久勢王

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久勢王(くぜおう、生没年不詳)は、奈良時代の皇族。名は久世王とも記される。浄大参・川島皇子の孫で、従四位下・三室王の子とする系図がある[1]。官位は正五位上・木工頭。

経歴

天平9年(737年)無位から従五位下に叙爵され、翌天平10年(738年)内蔵頭に任ぜられる。天平18年(746年)大学頭に転じる。

天平勝宝元年(749年)孝謙天皇の即位に伴い従五位上に昇叙され、天平勝宝9歳(757年)正五位下となる。

淳仁朝では備後守・木工頭を歴任し、称徳朝の天平神護元年(765年)正五位上に至る。

官歴

『続日本紀』による。

系譜[1]

  • 父:三室王
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:淡海豊庭

脚注

  1. 1 2 鈴木真年『百家系図稿』巻10,天智天皇御流

参考文献

  • 宇治谷孟『続日本紀 (中)』講談社学術文庫、1995年
  • 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年