ミコラ・トチツキー
| ミコラ・トチツキー | |
|---|---|
| Микола Точицький | |
| 欧州評議会ウクライナ常任代表 | |
| 就任 2010年2月8日 − 2016年2月4日 2025年8月20日 − | |
| 大統領 | ヴィクトル・ユシチェンコ ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ ペトロ・ポロシェンコ ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 前任者 | イェウヘン・ペレリヒン ボリス・タラシュク |
| 後任者 | ドミトロ・クレバ |
| ウクライナ文化・戦略コミュニケーション大臣 | |
| 任期 2024年9月5日 – 2025年7月16日 | |
| 大統領 | ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 首相 | デニス・シュミハリ |
| 前任者 | ロスティスラフ・カランディエフ(代行) |
| 後任者 | ハリーナ・グリホレンコ(代行) |
| 大統領府副長官 | |
| 任期 2024年4月15日 – 2024年9月4日 | |
| 大統領 | ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 前任者 | アンドリー・シビハ |
| 外務副大臣 | |
| 任期 2021年9月29日 – 2024年4月12日 | |
| 大統領 | ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 首相 | デニス・シュミハリ |
| 在ベルギーウクライナ大使 | |
| 任期 2016年2月4日 – 2021年4月6日 | |
| 大統領 | ペトロ・ポロシェンコ ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 前任者 | イーホル・ドルホフ |
| 欧州連合ウクライナ代表(兼務) | |
| 任期 2016年2月4日 – 2021年4月6日 | |
| 大統領 | ペトロ・ポロシェンコ ウォロディミル・ゼレンスキー |
| 前任者 | コスティアンティン・イェリセイエフ |
| 後任者 | フセヴォロド・チェンツォフ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | 1967年9月22日(59歳) ウクライナ、ヴィーンヌィツャ州 |
| 国籍 | ウクライナ |
| 配偶者 | タマラ・トチツカ |
| 出身校 | キエフ大学 |
| 専業 | 外交官 |
| 受賞 | 功労勲章(2等、3等)、ウクライナ功労弁護士 |
ミコラ・スタニスラーヴォヴィチ・トチツキー(ウクライナ語: Микола Станіславович Точицький、1967年9月22日 - )は、ウクライナの外交官、政治家。2025年より欧州評議会ウクライナ常任代表。これまでにウクライナ文化・戦略コミュニケーション大臣(2024年 - 2025年)[1]、大統領府副長官(2024年)、外務副大臣(2021年-2024年)、在ベルギー大使(2016年-2021年)、欧州連合(EU)ウクライナ代表(2016年-2021年、兼務)、欧州評議会常任代表(2010年-2016年)などを歴任した[2]。
経歴
生い立ちと学歴
1967年9月22日、ウクライナのヴィーンヌィツャ州で生まれる。ウラディヴスケ村のウラディヴスク中学校を卒業後、1993年にキエフ大学でフランス語と英語の翻訳を専攻し卒業。1995年には同大学の国際関係研究所で国際法を学び、修士論文「核兵器使用の合法性」を執筆。1999年にはジュネーヴ安全保障政策センターで学んだ[3]。
初期のキャリア
1985年から1987年まで軍務に就いた後、1993年にウクライナ外務省に入省。武器管理・軍縮部門のアタシェや第三書記を務めた。1995年から1998年までは在ベルギー大使館で第三書記、第二書記として勤務し、NATO、EU、化学兵器禁止機関(OPCW)などとの協力に従事。1998年から1999年は外務省の核軍縮部門で第一書記を務め、ジュネーヴ安全保障政策センターで研修を受けた[4]。
外交キャリア
2000年から2001年は外務省のNATO・欧州安全保障部門で顧問を務め、2001年から2003年までは欧州評議会ウクライナ常任代表部の顧問としてストラスブールに駐在。2003年から2004年は外務省閣僚室の第一副室長、2004年から2005年は領事局長を務めた。2005年から2008年まではサンフランシスコのウクライナ総領事を務め、2008年から2010年は大統領府国際協力部の第一副部長として、ソマリア沖で拿捕された貨物船「ファイナ」の解放交渉に参加した[5]。
2010年2月8日から2016年2月4日まで欧州評議会ウクライナ常任代表を務め、2011年にはウクライナとして初の欧州評議会閣僚委員会の議長国を主導。欧州ペット保護条約の署名にも関与した[6]。
2016年2月4日から2021年4月6日まで在ベルギー大使およびEUウクライナ代表(兼務)を務め、ウクライナ・EU協会協定の効力発動やビザなし渡航の実現、欧州グリーンディールへの参加などに貢献。2016年10月24日から2021年4月6日までは在ルクセンブルク大使(兼務)を務めた[7]。
2021年9月29日から2024年4月12日まで外務副大臣を務め、2022年のロシアとの交渉(ベロヴェジスカヤ・プーシャおよびイスタンブール)やウクライナの安全保障保証に関する交渉に参加した[8]。
2024年4月15日から9月4日まで大統領府副長官を務め、同年9月5日に最高議会により文化・戦略コミュニケーション大臣に任命された[9]。
2025年7月16日、シュミハリ内閣総辞職により文化・ 戦略コミュニケーション大臣から解任された[10]。
同年8月20日、欧州評議会ウクライナ常任代表に任命された[11]。
文化外交
トチツキーは妻タマラとともに文化外交に力を入れ、2010年から2016年の欧州評議会勤務時にはウクライナ人芸術家の展覧会やコンサートを企画。2016年から2021年のベルギー駐在中には「ウクライナの春」フェスティバルや映画祭、ウクライナ人作家のイベントを開催し、2019年にはアルロンにアンナ・キエフスカヤの記念碑を建立した[12]。
栄典
脚注
- ↑ “Мінкульт очолив дипломат Микола Точицький. Що про нього відомо?” (ウクライナ語). hromadske (2024年9月5日). 2024年9月5日閲覧。
- ↑ “Указ Президента України№-230/2024 від 15.04.2024” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Офіційний сайт Посольства України в Бельгії” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Офіційний сайт Представництва України при Європейському Союзі” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Досвід культурної дипломатії в реальності або Як зробити присутність” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Про призначення М. Точицького Постійним представником України при Раді Європи” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “УКАЗ ПРЕЗИДЕНТА УКРАЇНИ №35/2016” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Про звільнення Точицького М.С. з посади заступника Міністра закордонних справ України” (ウクライナ語) (2024年4月12日). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “Мінкульт очолив дипломат Микола Точицький. Що про нього відомо?” (ウクライナ語). hromadske (2024年9月5日). 2024年9月5日閲覧。
- ↑ “Рада відправила у відставку Шмигаля та весь його уряд” (ウクライナ語). www.ukrinform.ua (2025年7月16日). 2025年7月17日閲覧。
- ↑ “УКАЗ ПРЕЗИДЕНТА УКРАЇНИ №603/2025” (ウクライナ語). ウクライナ大統領府 (2025年8月20日). 2025年8月21日閲覧。
- ↑ “Monument to Anna Yaroslavna, Queen of France, opened in Belgium”. 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “УКАЗ ПРЕЗИДЕНТА УКРАЇНИ №830/2023” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。
- ↑ “УКАЗ ПРЕЗИДЕНТА УКРАЇНИ №669/2021” (ウクライナ語). 2025年4月23日閲覧。