上原栄子
上原栄子(うえはら えいこ、1915年〈大正4年〉6月22日 - 1990年〈平成2年〉12月9日)は、沖縄県出身の芸妓、料亭女将、著述家。幼少期に那覇の辻遊廓に売られ、芸妓として育った。戦前には辻で活動し、後に抱え親となった。沖縄戦後は料亭「松乃下」を開業し、戦後の辻地域の再建と女性たちの生活に関わった。自らの経験をまとめた回想録『辻の華』を著した。[1][2]
生涯
生い立ちと辻遊廓
1915年(大正4年)6月22日、沖縄県に生まれた。4歳の時、父親によって那覇の辻遊廓に売られ、尾類(芸妓)として育てられた。[1][2]
辻遊廓では、歌三線や琉球舞踊などの芸事を身につけた。辻の女性たちは、幼少期に遊廓へ入った後、抱え親をアンマーと呼び、同じ抱え親のもとで生活する女性同士が姉妹のような関係を築いていた。上原もこうした環境で成長した。[3]
昭和15年(1940年)には、複数の尾類を抱える抱え親となっていた。[1]
沖縄戦
1944年10月10日の那覇空襲によって、辻遊廓は壊滅した。上原は同年まで辻で生活していたが、沖縄戦によって従来の生活基盤を失った。[2][4]
戦後は石川収容所に収容され、米軍関係の労務などに従事した。上原の回想録『辻の華』戦後篇には、収容所での生活、敗戦後の混乱、米軍基地での労働や生活再建の過程が記されている。[5][6]
料亭「松乃下」の開業
戦後、上原は米軍関係者を相手とする仕事などを通じて生活を立て直し、那覇の辻地域で料亭の開業を進めた。1952年(昭和27年)、料亭「松乃下」を開業した。[6][7]
開業日は資料によって異なる。上原自身の回顧録『新篇 辻の華』では1952年12月5日を開店祝いの日としている一方、当時の『沖縄タイムス』および『琉球新報』の広告・記事には、同年12月20日に開店したと記されている。[7]
「松乃下」は、沖縄戦後の辻地域における料亭街の形成に関わった施設の一つであった。菅沼文乃の研究によれば、上原が同店を開業した背景には、米軍による都市整備が進む前に、辻遊廓にゆかりのある人々が拝所を保存しようとする意図もあった。土地の取得には、かつての遊廓の抱え親たちも関わった。[3]
上原は米軍統治下の沖縄で料亭を経営し、女性たちの生活再建にも携わった。店は「八月十五夜の茶屋」とも関連づけて紹介され、同名の作品との関係から広く知られるようになった。[2][6]
結婚と家庭
1952年、米国軍政府に勤務していたリチャード・ローズ(Richard Rose)と結婚し、一児をもうけた。夫は1971年(昭和46年)に死去した。[2][8]
晩年と著作
上原は自身の生涯と辻遊廓の経験を回想録としてまとめた。1976年、時事通信社から『辻の華―くるわのおんなたち』を刊行した。その後、戦後の経験を中心にした『辻の華 戦後篇』上・下巻を1989年に刊行した。2010年には、これらの内容を再構成した『新篇 辻の華』が出版された。[9][10][11][2]
これらの著作には、幼少期に辻へ売られた経験、遊廓での生活、尾類の芸事、沖縄戦と戦後の混乱、料亭経営などが記録されている。2020年の澤田聖也の研究論文は、上原の回想録を戦前・戦後のジュリの活動や辻遊廓の実態を知る重要な記録として取り上げている。[12]
1990年(平成2年)12月9日、死去した。[1]
『八月十五夜の茶屋』との関係
上原が経営した料亭「松乃下」は、アメリカの小説・戯曲・映画『八月十五夜の茶屋』(The Teahouse of the August Moon)との関係で語られることがある。沖縄では、同作に登場する芸妓のモデルが上原であるという説が広まっていた。[13]
しかし、渡久山幸功の2023年の研究は、この説を史実と異なるものとして検討している。原作者ヴァーン・スナイダーは1945年9月に朝鮮半島へ派遣され、上原が辻遊廓の再建を訴えたのは1946年1月であった。また、スナイダーが記録した芸妓3人の逸話は高江洲収容所に関するものであり、石川収容所にいた上原とは別の出来事であった。したがって、上原を同作の登場人物の直接のモデルとする説は、確認された事実とはいえない。[13]
著作
- 『辻の華―くるわのおんなたち』時事通信社、1976年、ISBN 4-7887-7629-4。
- 『辻の華』戦後篇 上・下、時事通信社、1989年、ISBN 4-7887-8916-7、4-7887-8917-5。
- 『新篇 辻の華』時事通信出版局、2010年。ISBN 978-4-7887-1064-1。
脚注
- 1 2 3 4 “上原栄子”. 琉文21. 2026年11月7日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “新篇 辻の華”. 時事通信出版局. 2026年11月7日閲覧。
- 1 2 菅沼文乃「宮古島から那覇市への戦後移住に関する研究―辻・若狭に居住する移住経験者を事例とする調査報告」『人類学研究所研究論集』第7巻、2019年、2026年11月7日閲覧。
- ↑ “辻村跡(チージムラアト)”. 那覇市歴史博物館. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ “戦争実話 D4-339「新篇 辻の華」”. 内閣府沖縄戦関係資料閲覧室. 2026年11月7日閲覧。
- 1 2 3 “沖縄の料亭と松乃下に関する記事”. Japan Now. 2026年11月7日閲覧。
- 1 2 “沖縄戦後、料亭松乃下が営業を再開した日および閉店した日を知りたい”. レファレンス協同データベース. 沖縄県立図書館. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ “新篇 辻の華”. 紀伊國屋書店. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ “辻の華―くるわのおんなたち”. 国立国会図書館サーチ. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ “辻の華 戦後篇 上”. 国立国会図書館サーチ. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ “辻の華 戦後篇 下”. 国立国会図書館サーチ. 2026年11月7日閲覧。
- ↑ 澤田聖也「沖縄における女性民謡歌手と沖縄民謡の関係性の変化―1940年代から1970年代にかけて」『日本オーラル・ヒストリー研究』第16巻、2020年、149-167頁、2026年11月7日閲覧。
- 1 2 渡久山幸功「時代が追い付けなかった作家―ヴァーン・スナイダーの脱植民地主義テキスト」『地域研究』第30巻、2023年、85-98頁、2026年11月7日閲覧。