世界終末時計

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世界終末あ時計。2026年現在は「85秒前」となっている。

世界終末時計(せかいしゅうまつとけい、英語: Doomsday Clock)は、核戦争などによる人類の絶滅(ドゥームズデイ)を「午前0時」になぞらえ、それまでの残り時間を「あと何分(秒)」という形で象徴的に示す、アメリカ合衆国(米国)の雑誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists) の表紙絵として使われている時計である。

実際の動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。「人類の滅亡」は、日本のメディアでは「世界(地球)の終末」と表記されることもある[1][2]。時計の絵も、「運命の日」の時計あるい終末時計[3]とも呼ばれる。

1947年に7分前で始まり、2026年時点で最も短くなったのは同年の1分25秒(85秒)前、最も長かったのは1991年の17分前である[4]。

概要

『原子力科学者会報』の表紙(1947年)

アメリカ合衆国は第二次世界大戦中のマンハッタン計画により原子爆弾(原爆)開発に成功し、日本への原子爆弾投下は人類史上初の核攻撃となった。原爆開発に参加したことを通じて、核エネルギーをもつ戦後世界においては科学者が積極的な社会的責任を負わなければばならなくなったことを認識したシカゴ大学などの科学者らは、戦後「シカゴ原子力科学者」と呼ばれる会を組織し、その会報『原子力科学者会報』において核エネルギー管理や軍拡競争の阻止、平和の維持の方法などについて議論した。

その共同主任編集者であった物理学者ハイマン・ゴールドスミス (Hyman Goldsmith) は1947年、会報の表紙絵を芸術家マーティル・ラングズドーフ (Martyl Langsdorf) へと依頼した。物理学者の夫を持つラングズドーフは、一触即発のバランスの上に立った米国とソビエト連邦(ソ連)の冷戦時代を迎えて、核戦争という文明の危機と向かい合ったこれら科学者の切迫した危機感をわかりやすく人々へと伝える必要性を認識し、アナログ時計の針として科学者からの見解を視覚的に訴えるアイデアを考案した[5]。開始時に時計が7分前に設定されたのは、ラングズドーフにとって「見た目がよさそうだった」からという理由に過ぎなかった[5]。こうして「世界終末時計」が『原子力科学者会報』の表紙絵として誕生した。

以後、同誌は、専門家などの助言をもとに、同誌の科学・安全保障委員会での議論を経てその「時刻」の修正を毎年一度行っている。すなわち、人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ、逆に危険性が下がれば分針が戻される。1989年10月号からは、核兵器からの脅威のみならず、気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威なども考慮して、針の動きが決定されている。

時計の時刻が意味するものについて、同誌は、時計は未来を予測するものではなく、医師が検査結果だけでなく問診などを通じて総合的に診断するときのように、指導者や市民が社会状況の治療を行わない場合に起こる危険性を要約するものだとしている[5]。また、ケンブリッジ大学人類存亡リスク研究センター (en:Centre for the Study of Existential Risk, CSER) のS・J・ビアード (S.J. Beard) は、終末時計の目的が「人類が直面しているリスクがどれほど大きいかを伝えることではなく、そのリスクに私たちがどれだけうまく対応しているかを伝えること」にあるとする[6]。さらに、キューバ危機のような個別の事象ではなく、為政者が利用できる武器の存在とその使用を制限する制度・枠組みという「本質的に体系的」なものが破滅的な危機の回避にとっては重要であり、それが終末時計が測定しようとしているものだと説明する[6]。2010年代、時計が急速に針を進めた要因について、ビアードは、一つには気候変動のような新たな種類の脅威の出現とそれへの各国政府の対策の不十分さ、もう一つにはそうして複合的になったリスクの管理の課題が深刻さを増していることを挙げている[6]。

これまで分針が最も進んだのは、核兵器、気候変動、AIの影響などが考慮された、2026年の85秒前[注 1]、分針が最も戻ったのはソビエト連邦の崩壊により冷戦が終結した1991年の17分前である。

終末時計はいわば仮想的なものであり、『原子力科学者会報』の新年号の表紙などに絵として掲載されているが、シカゴ大学にはオブジェが存在する。


推移

世界終末時計の推移

年終末時計変化詳細
1947年7分前 創設。
1949年3分前4分進む
1953年2分前1分進む初の水爆実験に米国が1952年(アイビー作戦)、ソ連が翌年(RDS-6)に成功。
1960年7分前5分戻る
1963年12分前5分戻る米ソが部分的核実験禁止条約に調印。
1968年7分前5分進む
1969年10分前3分戻るアメリカ合衆国上院が核拡散防止条約を批准。
1972年12分前2分戻る米ソの第一次戦略兵器制限交渉(SALT I)と弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)締結。
1974年9分前3分進む
1980年7分前2分進む
1981年4分前3分進む
1984年3分前1分進む米ソ間の軍拡競争が激化。
1988年6分前3分戻る米ソが中距離核戦力全廃条約を締結。
1990年10分前4分戻る
1991年17分前7分戻る
1995年14分前3分進むソ連崩壊後もロシアに残る核兵器の不安。
1998年9分前5分進むインドの核実験 (1998年)とパキスタンの核実験 (1998年)。
2002年7分前2分進む
2007年5分前2分進む
2010年6分前1分戻るバラク・オバマ米国大統領による核廃絶運動。
2012年5分前1分進む
2015年3分前2分進む気候変動や核軍備競争のため。
2017年2分30秒前30秒進むドナルド・トランプ米国大統領が核廃絶や気候変動対策に対して消極的な発言[7]。
初となる秒単位での時計の推移。
2018年2分前30秒進む北朝鮮の核開発に伴う核戦争への懸念[8]。
2020年1分40秒前20秒進む中距離核戦力全廃条約失効による核軍縮への不信感
米国とイラン、北朝鮮の対立
宇宙・サイバー空間上などにおける軍拡競争の激化
気候変動に対する各国の関心の低さ[9]
2023年1分30秒前10秒進む
  • 2022年、ロシアのウクライナ侵攻における核戦争のリスク増加。また、ロシアのチェルノブイリ及びザポリージャ原子力発電所付近における紛争により、放射性物質の広範な汚染のリスク増加。
  • 2026年2月、ロシアと米国の間における新戦略兵器削減条約の失効。
  • 北朝鮮による弾道ミサイル実験。
  • 気候変動や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延と、それらのリスク軽減の為の国際的な規範や機関の崩壊。
2025年1分29秒前1秒進む核兵器の拡散や中東情勢、気候変動など[4]。
2026年1分25秒前4秒進む主要国は国家主義的となり存亡リスクを増大させている[10]。

批判

2016年、人類の未来研究所(英語版)のアンダース・サンドバーグ(英語版)は、終末時計が示す「脅威の寄せ集め」(grab bag of threats)は人々の感覚を麻痺させる可能性があると批判した[11]。人々は、より小さく段階的な課題に個別に取り組むことが重要とする立場もある。例えば、核兵器の偶発的な爆発を防ぐための措置を講じることは、核戦争を回避するための小さいながらも重要な一歩となる[12]。アレックス・バラシュ(Alex Barasch)は、『スレート』誌において、終末時計をどのように動かしているかについて説明も定量化もしていないと『原子力科学者会報』を批判し、「人類を永久かつ全面的な警戒状態に置くことは、政策や科学に関して役に立たない」と述べた[13]。

認知心理学者のスティーブン・ピンカーは、創設者が目的として述べた「人々を恐怖を以て理性的にさせて文明を維持すること」(to preserve civilization by scaring men into rationality)という言葉を引いて、終末時計を「政治的見世物」(political stunt)であると厳しく批判した。ピンカーは、終末時計は一貫性がなく、客観的な基準に基づいていないと述べ、例としてキューバ危機のあった1962年のほうが、「遥かに穏やかな2007年」よりも真夜中から遠いと判断された点を指摘した。ピンカーは、これが人類が歴史的悲観主義に傾倒した事例の一つであるとして、現実とならなかった他の破滅的な予測と比較した[14]。

保守系メディアは、しばしば『原子力科学者会報』と終末時計を批判してきた。2010年、キース・ペイン(Keith Payne)は『ナショナル・レビュー(英語版)』誌において、終末時計が「核実験および正式な軍備管理の分野における進展」の影響を過大評価していると指摘した[15]。2018年、トリスティン・ホッパー(Tristin Hopper)は『ナショナル・ポスト』紙において、「気候変動について憂慮すべきことは多い」と認めつつ、気候変動は核による徹底的な破壊と同等とは言えないとした[16]。さらに、『原子力科学者会報』が、特定の政治的アジェンダを推進していると批難する批評家もいる[12][16][17][18]。

大衆文化への登場

脚注

注釈

  1. ↑ 米ソが核戦争の寸前だったキューバ危機は反映されていない。これは短期間での出来事かつ、危機が起きた時点では詳細な状況とその結果がよく知られていなかったためで[要出典]、委員会ではその後の米ソホットラインの設置、部分的核実験禁止条約への署名といった動きを受けて、翌年1963年に7分前から12分前まで針を戻している。

出典

  1. ↑ “世界終末まで「残り2分半」=トランプ氏の姿勢反映-米科学誌”. 時事ドットコム. 時事通信社. 2017年1月27日. 2017年1月27日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年2月24日閲覧.
  2. ↑ “地球の「終末時計」 針を30秒進め 残り2分半に”. NHK NEWS WEB. 日本放送協会. 2017年1月27日. 2017年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  3. ↑ “「終末時計」残り2分半に トランプ氏の勝利など受け”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2017年1月27日. 2017年2月24日閲覧.
  4. 1 2 「人類滅亡まで残り89秒」「核のタブー 弱まっている兆候」『読売新聞』夕刊2025年1月29日3面
  5. 1 2 3 Kennette Benedict (2018年). “Doomsday Clockwork”. 2021年1月27日閲覧。
  6. 1 2 3 Beard, S.J. (2022年1月20日). “How to read the Doomsday Clock”. BBC Future. 2022年8月16日閲覧。
  7. ↑ “「世界終末時計」残り2分半、トランプ発言で30秒進む”. 日本経済新聞 電子版. 日本経済新聞社. 2017年1月27日. 2017年2月24日閲覧.
  8. ↑ “「終末時計」過去最短の残り2分に 核開発やトランプ大統領が影響”. AFP. フランス通信社. 2018年1月26日. 2026年8月14日閲覧.
  9. ↑ “終末時計 残り「1分40秒」 これまでで最短 かつてない危機”. NHK (2020年1月24日). 2020年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月24日閲覧。
  10. ↑ Science and Security Board, Bulletin of the Atomic Scientists (2026年1月27日). “It is now 85 seconds to midnight: 2026 Doomsday Clock Statement”. 2026年1月28日閲覧.
  11. ↑ “Is the Doomsday Clock Still Relevant?”. Live Science. February 24, 2016. 2019年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  12. 1 2 Chan, Sewell (2018). “Doomsday Clock Is Set at 2 Minutes to Midnight, Closest Since 1950s”. The New York Times. 2020年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  13. ↑ Barasch, Alex (January 26, 2018). “What The Doomsday Clock Doesn't Tell Us”. Slate Magazine. 2019年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  14. ↑ Pinker, Steven (2019). Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress. Penguin. pp. 308–11. ISBN 978-0-14-311138-2
  15. ↑ “Precision Prediction”. National Review. January 18, 2010. 2020年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  16. 1 2 “Why the Doomsday Clock is an idiotic indicator the world's media should ignore”. National Post. January 25, 2018. 2023年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  17. ↑ “Doomsday Clock moves closer to midnight”. CBS News. January 26, 2017. 2019年12月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月29日閲覧.
  18. ↑ “The Famed 'Doomsday Clock' Is Little More Than A Liberal Angst Meter”. Investor's Business Daily. January 25, 2019. 2020年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2020年9月26日閲覧.

関連項目

外部リンク