ポール・アンビーユ

ウィキペディアから、無料の百科事典

ポール・アンビーユ(Paul Ambille,1930年 - 2010年7月3日)は南フランス出身の画家[1]。フランス美術界を代表する画家であり[2]、カシニョール、ビュッフェ、アイズピリなどと肩を並べる画家のひとりである[3]。

経歴

南フランス・ベジェに生まれる[1][2]。パリ国立高等美術学校に入学[1]。1955年、ローマ大賞を受賞[1]。1957年にはサン・ビトー賞を受賞[1]。

サロン・ドートンヌ会員[1]、ル・サロン会長、テーラー財団会長などを歴任した[3][4]。

2010年、フランス・クレモンの病院にて死去[3]。遺体は遺言通り、彼が愛したアレットのアトリエへ運ばれた後埋葬された[3]。

人物

  • ポーレットという名の姉がいる[3]。
  • 日本人好きであった[3]。
  • 彼の名が冠された「日仏世界展ポールアンビーユ賞」もあり、永名二委らが受賞している。
  • 画家の岡本礼子は彼に師事していた[5]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 “ポール・アンビーユのプロフィール”. アンシャンテ. 2024年9月28日閲覧。
  2. 1 2 “ポール・アンビーユ 「ポロ」”. 北海道画廊. 2024年9月28日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 “『巨匠ポール・アンビーユ逝く』”. 麗人社の社長ブログ「アートな日々是好日」. 2024年9月28日閲覧。
  4. ↑ “ポールアンビーユに捧げる”. yuriko-veryのブログ. 2024年9月28日閲覧。
  5. ↑ “岡本 礼子 | MINERVA” (2020年2月19日). 2024年9月28日閲覧。