伊沢平勝

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いさわ へいかつ

伊澤 平勝
生誕 (1910-03-20) 1910年3月20日
日本の旗 日本・宮城県仙台市
死没 (1985-08-29) 1985年8月29日(75歳没)
死因 肺炎
出身校 慶應義塾大学法学部
職業 銀行家、実業家
栄誉 藍綬褒章(1970年)[1]
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伊澤 平勝(いさわ へいかつ、1910年(明治43年)3月20日 - 1985年(昭和60年)8月29日 )は、日本の銀行家、実業家。七十七銀行頭取、会長を務めた。

来歴・人物

宮城県仙台市出身[1]。1934年に慶應義塾大学法学部を卒業[1]。家業の酒造に携わり、社長も務めた[1]。

1941年1月に七十七銀行取締役に就任。1946年公職追放となる[2]。追放中の1948年9月に七十七銀行副頭取を経て、追放解除後の1956年12月に頭取に就任[1]。1970年1月から1977年12月までに会長を務めた[1]。

仙台商工会議所会頭、東北放送取締役なども務めた[1]。

1985年8月29日、肺炎のために死去[3]。75歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 人事興信所 1981, い66頁.
  2. ↑ 『朝日年鑑』昭和22年版、90頁、「公職追放者一覧」。
  3. ↑ 『日本経済新聞』夕刊 1985年8月29日 p15

参考文献

  • 『朝日年鑑』昭和22年版、朝日新聞社、1947年。
  • 人事興信所 編『人事興信録 第31版 上』人事興信所、1981年。 
先代
氏家清吉
七十七銀行頭取
1956年 - 1970年
次代
氏家榮一