井芹典太

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井芹 典太(いぜり のりた、1851年3月3日(嘉永4年2月1日[1]) - 1924年(大正13年)4月20日[2])は、明治から大正時代の政治家。醸造家。大地主[1]。貴族院多額納税者議員。

経歴

肥後国、のちの熊本県八代郡宮原町(現氷川町)出身[1]。井芹嘉門の長男として生まれ、1876年(明治9年)7月に家督を相続する[1]。酒造業を営み、1915年(大正4年)時点で直接国税5200余円を納め多額納税者に列した[1]。

1890年(明治23年)には熊本県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から[3]1895年(明治28年)7月5日まで務めた[2][4]。

親族

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1915, い19頁.
  2. 1 2 衆議院、参議院 1960, 178頁.
  3. ↑ 『官報』第2179号、明治23年10月2日。
  4. ↑ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、6頁。
  5. ↑ 人事興信所 1928, イ5頁.

参考文献