ヤニス・クセナキス

ウィキペディアから、無料の百科事典
ヤニス・クセナキス
Ιάννης Ξενάκης
1975年撮影
基本情報
生誕 1922年5月29日(1921年説あり)
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 ブライラ
出身地 ギリシャの旗 ギリシャ王国
死没 2001年2月4日
フランスの旗 フランス
イル=ド=フランス地域圏 パリ
ジャンル 現代音楽
職業 作曲家、建築家、土木技師

ヤニス・クセナキス(Ιάννης Ξενάκης、Iannis Xenakis、イアニス・クセナキスとも、1922年5月29日〈生年には1921年説もある〉 - 2001年2月4日)は、ルーマニア生まれのギリシャ系フランス人の現代音楽の作曲家、建築家、土木技師。[1]確率論などの数理的方法を作曲に導入するとともに、音群の密度や動き、演奏者と聴衆の空間的関係を探究した。器楽曲・声楽曲から電子音楽、光と音を組み合わせる「ポリトープ」まで活動し、コンピュータ音楽の先駆者の一人に数えられる。[2]

生涯

生い立ちと戦争

ギリシャ人の両親のもと、ルーマニアのブライラに生まれた。生年月日は通常1922年5月29日とされるが、[3]公式年譜は1921年生まれの可能性と、日付にも異説があることを記している。[4]母はピアノを弾き、幼いクセナキスが音楽に接するきっかけをつくった。1932年にギリシャに移り、スペツェス島の学校で学んだ。[2]

アテネ工科大学(英語版)で土木工学を学んだ。第二次世界大戦中はドイツによる占領に対する抵抗運動に、続いてイギリス軍に対する戦闘に加わった。[5]1945年1月1日、砲弾の破片を顔に受け、左眼の視力を失った。1947年にギリシャを脱出し、パリに定住した。祖国では欠席裁判で死刑を宣告された。[4]

パリでの建築と音楽

1947年から1959年までル・コルビュジエのアトリエで働き、はじめは技師、後には建築の協働者として、ラ・トゥーレット修道院やブリュッセル万国博覧会のフィリップス館などに携わった。[5]

音楽ではアルチュール・オネゲルやダリウス・ミヨーらに指導を求めたのち、1951年からパリ音楽院のオリヴィエ・メシアンの授業を聴講した。[4]メシアンはクセナキスの数学や建築の経験を認め、それを音楽に生かすよう励ました。[6][7]初期にはギリシャの民俗音楽と同時代の作曲語法を結びつけようとし、ピアノの『六つのシャンソン』(1950–1951年)[8]や『アナステナリア』などを書いたが、やがて音響そのものを造形する方向に進んだ。[1]

1955年のドナウエッシンゲン音楽祭でサインを求められるクセナキス。

1953年に作家のフランソワーズ・クセナキスと結婚し、1956年に娘マキが生まれた。[4]管弦楽曲『メタスタシス』(1953–1954年)は『アナステナリア』三部作の第3部に当たる。[9]1955年10月16日、ハンス・ロスバウト指揮によりドナウエッシンゲン音楽祭で初演された。[10]『ピソプラクタ』(1955–1956年)は1957年にヘルマン・シェルヘンがミュンヘンで初演した。シェルヘンは初期の作品を積極的に取り上げた指揮者の一人だった。[11]

研究、教育と晩年

1965年にフランス国籍を取得した。[12]数学と音楽の研究を進める組織EMAMuを設立し、1972年にCEMAMuへ改組した。[12]1967年から1972年にはインディアナ大学ブルーミントン校で教え、音楽数学・自動化の研究拠点CMAMを設けた。[13]1972年から1989年までパリ第1大学で教え、1975年から1978年にはロンドンのグレシャム大学で音楽教授を務めた。[14][15]セミナーで学んだ作曲家には、1974年から1978年に受講したパスカル・デュサパンがいる。[16]

1974年、ギリシャの軍事政権崩壊後に帰国した。[4]研究と創作は国際的に展開し、1997年に京都賞思想・芸術部門を受賞した。[12]1999年にはポーラー音楽賞を受賞したが、健康上の理由から授賞式には出席せず、娘マキが代理で賞を受けた。[2]後期には『ミスツ』(1981年)やピアノと管弦楽の『ケクロプス』(1985–1986年)、管弦楽曲『キアニア』(1990年)などを書いた。[8]最後の作品は打楽器独奏とアンサンブルのための『O-Mega』(1997年)で、2001年2月4日にパリで死去した。[1]

音楽と作曲思想

音群と確率

クセナキスは、個々の旋律を重ねるだけでなく、多数の音が形成する集団の性質を作曲の対象とした。雨や雹の音のように、個々の出来事の集合を密度や分布の変化として扱うのが「確率音楽」の考え方である。『ピソプラクタ』や『アコリプシス』では、確率・統計に基づく手続きが用いられた。[14]『ピソプラクタ』の一節ではグリッサンドの速度の分布に確率を用いたが、その音群の形はさらに作曲者によって造形された。[17]『メタスタシス』では、時間と音高を座標とした図により多数のグリッサンドの動きを構想している。[18]

この方法は、演奏時に奏者が任意に音を選ぶことと同じではない。ST系列ではIBM 7090による計算から音の開始時刻、音高、持続、強弱などを求め、結果を通常の楽譜に移した。[14]また、数理的な形式化が全作品の全音を一律に決めているわけでもない。音楽学者マキス・ソロモスは、厳密な形式化が適用される範囲は限られ、以前に得た素材の変形や直観的判断も創作に関わったと指摘する。[18]

集合、群、篩と図形

用いた数学的方法は一種類ではない。ピアノ曲『ヘルマ』(1960–1961年)には集合論と記号論理を用いた。[19]チェロ曲『ノモス・アルファ』(1965–1966年)には群論を適用し、『デュエル』などでは二つの演奏集団の選択をゲーム理論によって組織した。[20][19]『ヘルマ』では三つの音高集合を和集合・共通部分・補集合の操作によって組み合わせ、群を用いる作品では、あらかじめ定めた要素の変換や並べ替えを組織する。[21][22]確率、ゲーム理論、記号論理など初期の研究をまとめたのが1963年の著書『Musiques formelles』であり、後に英語版『Formalized Music』へ発展した。[19]

「篩」(クリブル)は、音階の概念を抽象化し、音高やリズムなどの系列を構成する方法である。1960年代の適用と、1977年以降の半音に基づく音階としての適用は区別される。[21]1970年代後半以降の作品では音高の篩が重要となり、『ジョンシェ』の音階にはガムランのペロッグとの関連も指摘されている。ブラウン運動に結びつく線の動きや、枝分かれする「樹形」の図も作曲に用いられた。[1]また、『オレステイア』では古代ギリシャのテキストを用いた。[1]

音楽的な順序については、旋律のように音が前後して現れる「時間内」の構造と、その旋律の基礎となる音階のように、演奏順序から独立して音の関係を定める「時間外」の構造を区別した。これは音楽が物理的な時間を持たないという主張ではなく、音高や持続の関係と、それらが実際に現れる順序とを分けて考える理論である。[23]

電子音楽とUPIC

ミュジーク・コンクレートの制作では、『ディアモルフォーズ』や『Concret PH』を手がけた。後者は1958年のフィリップス館で、エドガー・ヴァレーズの『ポエム・エレクトロニーク』の上演の間をつなぐ音楽として用いられた。[24]

UPICの描画台と計算装置(2025年撮影)。線を描く操作を音の合成に結びつける。

1970年代後半にはCEMAMuのチームとともに、描いた図を合成音に変換するUPICを開発した。これは楽譜の入力装置というだけでなく、描画を通じて音を構想するための作曲・教育の道具だった。[25]1977年に最初の試作機が生まれ、その後も改良が続いた。[26]『ミケーネ・アルファ』(1978年)はUPICを使って制作された。[27]また、楽譜上の音符を計算する確率的作曲に加え、音の波形をつくる標本値を計算する確率的合成も研究し、[28]『Gendy3』(1991年)や『S.709』(1994年)を制作した。[29]

空間、光と演奏

クセナキスは聴衆の前方に奏者をまとめる通常の配置を変更し、音の方向や移動も作品に取り込んだ。『テレテクトール』(1965–1966年)は88人の奏者を聴衆の間に配置する。[30]『ノモス・ガムマ』では98人を聴衆の間に分散させ、『ペルセファッサ』では6人の打楽器奏者が聴衆を囲む。[8]

光と音と空間を結びつける「ポリトープ」は、モントリオール(1967年)、ペルセポリス(1971年)、クリュニー(1972–1974年)、ミケーネ(1978年)などで展開した。『エルの伝説』を伴う「ディアトープ」もこの探究に位置づけられる。[5]器楽の配置と電子音響・照明による環境は、それぞれ異なる方法で聴衆を音の内部に置く試みだった。[2]

建築

1958年のフィリップス館。クセナキスはル・コルビュジエと建築計画を共同で手がけた。

ル・コルビュジエのアトリエでは、チャンディーガルなどの計画にも参加した。[4]ラ・トゥーレット修道院では、間隔の異なる縦枠によって波のようなリズムをつくるガラス面「波動ガラス壁」の設計に関わった。ル・コルビュジエ財団は、このガラス面を両者の共同設計として記述している。[31]

フィリップス館では、ル・コルビュジエが映像と光の構成を、ヴァレーズが主要な電子音楽を担当し、クセナキスは建築計画を共同で進めるとともに『Concret PH』を作曲した。[24]『メタスタシス』のグリッサンドを構想した線の束と、館の曲面をつくる幾何学には関連があり、音楽と建築を別個の活動に分けずに考える姿勢が現れている。1984年にはジャン=ルイ・ヴェレと、パリのラ・ヴィレット公園のシテ・ド・ラ・ミュジークの設計競技に参加した。[4]建築経験と音の造形の関係について、ソロモスは、全体と細部を同時に構想するという建築の考え方に注目している。[18]

演奏家、日本との関係と継承

高橋悠治は『ヘルマ』を1962年2月2日に東京で初演し、ピアノと5本の金管楽器のための『エオンタ』の1964年12月16日のパリ初演にも参加した。『エオンタ』の指揮はピエール・ブーレーズだった。[32][33]打楽器独奏から大規模なアンサンブルまで、作品は異なる編成の演奏家との共同作業を通じて実現された。『O-Mega』はエヴェリン・グレニーとロンドン・シンフォニエッタによって初演された。[34]

『響き―花―間』はNHKのスタジオで制作したテープ作品で、1969–1970年に作曲され、1970年の大阪万博で発表された。[35][36]1997年の京都賞受賞では、音を集団として捉える統計的方法と、数学的思考にとどまらない音楽の人間的・精神的な力が評価された。[12]

没後も、UPICをめぐる創作と教育、資料の保存、研究が続いている。Centre Iannis Xenakisのアーカイブにはクセナキスだけでなく、UPICの工房で活動した作曲家の資料や1985年以降の教育活動の記録も含まれる。[37]ZKMと同センターによる『From Xenakis’s UPIC to Graphic Notation Today』(2020年)は、UPICの技術史と教育・芸術上の継承を扱っている。[25]

活動年表

青色の帯は在職期間、丸印とE番号は単発の出来事を示す。年単位の共通軸で表示し、大学の在職帯は常時その地に滞在したことを意味しない。[5][13][14][15]

主な出来事

番号年月日出来事
E011947年ギリシャを脱出しパリに定住。[4]
E021955年10月16日ドナウエッシンゲン音楽祭で『メタスタシス』初演。[10]
E031962年2月2日東京で高橋悠治が『ヘルマ』を初演。[32]
E041977年CEMAMuでUPICの試作機を開発。[26]
E051997年京都賞思想・芸術部門を受賞。[12]
E062001年2月4日パリで死去。[1]

主要作品

作曲年と初演年

代表的な作品について作曲と初演を区別して示す。『メタスタシス』には異なる版があり、ここでいう初演は1955年に演奏された版のもの。[38]

作品作曲年初演年月日初演地・演奏者など
メタスタシス1953–1954年1955年10月16日ドナウエッシンゲン、ロスバウト指揮。[10][9]
ピソプラクタ1955–1956年1957年3月8日ミュンヘン、シェルヘン指揮。[11]
ヘルマ1960–1961年1962年2月2日東京、高橋悠治。[32]
エオンタ1963–1964年1964年12月16日パリ、高橋悠治、ブーレーズ指揮。[33]
テレテクトール1965–1966年1966年4月3日ロワイヤン、シェルヘン指揮。[30]
ノモス・アルファ1965–1966年1966年5月5日ブレーメン、ジークフリート・パルム。[20]
響き―花―間1969–1970年1970年大阪万博。テープ作品。[35]
ミケーネ・アルファ1978年1978年8月2日ミケーネ。UPICで制作。[27]
Gendy31991年1991年11月17日メス。確率的な音響合成。[39]
O-Mega1997年1997年11月30日ハダースフィールド、グレニー独奏、シュテンツ指揮。[40]


管弦楽

室内楽

  • フレグラ(11人の奏者)
  • ジャロン(15人の奏者)
  • タレイン(14人の奏者)
  • ST/4(弦楽四重奏)
  • エオンタ(ピアノ、2トランペット、3トロンボーン)
  • ペルセファッサ(6人の打楽器奏者)
  • プレイアデス(6人の打楽器奏者)
  • テトラス(弦楽四重奏)
  • ヴィンドゥンゲン(12人のチェロ奏者)

独奏曲

  • ヘルマ(ピアノ)
  • ノモス・アルファ(チェロ)
  • コットス(チェロ)
  • ミスツ(ピアノ)
  • エヴリアリ(ピアノ)
  • ミッカ(ヴァイオリン)
  • グメーオール(オルガン)
  • プサッファ(打楽器)
  • ルボン(打楽器)
  • A.r(ピアノ)
  • ケレン(トロンボーン)

声楽曲

  • ポラ・タ・ディナ(児童合唱、管楽器、打楽器)
  • オレステイア(混声合唱、児童合唱、12奏者)
  • 夜(12人の混声合唱)
  • サンドレ(混声合唱、管弦楽)
  • アカントス(ソプラノ、器楽アンサンブル)
  • モーリスのために(バリトン、ピアノ)

テープ音楽

  • 東洋―西洋
  • 響き―花―間
  • ペルセポリス
  • エルの伝説

電子音楽作品

  • ミケーネ・アルファ
  • クリュニーのポリトープ

著書

主な原著と対談集を示す。[19]

本人によるもの

  • musiques formelles = Revue Musicale n°253-254, 1963, 232 p. Réédition : Paris, Stock, 1981, 261 p. 『フォーマライズド・ミュージック』
  • musique architecture, Tournai, Casterman, 1971, 176 p. Nouvelle édition, augmentée : Tournai, Casterman, 1976, 238 p. 『音楽と建築』
  • arts/sciences alliages, Tournai, Casterman, 1979, 152 p. 『芸術/科学 合金』

文章の選集

  • Kéleütha, textes réunis par Alain Galliari, préface et notes de Benoît Gibson, Paris, L'Arche, 1994, 143 p.『Kéleütha』
  • Musique et originalité, Paris, Séguier, 1996, 58 p.『音楽と独創』

対談集

  • Varga, Bálint András. - Conversations with Iannis Xenakis, London, Faber and Faber, 1996, 255p.『クセナキスとの会話』

関連項目

参考文献

  • アルムート・レスラー著、吉田幸弘訳『メシアン創造のクレド――信仰・希望・愛』春秋社、2008年。ISBN 9784393931820。
  • Ξενάκη, Φρανσουάζ, Κοίτα πώς έκλεισαν οι δρόμοι μας, μτφρ. Σώτη Τριανταφύλλου, Αθήνα: Πατάκη 2003
  • Τσανάκας, Χρήστος, Iannis Xenakis: Η μουσική των άστρων, Αθήνα: Futura 2001
  • Amagali, Rosemary Tristano. 1975. "Texture as an Organizational Factor in Selected Works of Iannis Xenakis". M.M. Thesis, Indiana University.
  • Ariza, Christopher. 2005. "The Xenakis Sieve as Object: A New Model and a Complete Implementation". Computer Music Journal 29, no. 2:40–60.
  • Baltensperger, André. 1995. Iannis Xenakis und die Stochastische Musik – Komposition im Spannungsfeld von Architektur und Mathematik. Zürich. Paul Haupt.
  • Bardot, Jean-Marc. 1999. "Cendrées de Xenakis ou l'émergence de la vocalité dans la pensée xenakienne." Undergraduate thesis (equivalent). Saint-Etienne: Université Jean Monnet.
  • Biasi, Salvatore di. 1994. Musica e matematica negli anni 50–60: Iannis Xenakis. Bologne. Università degli Studi di Bologna.
  • Clark, Philip: "The Wire Primers: A Guide To Modern Music" Xenakis, pages 191–198; Verso, 2009; ISBN 978-1-84467-427-5.
  • Di Scipio, Agostino. 1998. "Compositional Models in Xenakis's Electroacoustic Music". Perspectives of New Music 36, no. 2 (Summer): 201–43.
  • Fleuret, Maurice, εκδ., Regards sur Iannis Xenakis, Παρίσι: Stock 1981
  • Harley, James. 2004. Xenakis: His Life in Music. London: Taylor & Francis Books. ISBN 0-415-97145-4.
  • Hoffmann, Peter. "Iannis Xenakis". In Macy, Laura. Grove Music Online. Oxford Music Online. Oxford University Press. (subscription required)
  • Mâche, François-Bernard. 2002. Portrait(s) de Iannis Xenakis Seuil. ISBN 2-7177-2178-9.
  • Matossian, Nouritza. 1986. Xenakis. London: Kahn and Averill. ISBN 1-871082-17-X.
  • Paland, Ralph / von Blumröder, Christoph (Ed.). 2009. Iannis Xenakis: Das elektroakustische Werk. Internationales Symposion. Tagungsbericht 2006. (Signale aus Köln. Beiträge zur Musik der Zeit, Volume 14) Wien. Der Apfel. ISBN 978-3-85450-414-6.
  • Solomos, Makis, Iannis Xenakis, Παρίσι: P-O Editions 1996
  • Varga, Bálint András. 1996. Conversations with Iannis Xenakis. London: Faber and Faber. ISBN 0-571-17959-2.
  • Xenakis, Iannis, Roberta Brown, and John Rahn. 1987. "Xenakis on Xenakis". Perspectives of New Music 25, nos. 1 and 2 (Winter and Summer): 16–63.

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 IRCAM. “Biographie — Iannis Xenakis”. 2026年10月26日閲覧。
  2. 1 2 3 4 Polar Music Prize. “Iannis Xenakis — 1999 Laureate”. 2026年10月26日閲覧。
  3. ↑ 『クセナキス』 - コトバンク
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 Anne-Sylvie Barthel-Calvet. “Biography (chronological biography)”. 2026年10月26日閲覧。
  5. 1 2 3 4 Centre Iannis Xenakis. “Eléments de biographie”. 2026年10月26日閲覧。
  6. ↑ アルムート・レスラー著、吉田幸弘訳『メシアン創造のクレド――信仰・希望・愛』春秋社、2008年、29頁。
  7. ↑ Matossian 1986, 48.
  8. 1 2 3 IRCAM. “Iannis Xenakis — Œuvres par date”. 2026年10月26日閲覧。
  9. 1 2 Les Amis de Iannis Xenakis. “Metastaseis”. 2026年10月26日閲覧。
  10. 1 2 3 IRCAM. “metastaseis”. 2026年10月26日閲覧。
  11. 1 2 IRCAM. “pithoprakta”. 2026年10月26日閲覧。
  12. 1 2 3 4 5 稲盛財団. “イアニス・クセナキス — 第13回京都賞”. 2026年10月26日閲覧。
  13. 1 2 Charles Wolcott Turner. “Xenakis in America (2014)”. 2026年10月26日閲覧。
  14. 1 2 3 4 MIT OpenCourseWare. “Session 12, History: Iannis Xenakis (21M.380, Spring 2010)”. 2026年10月26日閲覧。
  15. 1 2 Gresham College. “Music and Architecture: Confronting the Boundaries between Space and Sound”. 2026年10月26日閲覧。
  16. ↑ IRCAM. “Biographie — Pascal Dusapin”. 2026年10月26日閲覧。
  17. ↑ Benoît Gibson. “Musique stochastique”. 2026年10月26日閲覧。
  18. 1 2 3 Makis Solomos. “Survey of works by Iannis Xenakis”. 2026年10月26日閲覧。
  19. 1 2 3 4 Les Amis de Iannis Xenakis. “Livres”. 2026年10月26日閲覧。
  20. 1 2 IRCAM. “nomos-alpha”. 2026年10月26日閲覧。
  21. 1 2 Dimitris Exarchos. “Sieve Theory”. 2026年10月26日閲覧。
  22. ↑ Benoît Gibson. “Théorie des groupes”. 2026年10月26日閲覧。
  23. ↑ Dimitris Exarchos. “Hors temps / Outside of Time”. 2026年10月26日閲覧。
  24. 1 2 Fondation Le Corbusier. “Philips Pavilion, 1958 International exhibition, Brussels, Belgium”. 2026年10月26日閲覧。
  25. 1 2 Centre Iannis Xenakis. “From Xenakis’s UPIC to Graphic Notation Today”. 2026年10月26日閲覧。
  26. 1 2 Centre Iannis Xenakis. “Présentation de l’UPIC”. 2026年10月26日閲覧。
  27. 1 2 IRCAM. “mycenes-alpha”. 2026年10月26日閲覧。
  28. ↑ Peter Hoffmann. “Stochastic Synthesis”. 2026年10月26日閲覧。
  29. ↑ Makis Solomos. “Sonority”. 2026年10月26日閲覧。
  30. 1 2 IRCAM. “terretektorh”. 2026年10月26日閲覧。
  31. ↑ Fondation Le Corbusier. “Sainte-Marie-de-la-Tourette Monastery”. 2026年10月26日閲覧。
  32. 1 2 3 IRCAM. “herma”. 2026年10月26日閲覧。
  33. 1 2 IRCAM. “eonta”. 2026年10月26日閲覧。
  34. ↑ IRCAM. “o-mega”. 2026年10月26日閲覧。
  35. 1 2 Les Amis de Iannis Xenakis. “Hibiki Hana Ma”. 2026年10月26日閲覧。
  36. ↑ IRCAM. “hibiki-hana-ma”. 2026年10月26日閲覧。
  37. ↑ Centre Iannis Xenakis. “Les archives de la Constellation Iannis Xenakis”. 2026年10月26日閲覧。
  38. ↑ Boosey & Hawkes. “Iannis Xenakis — works catalogue”. 2026年10月26日閲覧。
  39. ↑ IRCAM. “gendy3”. 2026年10月26日閲覧。
  40. ↑ Les Amis de Iannis Xenakis. “O-Mega”. 2026年10月26日閲覧。

外部リンク