仁比山城

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仁比山城
(佐賀県)
城郭構造 連郭式山城
築城主 少弐頼尚
築城年 14世紀前半
主な城主 少弐頼尚、一色直氏、菊池武安
廃城年 不明
遺構 曲輪
指定文化財 なし
再建造物 なし
位置 北緯33度21分39.6秒 東経130度21分55.8秒 / 北緯33.361000度 東経130.365500度 / 33.361000; 130.365500
地図
仁比山城の位置(佐賀県内)
仁比山城
仁比山城
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仁比山城(にいやまじょう)は、佐賀県神埼市にあった日本の城(山城[1])。

概要

神埼市の背振山地南麓に位置する。城原川流域から背振山地に入る道を抑える要衝にあたる。旧来の比定地は仁比山神社南方・小渕集落の北の標高192mの山だが、2006年(平成18年)神社北方の山内に城郭の本体と考えられる遺構が確認されている[1][2][3]。

少弐頼尚が南朝に対抗するため築いた。文和3年(1354年)には九州探題の一色直氏が千葉氏らと共に仁比山城に入って菊池氏を撃退するなど、南北朝の間で激しい戦いが繰り返された。正平15年(1360年)には南朝の菊池武安が城主となっている[1]。

旧来は寺域南方の橿森稲荷神社がある山が比定地だったが、目立った遺構がなかった。ところが、佐賀県内城館調査の一環で範囲を広げて行われた2006年の調査で遺構が発見され、新たな比定地となっている[2]。

脚注

  1. 1 2 3 『角川日本地名大辞典』、「仁比山城」頁。
  2. 1 2 『神埼市史』第2巻、651-653頁
  3. ↑ 「仁比山城跡」『平凡社「日本歴史地名大系」』。コトバンクより2023年12月26日閲覧。

参考文献

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 41.佐賀県』角川書店、1982年。ISBN 978-4-04-622957-1。 
  • 神埼市教育委員会市史編纂室 編『神埼市史 第2巻 (原始・古代、中世、近世編)』神埼市、2022年3月。 NCID BC18582312。 

関連項目