上田五十騎

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上田五十騎(うえだごじゅっき)は、上杉景勝の家臣団(上田衆)から親衛隊として編成された直属の部隊である。

概要

戦国の時代に不敗を誇る上杉軍団の最強部隊で、常に先陣を務め川中島の戦いでは戦国最強の武田軍を打ち破った。出身は坂戸城より樺野沢城の出身が多かった。御館の乱以降は信濃・会津出身者も加わり、99人で編成された[1][2]。米沢藩では、五十騎組として幕末まで存続、戊辰戦争でも活躍した[3]。陣太鼓は『御実城太鼓』である[4]。

関連書籍

  • 大嶋要三『魚沼第34号 長尾越前守政景公四百五十年遠忌法要・上田長尾氏史跡公園整備事業竣工記念誌「上田士魂は義と愛にて候」上田史談会 上田五十騎』上田史談会[5]

脚注

  1. ↑ “【坂戸城/御館石垣編】上杉軍団最強の「上田五十騎」発祥の地” 2017年2月19日閲覧。
  2. ↑ “第1回” 2017年2月19日閲覧。
  3. ↑ “坂戸城登城記” 2017年2月19日閲覧。
  4. ↑ “六日町雪祭り・御実城太鼓”. YouTube 2017年2月19日閲覧。
  5. ↑ “魚沼第34号「上田士魂は義と愛にて候」”. 米沢日報 2017年2月19日閲覧。

関連項目

外部リンク