ラージガート条約

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ラージガート条約(ラージガートじょうやく、英語:Treaty of Rajghat)は、1805年12月24日にインドのラージガートにおいて、イギリス東インド会社とマラーター同盟の諸侯ホールカル家との間に締結された第二次マラーター戦争の講和条約。この条約により、2年以上にわたる第二次マラーター戦争は終結した。

概要

1805年12月、イギリス東インド会社とホールカル家のヤシュワント・ラーオ・ホールカルは第二次マラーター戦争で疲弊し、共にほぼ戦闘続行不能に陥った。

そのため、12月24日、クリスマスの前日にパンジャーブのラージガートで両者の間で講和条約が結ばれることとなった[1]。 この条約はほぼ現状維持に近く、その内容は戦争中にイギリスが占領したホールカル家のチャンバル川以北の領土(ラージャスターン地方およびブンデールカンド地方)を割譲するといったものであった[1][2][3]。

のち、1806年1月6日と2月2日にラージガート条約は改訂され、ホールカル家に占領地の大半が返還された[1]。

脚注

  1. 1 2 3 History of the Marathas - R.S. Chaurasia - Google ブックス
  2. ↑ Indore 4
  3. ↑ 小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、pp.281-282

参考文献

  • 小谷汪之『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』山川出版社、2007年。 

関連項目