中世ドイツにおいて、ラント平和令は幾度も発布された。神聖ローマ帝国全体に及ぶ最古のラント平和令は、1103年に神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が発したものであった。1235年、皇帝フリードリヒ2世が発した「マインツのラント平和令(Mainzer Landfriede)」は、従来までのラテン語ではなく、ドイツ語によって記述された。1495年にヴォルムス帝国議会(en)で定められた永久ラント平和令は、帝国内における一切のフェーデを否定したもので、これにともなって帝国最高法院が設置されることになった。
ローマ街道では強盗騎士が通行する交易商を襲撃する際、「フェーデによる決闘」とすることで強盗行為を正当化していたが、ラント平和令により後ろ盾を失い衰退していった。
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