レオン・フラピエ

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レオン・フラピエ
レオン・フラピエ(1908年頃)
誕生 レオン・ウジェーヌ・フラピエ(Léon Eugène Frapié)
(1863-01-27) 1863年1月27日
フランスの旗 フランス帝国パリ
死没 (1949-09-29) 1949年9月29日(86歳没)
フランスの旗 フランスパリ
職業 小説家
言語 フランス語
国籍 フランスの旗 フランス
文学活動 写実主義
代表作 第2回ゴンクール賞に選ばれた『母の手(英語版)[1][2](1904年)
『女生徒』(1905年)
主な受賞歴 第2回ゴンクール賞(1904年)
デビュー作 『田舎の女教師』(1897年)
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『母の手(英語版)』の表紙絵

レオン・ウジェーヌ・フラピエ(フランス語:Léon Eugène Frapié、1863年1月27日 - 1949年9月29日)は、フランスパリ出身の小説家。

初代ゴンクール賞受賞者ジョン=アントワーヌ・ノー(英語版)に次いで、保育園に務める主人公ローズと、貧民層の子供達の様子を写実的に書いた『母の手(英語版)[1][2]』により1904年の第2回ゴンクール賞を受賞したことで知られる。

フラピエの『母の手 (1933年の映画)(英語版)』は1933年にフランスの映画監督ジャン・ブノワ=レヴィ(英語版)、マリー・エプスタン(英語版)によって映画化された。この映画では主人公のローズは当時コメディ・フランセーズで人気を博していたマドレーヌ・ルノーが演じ、1935年にナショナル・ボード・オブ・レビュー賞トップ外国映画部門を受賞した。

また『母の手 (1949年の映画)(フランス語版)』は1949年にも同国の映画監督アンリ・ディアマン=ベルジェ(英語版)によって映画化されている。

その他の代表作に『女生徒(L’Écolière)』があり、これは太宰治の短編小説『女生徒』の由来となった。

パリの20区にあるレオン・フラピエ通り(フランス語版)に名を残している。

作品

  • 『田舎の女教師(L'Institutrice de province)』(1897年) - フラピエの処女作
  • 『Marcelin Gayard』(1902年)
  • 『女の手(La Maternelle)』(1904年) - 第2回ゴンクール賞受賞作、深尾須磨子訳、平凡社から出版されている
  • 『Les Obsédés』(1904年)
  • 『女生徒(L’Écolière)』(1905年) - 桜田佐訳、岩波文庫から出版されている
  • 『La Boîte aux Gosses』(1907年)
  • 『La Figurante』(1908年)
  • 『Les Contes de la maternelle』(1910年)
  • 『Les Contes de la guerre』(1915年)
  • 『Les Bonnes Gens』(1918年)
  • 『Nouveaux Contes de la maternelle』(1919年)
  • 『Les Amies de Juliette』(1922年)
  • 『Les Filles à marier』(1923年)
  • 『La Divinisé』(1927年)
  • 『L'Enfant perdu』(1929年)
  • 『Gamins de Paris』
  • 『Les contes de Paris』

脚注

  1. 1 2 原題は『ラ・マテルネル』(フランス語で「保育園」を意味)だが、邦題では1934年に深尾須磨子によって訳され平凡社から出版された『母の手』である。その為、本記事では『母の手』として取り扱う。
  2. 1 2 母の手 (平凡社): 1934|書誌詳細 - 国立国会図書館サーチ、2016年3月21日閲覧。

参考文献