ワルシャワでの跪き

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ゲットー英雄記念碑
ヴィリー・ブラント広場にあるモニュメントとそのレリーフの拡大写真 ヴィリー・ブラント広場にあるモニュメントとそのレリーフの拡大写真
ヴィリー・ブラント広場にあるモニュメントとそのレリーフの拡大写真

ワルシャワでの跪き(ワルシャワでのひざまづき)は、1970年12月7日、ポーランド人民共和国の首都ワルシャワを訪れたドイツ連邦共和国首相のヴィリー・ブラントが、1943年に起きたワルシャワ・ゲットー蜂起を記念するゲットー英雄記念碑(英語: Monument to the Ghetto Heroes)の前で両膝をついて跪き、両手を組んで黙祷した出来事である[1][2]。

しかし、西ドイツ国内ではブラントの行為が「ドイツ固有の領土をひざまずいて差し出した」かのようにみなされたため、「身売り外交」との批難がおこった。このためブラントは帰国後、旧東部ドイツ領からのドイツ人追放について「戦後のドイツ人の旧東部ドイツ領からの追放という不正はいかなる理由があろうと正当化されることはありません」と言明した[3]。

関連項目

脚注

  1. ↑ ワルシャワでひざまずいたブラント Brandts Warschauer Kniefall ドイツニュースダイジェスト、2009年9月16日
  2. ↑ 松川克彦「ポーランド・西ドイツ関係正常化基本条約と国境画定問題」『京都産業大学論集. 社会科学系列』第23巻、京都産業大学、2006年3月、99-125頁、ISSN 0287-9719、NAID 110004518363。
  3. ↑ 石田勇治「過去の克服 ヒトラー後のドイツ」白水社

外部リンク