亦憐真班

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亦憐真班
高麗王后

別称 徳寧公主
貞順淑儀公主
出生 至治2年(1322年)
死去 洪武8年3月14日[1]
(1375年4月15日)
埋葬 頃陵
配偶者 忠恵王
子女 忠穆王
長寧公主
父親 チョスバル
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亦憐真班(イリンチンバル)は、高麗の第28代王忠恵王の妃。モンゴル人で、元の皇族の鎮西武靖王チョスバルの娘[2]。クビライの玄孫にあたる。忠恵王が1330年に即位した際に娶る。1367年、元より貞順淑儀公主に封ぜられる[2]。

家族

脚注

  1. ↑
    辛禑元年三月甲戌,貞順淑儀公主薨。百官玄冠素服,輟朝市。 — 高麗史、巻六十四
  2. 1 2 森平雅彦 2008, pp. 15

参考文献

  • 森平雅彦「高麗王家とモンゴル皇族の通婚關係に關する覺書」『東洋史研究』第67巻第3号、東洋史研究会、2008年12月、363-401頁、doi:10.14989/152117、NAID 40016449497。