伏見宮貞清親王

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伏見宮貞清親王
伏見宮家
続柄

宮号 伏見宮
全名 貞清(さだきよ)
称号 後妙荘厳院
身位 親王
敬称 殿下
出生 1596年(慶長元年)
死去 (1654-08-15) 1654年8月15日(58歳没)
(承応3年7月4日)
埋葬 1654年8月31日
(承応3年7月20日)
京都相国寺(伏見宮墓地)
配偶者 宇喜多秀家の女
子女 邦尚親王
邦道親王
貞致親王
重慶親王
秀山松栄女王
顕子女王
照子女王
梅子女王
仙嶽聖崇女王
父親 伏見宮邦房親王
母親 家女房
役職 兵部卿
サイン
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伏見宮貞清親王(ふしみのみや さだきよしんのう)は、江戸時代初期の皇族。世襲親王家の伏見宮第10代当主。伏見宮第9代当主邦房親王第一王子。後陽成天皇の猶子。妃に宇喜多秀家の女で前田利長の養女、おなぐの方(おなくの方)[1]。

慶長10年(1605年)12月24日に元服し、二品兵部卿に任ぜられる。

王子女

脚注

  1. ↑ 『伏見宮御系譜』より。邦尚親王の母。『慶長日件禄』に慶長9年(1604年)11月14日に嫁いだことが記されている。

参考文献

  • 『伏見宮実録 第8巻 貞清親王実録/邦尚親王実録/邦道親王実録/貞致親王実録』ゆまに書房、2015年10月。