マキシム・ド・パリ

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銀座のマキシム・ド・パリ(2008年撮影)

マキシム・ド・パリは、かつて東京都中央区銀座のソニービル地下3階にあったフランス料理店である[1]。フランス・パリのレストラン「マキシム」とのライセンス契約により1966年に開業し、2015年6月30日に閉店した[2][3]。

歴史

1960年代前半の東京では、1964年東京オリンピックを背景にホテルの開業が相次ぎ、帝国ホテルの村上信夫やホテルオークラの小野正吉ら料理人がテレビや雑誌を通じて知られるようになっていた[1]。

当時ソニー副社長だった盛田昭夫は「大人の社交場をつくりたい」と考え[1]、パリの「マキシム」とライセンス契約を結んだ[2]。1966年10月31日、同年に開業したソニービルの地下3階にマキシム・ド・パリが開店した[1][注釈 1]。オープニングディナーには高松宮宣仁親王と宣仁親王妃喜久子が列席した[5]。

2000年代には、ソニーからスタイリングライフ・ホールディングスへ店舗運営が引き継がれた[3]。閉店時には同社の子会社であるマキシム・ド・パリが店舗を運営していた[2]。

2015年6月30日、開業から49年目に営業を終了した[2]。閉店について、J-CASTニュースはスタイリングライフ・ホールディングスが「今後思うようにマキシムブランドを成長させていくのが難しい」と判断したと報じている[3]。一方、2017年にバリューマネジメントが発表したプレスリリースでは、本国の「マキシム」との契約終了に伴って閉店したとしている[6]。運営会社のマキシム・ド・パリは同年11月10日付で清算結了した[7]。

その後、ソニーは2016年6月にソニービルの建て替え計画を発表し、同ビルは2017年3月31日に営業を終了した[8]。

店舗

所在地は東京都中央区銀座5丁目3番1号、ソニービル地下3階であった[2][1]。

東京中央ネットに掲載された料理長へのインタビューによると、入口の外観から店内の内装、調度品に至るまで、パリの「マキシム」とほぼ同じ造りを再現していた。店内には深紅とゴールドを基調としたアール・ヌーヴォー調のメインダイニング、バールーム、「サロンローズ」と呼ばれる個室が設けられていた[4]。

服装は正装を原則としており、クールビズが普及した時期にも店内では上着の着用を求め、軽装の来店客にはジャケットを貸し出していた[2]。

料理人

開業時のフランス人シェフはピエール・トロワグロであった。トロワグロは1966年に初めて来日してマキシム・ド・パリのオープニングシェフを務め、その後も東京とフランスのロアンヌを行き来した[9]。

料理王国は、トロワグロが日本で魚を生で食べることや薄切りにする技法、漬物などの発酵の手法、食感や酸味の使い方に影響を受け、それらが当時の料理に現れていたとする息子ミッシェル・トロワグロの証言を紹介している。同誌の取材に対し、トロワグロのもとで働いた料理人リオネル・ベカは、1970年代のヌーヴェル・キュイジーヌの台頭は日本との出合いなくして生まれなかっただろうと述べている[9]。

同店で歴代に務めたフランス人シェフは、トロワグロのほか、ミッシェル・ペニョ、ピエール・カシエ、ベルナール・ミルゴン、ダニエル・パケ、ディディエ・ガリアン、ダニエル・マルタンの計7人とされる[10]。

日本人では浅野和夫が開店時から総料理長を務めた。浅野はパリの「マキシム」での修業経験があり、フランスから派遣されたシェフを支えるとともに、当時入手が難しかったフランス食材の調達や、ダイニングでの通訳なども担当した[10]。

日本人料理長

代氏名肩書き就任備考
初代浅野和夫総料理長1966年(開業時)パリの「マキシム」で修業[10][11]
不明[注釈 2]斎藤裕之料理長2002年7月同店で20年以上勤務[4]
4代目伊藤正顕総料理長2012年43歳で就任。浅野らのもとで修業した生え抜き[11]

苺のミルフィーユ

デザートの「苺のミルフィーユ」は同店の看板商品の一つで、かつては「ナポレオン・パイ」の商品名で販売されていた。1970年代からは関東各地の百貨店などにケーキショップを展開した[3]。

2015年6月30日の最終営業日には、ケーキショップに開店前から大行列ができた[3]。

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ 2002年に東京中央ネットに掲載された料理長へのインタビューでは、開業を「1966年11月」としている[4]。
  2. ↑ 確認できた出典には、斎藤裕之が何代目にあたるかの記載がない。

出典

  1. 1 2 3 4 5 “東京にそのままパリを持ち込んだ伝説のレストラン「マキシム・ド・パリ」とは?”. 料理王国 (2021年4月2日). 2026年9月22日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 “マキシム・ド・パリが49年目に閉店、ケーキ店も”. 銀座新聞ニュース (2015年7月1日). 2026年9月22日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 “さらば、銀座「マキシム・ド・パリ」 「苺のミルフィーユ」求め、ケーキショップに大行列”. J-CASTニュース (2015年6月30日). 2026年9月22日閲覧。
  4. 1 2 3 “マキシム・ド・パリ”. 東京中央ネット (2002年12月). 2026年9月22日閲覧。
  5. ↑ “ボキューズとトロワグロが見つめ、感じてきた日本”. 料理王国 (2021年3月10日). 2026年9月22日閲覧。
  6. ↑ “銀座・老舗フランス料理店「マキシム・ド・パリ」の伝説スイーツ「苺のミルフィーユ」が登場”. PR TIMES. バリューマネジメント (2017年9月27日). 2026年9月22日閲覧。
  7. ↑ 平成28年3月期有価証券報告書、P.53、東京放送ホールディングス、2016年6月29日
  8. ↑ “ソニー/銀座のソニービルを解体し、広場として開放”. 流通ニュース (2016年6月13日). 2026年9月22日閲覧。
  9. 1 2 “追悼、ピエール・トロワグロ ”Visionnaire(未来を見る人)”シェフ・ピエールがフランス料理と日本に残したもの。”. 料理王国 (2021年3月4日). 2026年9月22日閲覧。
  10. 1 2 3 安斎喜美子 (2021年1月9日). “【時代を築いた名店3】銀座マキシムと歴代フランス人シェフ”. 料理王国. 2026年9月22日閲覧。
  11. 1 2 “マキシム・ド・パリ”. 東京カレンダー (2013年5月21日). 2026年9月22日閲覧。