井上辰九郎

井上 辰九郎(いのうえ たつくろう、明治元年9月23日[1]〈1868年10月7日〉 - 1943年〈昭和18年〉11月14日[2])は、明治時代から昭和時代の経済学者、銀行家。
生涯
幕臣・井上清相の長男として生まれる[3]。1883年に家督を相続する[3]。1890年に東京帝国大学法科大学政治科を卒業した後、東京大学大学院に入り応用経済学を專攻した[1][3][4]。その後東京専門学校や専修学校、東京商業学校で教鞭を執った[3]。また帝国大学農科大学、工科大学、学習院大学などで講師を務めた[3]。
1897年に日本銀行に入行し、検査役や名古屋支店の副支配役、名古屋支店長、本店調査役などを歴任した[3][4]。1902年に日本興業銀行が設立されると、その理事となった[3][4]。1907年に法学博士の学位を授けられた[3][4]。1913年日本興業銀行を辞職し、1915年に若尾逸平の若尾銀行取締役兼副頭取となる[3]。1928年に退任した[3]。この間、臨時財政経済調査会委員や臨時法制審議会の臨時委員に任命された[3]。欧米や中国、朝鮮に留学している[3]。外資輸入と借款の用務を論じる著書を著した[3]。墓所は青山霊園立山墓地[要出典]。