マルチェッロ・ヴィオッティ
| マルチェッロ・ヴィオッティ | |
|---|---|
| 生誕 | 1954年6月29日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 2005年2月16日(50歳没) |
| 学歴 | ローザンヌ音楽院 |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | 指揮者 |
マルチェッロ・ヴィオッティ[1](Marcello Viotti, 1954年6月29日 - 2005年2月16日)はスイス出身の指揮者[2][3]。
略歴
スイスのフランス語圏において、イタリア人の両親のもとに生まれる。ローザンヌ音楽院でチェロ・ピアノ・声楽を学ぶ。青年時代にヴォルフガング・サヴァリッシュに師事し、その激励を得てオペラ界に進出した。1980年代から1990年代にかけて、ルツェルン、ウィーン、ブレーメン、ベルリンなどヨーロッパの多くの歌劇場で音楽監督を務める。世界中の歌劇場を客演して、プラシド・ドミンゴのような歌手と、オペラ以外の分野でも録音を行なった。最晩年には、ミュンヘン放送管弦楽団やヴェネツィアのフェニーチェ劇場で指揮者を務めた。2005年2月に脳卒中に倒れ、それから1週間後にミュンヘンの病院で他界した。
日本では、1993年以降日本フィルハーモニー交響楽団を度々指揮し、1998年以降は客演指揮者に就任している。2000年には新国立劇場でプッチーニの『トスカ』を指揮した。
息子のロレンツォ・ヴィオッティは、2026年から東京交響楽団の音楽監督に就任予定。
外部リンク
- ↑ イタリア語に近い「マルチェッロ」と日本語表記されることもある
- ↑ theguardian.com
- ↑
| 先代 ? |
ルツェルン歌劇場音楽監督 1987年 - 1990年 |
次代 ? |
| 先代 ? |
ブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督 1990年 - 1993年 |
次代 ? |
| 先代 チョン・ミョンフン |
ザールブリュッケン放送交響楽団首席指揮者 1991年 - 1995年 |
次代 マイケル・スターン |
| 先代 ダニエル・ナザレス |
MDR交響楽団首席指揮者(3人並立制) 1996年 - 1999年 |
次代 ファビオ・ルイージ |
| 先代 ロベルト・アバド |
ミュンヘン放送管弦楽団音楽監督 1998年 - 2004年 |
次代 ウルフ・シルマー |
| 先代 イサーク・カラブチェフスキー |
フェニーチェ劇場音楽監督 2002年 - 2005年 |
次代 エリアフ・インバル |