五智院但馬

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五智院 但馬(ごちいん の たじま、生没年不詳)は、平安時代後期の三井寺の僧侶[1]。

人物

治承4年(1180年)5月、以仁王の挙兵に従軍した[1]。宇治川の戦い(橋合戦)では、刀を振るい、敵の矢を切りながら進み、矢切但馬と呼ばれた(『平家物語』)[2][1]。

脚注

  1. 1 2 3 経済雑誌社 1909, p. 790.
  2. ↑ 「五智院但馬」『講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus』。コトバンクより2023年11月7日閲覧。

参考文献

外部リンク