マクスド・シャー

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マクスド・シャー(咸豊7年(1857年) - 1930年(民国19年)6月6日)は、ハミ郡王家第9代(最後)の親王(在位:1882年 - 1930年)。

生涯

ムハンマドの養子[1]。光緒8年(1882年)に親王位を清の朝廷から認められた(徳宗実録巻149)。宣統3年(1911年)に辛亥革命が起こると、ハミでもティムール・ニヤーズの反乱が勃発している。

1930年6月6日、ハミにおいて病死した。

脚注

  1. ↑ 第8代王に子がなかったため、族人の子を入り婿としたとされる(佐口透「新疆コムルのイスラム公国:哈密郡王領の歴史」(東洋学報72巻3・4号1頁)・12頁)。第7代王の子であり、幼少期は戦乱を避けて天山に逃れた(哈密回王简史)。