と評され強く批判された。このことから、イギリスやオーストラリアでは続編の無修正版が公式に上映禁止とされた[23]。
フェミニスト批評とボディホラー
上述のとおり「ボディホラー」は本来〈身体の自己統御を失う恐怖〉を主な題材とするサブジャンルだったが、それが身体の境界の崩壊・変形に強く結びつくことから、月経や妊娠・出産など身体の変化を経験する女性の身体性を批評しうる概念として、とくに1980年代以降、フェミニスト映画批評の文脈において熱心に論じられるようになった。[24][25]

とりわけ大きな転機となったのは映画研究者バーバラ・クリード [英語版] による『怪物のような女:映画・フェミニズム・精神分析〈未邦訳〉(原題:The Monstrous-Feminine: Film, Feminism, Psychoanalysis)』(1993年)の刊行である。クリードはこの著作においてジュリア・クリステヴァの「アブジェクシオン(abjection)」概念を援用したうえで、ホラー映画において身体の腐敗・体液・身体境界の侵犯などを嫌悪の対象として表象する傾向が、女性の身体、とりわけ母性や生殖機能をしばしば「怪物的なもの」として構築しようとする傾向と結びついてきたと論じた。[26]
クリードはそこで描かれる女性を「怪物的女性性(monstrous-feminine)」と呼び、『エイリアン』における「原初的母 (archaic mother)」や、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』における「怪物的な子宮 (monstrous womb)」などを分析してみせた。[27] この議論は、身体の内部と外部、自己と他者、人間と非人間といった境界が不安定になることを恐怖の中心に置くボディホラーを、ジェンダー化された身体表象という観点から検討するための重要な理論的基盤となった。[28]
またこうした議論は、さらに女性の若さや老化に対する社会からのまなざし・抑圧といった、女性の身体性がもつ文化的文脈へも拡張され、ボディホラーは女性の身体をめぐる社会的規範や統制を可視化するものとして論じられてゆく。クリードは2024年の同書第2版で議論を現代の女性ホラーへ拡張し、従来の「怪物的女性性」が男性中心的な恐怖の対象として構築されるだけでなく、女性自身が自らの異質性や非人間性を引き受ける「ラディカル・アブジェクシオン(radical abjection)」へ転じうると論じた。『ジンジャー・スナップス』(2000年)、『Teeth』(2007年)、『ジェニファーズ・ボディ』(2009年)などの思春期と性を扱う作品に加え、妊娠した女性がしだいに怪物へと姿を変えてゆくジュリア・デュクルノー監督の『TITANE/チタン』(2021年)などが、この新しい「怪物的女性性」の例として取り上げられている。[29][30]

一方で、女性の身体性を恐怖の対象とする「ボディホラー」の議論においても、女性が単に抑圧・排除されるだけではなく、そうした身体をもつこと自体を社会規範への反逆の基盤と転化しうるといった主張がなされている。
フェミニスト・クイア理論の研究者エリン・ハリントンは、月経・妊娠・出産・更年期など女性の生殖に関わるものをおぞましい恐怖の対象として描く作品群を「ガイナホラー(gynaehorror)」と総称している[31]。ハリントンによれば、そうした表象は、女性の身体を不安定で統御されるべきもの、あるいは本来的に怪物的なものとして構築するミソジニーを再生産しうるが、その一方で、身体の異質性や怪物性を積極的に引き受ける表現として、女性身体をめぐる既存の規範を問い直す可能性も備えている[31]。
つまりガイナホラーは、女性身体の怪物化に加担する表現であると同時に、その怪物化の仕組みを可視化し批判する表現にもなりうる。そのようにハリントンは主張した。[31]
こうした両義性は、女性の欲望と食人を結びつけたデュクルノーの『RAW 少女のめざめ』(2016年)についても指摘されており、同作を女性主体と既存のジェンダー秩序への抵抗として読むことが可能である一方、その食人表象には人種やセクシュアリティをめぐる別の権力関係が伏在しているとの批判も提示されている。[32]
2020年代には、「フェミニスト・ボディホラー(feminist body horror)」という呼称が映画批評で用いられるようになった。コラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』(2024年)は、女性の老化、若さと美貌の規範、女性身体の商品化、男性のまなざしを、身体の分裂と崩壊というボディホラーの形式によって描いた作品として、この呼称の代表例とされることがある。[33]
脚注
- 1 2 Cruz, R. A. L. (2012). “Mutations and Metamorphoses: Body Horror is Biological Horror”. Journal of Popular Film and Television 40 (4): 160–168. doi:10.1080/01956051.2012.654521.
- 1 2 3 Halberstam, Judith (1995). Skin Shows: Gothic Horror and the Technology of Monsters. Duke University Press
- 1 2 Cardin, Matt (2017). Horror Literature Through History: An Encyclopedia of the Stories That Speak to Our Deepest Fears. Greenwood
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関連文献
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- Aldana Reyes, Xavier, Body Horror: Biology, Biopower, Biotechnology, Wallflower Press / Columbia University Press, 2026. ISBN 9780231563475.
- Diffrient, David Scott, Body Genre: Anatomy of the Horror Film, University Press of Mississippi, 2023. ISBN 9781496847973.
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- Creed, Barbara. Return of the Monstrous-Feminine: Feminist New Wave Cinema, Routledge, 2022. ISBN 9780367478179.
- Clover, Carol J. Men, Women, and Chain Saws: Gender in the Modern Horror Film, Princeton University Press, 1992. ISBN 9780691006208.(キャロル・J・クローヴァー『男と女とチェーンソー―現代ホラー映画におけるジェンダー』小島朋美訳、晶文社、2026年)
- Grant, Barry Keith ed., The Dread of Difference: Gender and the Horror Film, University of Texas Press, 1996; expanded edition, 2015. ISBN 9781477302422.
- Harrington, Erin. Women, Monstrosity and Horror Film: Gynaehorror, Routledge, 2018. ISBN 9781138231849.
- Williams, Linda. “Film Bodies: Gender, Genre, and Excess”, Film Quarterly, Vol. 44, No. 4, 1991, pp. 2–13.
- 鷲谷花「恐怖のフェミニズム―『ポストフェミニズム』ホラー映画論」(鷲谷花『姫とホモソーシャル―半信半疑のフェミニズム映画批評』青土社、2022年, 157-182頁)