低温物理学

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温度の対数(100ピコケルビン(10^-10K)から10ギガケルビン(10^10K))を縦軸に取り、右側に各温度域で起こる物理現象を、左側に室温以下の低温生成方法を記した。

低温物理学[1][2][3](ていおんぶつりがく、Low Temperature Physics)は、温度を低下させることで発現する現象を研究する物理学分野の総称である。どの程度の温度を「低温」と呼ぶかは、考える現象によって大きく異なるが、大まかには液体窒素の沸点(77ケルビン)以下、または液体ヘリウムの沸点(4.2ケルビン)以下の温度に、低温物理学の研究対象が存在することが多い。

低温物理学の研究対象は非常に広く、自然界に存在する物質だけでなく、宇宙(過去の宇宙を含む)からデバイスまでを含む。低温物理学は凝縮系物理学(物性物理学)の一部であるが、宇宙・素粒子・原子核物理学などとも密接に関連しており、実際超伝導のBCS理論[4]のように素粒子物理学に多大な影響を与えた例も数多い。また物理現象も超伝導、超流動(ボース・アインシュタイン凝縮現象を含む)、磁性、近藤効果、アンダーソン局在、フェルミ液体・朝永ラッティンジャー流体、トポロジカル現象(量子ホール効果等)など、極めて多岐にわたる。また多くの場合、低温現象は量子力学的効果により生じるか、または密接に関連している。超流動と超伝導は特に粒子集団の量子力学的性質が巨視的スケールで発現する現象であるため、巨視的量子現象(Macroscopic Quantum Phenomena)と呼ばれる[5]。

低温実験では、安定した低温環境を実現して物理量の精密測定をするため、低温を生成し温度を測定する技術と、発熱を極力抑制した精密測定技術が必要である。前者の研究分野を特に低温工学(Cryogenics)と呼ぶ。後述するように、多くの低温生成技術の発展は、低温物理学の研究進展と表裏一体に進んできており、その典型例として3He-4He希釈冷凍機やレーザー冷却技術が挙げられる。低温工学には、GM(Gifford-McMahon)およびパルスチューブ冷凍機に代表される冷凍技術、MRIなどに用いられる超伝導磁石や加速器技術、X線天文学など宇宙空間での低温生成および測定技術等が含まれる。

従来、低温の生成にはあらかじめ何らかの方法で準備された(主として、工業的に製造された)寒剤(Cryogen)を用いることが一般的であった。[1][2][3][6]寒剤は通常沸点や融点等の一定温度に保持され、冷やしたい物質から熱(潜熱)を吸収して蒸発、融解または昇華しながら一定温度を保持する。寒剤の種類は数多く、室温に近いものから氷水、ドライアイス、液体酸素、液体窒素(液体空気)、液体水素、液体ヘリウムが主に用いられている。一方、特に物性実験研究では、1990年代より急速に普及した小型冷凍機(GMおよびパルスチューブ冷凍機)を用いた装置開発が進み、寒剤を必要とせず電力のみで低温を生成することが可能になっている。これまでに稼働している超伝導量子コンピュータには、全てパルスチューブ冷凍機をベースとする無冷媒希釈冷凍機が使用されている。また2026年現在、日本ではヘリウムの供給難から低温物理学研究用の液体ヘリウムは極めて高額になっている(液体1リットルあたり約1万円以上であり、2010年頃までの価格の10倍以上)。このような事情のため、従来1ケルビン程度の極低温生成に不可欠であった液体ヘリウムは、昔ほど使用されなくなっている。

なお用語として、作業物質等を用いて他の物質(実験試料など)の温度を下げることを冷凍(refrigeration)と呼び、作業物質や物理系自らの温度を下げることを冷却(cooling)と呼んで区別する。例えば前者にはパルスチューブ冷凍(機)(pulse tube refrigerator)、希釈冷凍(機)(dilution refrigerator)、(核)断熱消磁冷凍(装置)(adiabatic (nuclear) magnetic refrigeration, ADR)などがあり、後者にはレーザー冷却(laser cooling)、核冷却(nuclear cooling)、ポメランチュク(英語版)冷却(Pomeranchuk cooling)などがある。

低温物理学の歴史[7][8][9]

低温物理学は、ハイケ・カマリン-オンネス(Heike Kamerlingh-Onnes)によるヘリウムの液化(1908年)に始まったと言って良い。液体ヘリウムの沸点は4.2K((ケルビン)=摂氏マイナス269度)とあらゆる物質の中で最低温度であり、さらに強制蒸発により1K程度までの温度が安定して得られるようになった。ヘリウムを寒剤として様々な物質が冷やされると、まさに人知を超えた多様な物理現象が発見されていった。金属の超伝導(1910年)、液体ヘリウムの超流動(1938年、異常な挙動はそれ以前に観測されていた)、電気抵抗極小(1930年頃)などが、その代表例として知られる。また、低温現象の解明には量子力学が本質的であることは早くから認識されていた。超伝導などの発見と前後して1920年代に量子力学が完成したことで、磁性を含む多くの低温現象が量子力学的効果に支配されていることがわかった。しかし、超伝導や超流動などの量子現象の解明には、その後も長い時間が必要であった。

低温技術の面では、1930年代より低温生成の手法として断熱消磁法(電子スピンによる断熱消磁法)が考案され、希釈冷凍機が普及するまでの低温研究で重要な役割を果たすとともに、1970年代からの核断熱消磁技術(核スピンによる断熱消磁)による超低温物理学の発展に寄与した。電子スピンによる断熱消磁を用いた有名な研究として、ウーにより行われた弱い相互作用におけるパリティ非保存の実験が挙げられる。また第二次世界大戦における原爆開発と戦後の原子炉建設により、ヘリウムの同位体であるヘリウム3(3He)の大量生成と液化が可能となったことは重要である。人類が液体ヘリウム3を手にしたことにより、現在の量子情報技術に不可欠である希釈冷凍機が発明され、また液体ヘリウム3[10]の超流動の発見が凝縮系物理学の大きな進展をもたらした。

低温物理学における多くの基本概念が確立したのは1950-60年代で、特に超伝導のBCS理論(1957年)、ランダウのフェルミ液体理論(1957年)は以後の物理学全体に大きな影響を与え、物理学理論構築の指針となってきた。また磁性不純物を含む金属が低温で抵抗極小を示す現象は1930年代から長く謎とされてきたが、1964年に近藤淳が理論的に解明し、この現象自体が近藤効果と呼ばれるようになった。近藤効果も低温物理学の重要な研究対象であり、素粒子物理など様々な分野に影響を与えている。アンダーソンはその著書「Basic Notions in Condensed Matter Physics[11](凝縮系物理学の基本概念[12])」の中で、最も重要な凝縮系物理学の基本概念として「対称性の破れ」と「断熱的連続性」を挙げているが、超伝導・超流動研究が前者へ、近藤効果やフェルミ液体の研究が後者の概念の確立に、極めて重要な役割を果たした。

低温物理学の発展は、1960年代に3つの大きな技術革新をもたらした。それは希釈冷凍機、超伝導磁石、超伝導量子干渉素子(SQUID)であり、これらはそれぞれ3He-4He混合液、第二種超伝導、ジョセフソン効果の研究成果に基礎を置いている。希釈冷凍機とジョセフソン効果(素子)は現在の超伝導量子コンピュータの核となる技術であり、超伝導磁石はMRIや加速器の磁場発生装置として、現代文明の発展に不可欠なものになった。

1970年代の低温物理学における重要な発見としては、液体ヘリウム3の超流動[13][10]が挙げられる。BCS理論が超伝導の基本理論として確立した後、これを素粒子や原子核物理に応用する試みが盛んになった。中でもフェルミ粒子系(フェルミ液体)としての物性が解明されつつあった液体ヘリウム3にBCS理論を応用して、ヘリウム3のクーパー対形成による超流動状態を予測する理論研究が60年代に展開された。理論予想に動機づけられて発展したポメランチュク冷却法により液体ヘリウム3を1mK(ミリケルビン)程度の超低温まで冷却することが可能となり、1972年にオシェロフらが液体ヘリウム3の超流動を発見した。超流動ヘリウム3は金属のs波超伝導状態とは異なりクーパー対がp波三重項状態をなすため、対称性が異なる3つの安定な相(A、B、A1相)を有することが明らかになり、異方的超流動体の最初かつ典型的な例として確立した[13](現在はエアロジェル中3Heにおいて、ポーラー相と呼ばれる第4の相も観測されている[14])。また超流動ヘリウム3や固体ヘリウム3の核磁性の研究を大きな動機として、絶対温度1mK以下の超低温領域の開拓が盛んになり、銅やPrNi5などの希土類化合物を作業物質とする核断熱消磁冷凍法が発展した。現在まで、物質の最低温度として数μK(マイクロケルビン)、核スピン系の最低冷却温度として10pK(ピコケルビン)程度が達成されている。

物質の磁気的性質(磁性)の研究には高い磁場温度比(H/TまたはB/T)が不可欠であり、その実現には上述の超伝導磁石と希釈冷凍機の組み合わせが重要な役割を果たしてきた。低温強磁場での重要な現象として、半導体界面に実現される2次元電子系においてホール伝導度がh/e(プランク定数/電子素電荷)の整数倍に量子化される量子ホール効果が1980年に発見された。こんにち量子ホール効果は、電子波動関数のトポロジカルな性質に起因するトポロジカル現象の典型例と認識されているだけでなく、抵抗標準や微細構造定数の測定標準としても役立っている。量子ホール効果発見の数年後には、伝導度が上記量子単位の分数倍に量子化される分数量子ホール効果が発見され、電子間相互作用が重要な役割を果たす新しい量子液体状態として理解されている。

1986年にベドノルツとミュラーにより発見された銅酸化物高温超伝導体は、超伝導研究者の夢であった液体窒素温度(77K)を超える臨界温度(超伝導転移温度)を有する超伝導物質の発見をもたらしたという意義以上に、社会的・科学的に極めて大きなインパクトを与え、室温超伝導実現への期待を背景に凝縮系物理学の理論と実験両方を革新させた。強相関電子系と呼ばれる一大分野が形成され、光電子分光や低温走査トンネル顕微鏡などの電子状態を低温で調べる実験手法が大きく発展した。酸化物高温超伝導体の研究分野の成熟を経て、超伝導は現在もなお最も活発な低温物理学の研究対象であり続けている。

同時期に大きく発展した、半導体や金属の微細加工で作成された量子細線や量子ドットによるメゾスコピック物理・ナノ物理も低温物理学の重要な分野である。サブミクロンサイズのリングやポイントコンタクトによるアハラノフ・ボーム効果やコンダクタンス量子化、コンダクタンスの普遍的ゆらぎなどが観測され、微細な系の量子統計力学に対する理解が刷新されるとともに、超伝導量子コンピュータを始めとするデバイス応用に大きく寄与している。

以上の低温物理学分野は全て固体中電子と液体ヘリウムを中心とする凝縮系の研究であったが、1990年代に突如として全く新しい低温物理学の一分野が創始された。超低温冷却原子気体の登場である。コーネル、ワイマンらの原子物理研究者は、レーザー冷却と蒸発冷却の手法を組み合わせてアルカリ原子(Rb等)を準安定な気体のままナノケルビンの超低温に冷却し、ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)を達成した。冷却原子気体の研究は瞬く間に低温物理学を席巻して爆発的に発展し、BECだけでなくフェルミ原子気体の縮退と超流動転移(BEC-BCSクロスオーバー)まで観測され、活発な研究が行われている。冷却原子気体は従来の低温物理学研究と異なり、原子そのものやその位相を可視化して観測できることに大きな特長がある。現在までに物理学のほとんど全ての分野と関連する膨大な研究成果が得られているとともに、次世代量子コンピュータとしての発展も期待されている。

21世紀に入って発展した低温物理学の新分野として、中村泰信らにより創始された超伝導量子コンピュータ(量子情報)の研究と、トポロジカル絶縁体に代表されるトポロジカル物質の研究が挙げられる。前者は量子コンピュータの実機として世界各国で開発設置され、量子情報研究を牽引している。後者は凝縮系物理学におけるトポロジーの重要性を示し、デバイス応用も期待されている。

また、アモルファス物質では「トンネル二準位系(Tunneling two-level systems, TLS)」と呼ばれる乱れや欠陥により誘起される状態が普遍的に存在し、1K以下の極低温物性を支配することが知られており、低温物理学の一テーマとして50年以上にわたり研究されてきた[1]。21世紀に入り超伝導量子コンピュータ開発の進展に伴い、量子ビットに存在するTLSがデコヒーレンスの要因として支配的となることが認識され、TLSの除去が誤り訂正可能な超伝導量子コンピュータ(FTQC)の実現に向けた喫緊の課題となってきている[15]。

現在の低温物理学分野

低温物理学に含まれる研究対象は非常に広いが、大まかには3年に一度開催されている低温物理学国際会議(LT)が扱うトピックスにより、最新の研究分野の動向を知ることができる。最近では2022年に札幌でLT29[16]が開催されたが、プログラムの分類は(1)量子気体・液体・固体、(2)超伝導、(3)磁性と量子相、(4)ナノ物理と量子情報、(5)低温技術とデバイス応用、であった。さらに2025年8月にスペインで開催されたLT30[17]におけるプログラム分類は、(1)量子気体・液体・固体、(2)超伝導、(3)量子物質 - 磁性とトポロジー、(4)ナノ物理と量子輸送、(5)量子情報と技術、(6)低温技術と応用、となっている。近年は特に、超伝導量子コンピュータをはじめとする量子情報技術・極低温量子デバイスの研究が急速に発展している。

低温物理学の基本概念

普遍性と創発

低温物理学の研究対象には、物理学の普遍性(universality)と、物質科学の創発性(emergence)が顕著に表れる。その最も端的な例が超伝導である。超伝導は金属中の電子が格子振動(フォノン)を媒介とする対(クーパー対)を組んで単一の状態に凝縮(一種のボース・アインシュタイン凝縮)することで発生するが、カマリン-オンネスによる発見以前に予測することはできなかった。仮にその時点で量子力学が完成していても、予測することは不可能であった。すなわち、超伝導現象は電子という個別には性質がよくわかった粒子が示す「創発」であり、アンダーソンの言う「More is different(多は異なり)」[18]の最も典型的な例である。

また、超伝導はBCS理論により最終的に理解されたが、BCS理論が粒子数を保存しない(ゲージ不変性が破れている)ことに不満を抱いた南部陽一郎が、2年以上の考察の末にこの問題を解決[19]し、「対称性の自発的破れ」[20]の概念に到達したことはよく知られている。さらに南部の考えはヒッグスらによりヒッグス機構[21]の概念に発展し、現在の素粒子物理学における標準理論[22][23]を基礎づけている。このような物理学の発展形態は物理法則の普遍性に根ざしたものであり、超伝導などの低温現象が決して常温から離れた特殊な世界のみで起こる現象ではないということを意味している。

低温の定義

どの程度の温度を「低温」と呼ぶかは、考える現象や状態により大きく異なるが、低温の目安を考えるための指針はいくつかある。一つは、相転移などの物理現象が起こる温度 - 「特性温度」 - 以下を低温と考えることができる。たとえば磁性現象においては、室温(300 K)は鉄やニッケルの強磁性現象においては低温であるが、銅の核スピン集団が示す反強磁性相転移温度は10 μKであり、実に7桁以上の違いがある。金属中電子や液体ヘリウム3などのフェルミ液体系では、フェルミ温度(前者は約1万度、後者は約1K)より3-4桁低い温度が、低温と称する目安の温度となる[2]。

またもう一つの見方として、構成要素(原子や分子)の熱的ド・ブロイ波長と要素間の間隔の大小関係により低温の目安を決めることがある。熱運動する粒子の熱的ド・ブロイ波長は温度の平方根に反比例する(温度が2桁下がるとド・ブロイ波長は10倍になる)ため、低温ほど粒子の波動性が強くなり、ド・ブロイ波長が粒子間距離と同程度になると、粒子の量子統計性が量子効果をもたらすようになる。その最も劇的な現象はボース粒子系のボース・アインシュタイン凝縮である。またフェルミ粒子系では、同じ条件下でフェルミ縮退が生じるが、フェルミ粒子系の超流動(超伝導)の発現には更に3桁程度温度を下げる必要がある。フェルミ粒子系で超流動を論じる場合、「低温」の目安は液体ヘリウム3、超伝導体、中性子星でそれぞれ1 mK、1~100 K、100万Kとやはり9桁程度の違いがある[2]。

熱力学第3法則との関連[2] [3]

低温を実現する上で念頭に置くべき物理法則が、熱力学第3法則である。絶対零度に近づくとゼロになる物理量は、エネルギーではなくエントロピーである。すなわち、「全ての系のエントロピー、また単一の系の全ての状態のエントロピーは、絶対零度でゼロになる。」(プランクによる第3法則の定式化)。また、低温物理においては熱力学第3法則を次のような「絶対零度への到達不可能性」で表現することも多い。「いかなる過程でも、有限回で絶対零度に到達することは不可能である。」これは第3法則を熱定理として定式化したネルンストにより提唱された[2][3]。

ひとつの物質であっても、内部に複数の部分系を定義して、それぞれがエントロピーを持つと考えることができる。例えば金属や絶縁体物質において、結晶格子系、電子系(電子ガスや電子スピン系)、原子核スピン系などが定義され、それぞれが独立したエントロピーを持つと考える。断熱消磁法により、電子スピン系や核スピン系のエントロピーを減少させて温度を低下させることができるが、格子系とのエネルギーの流れがなければスピン系の温度は低温に保たれたままである。各系の間に熱の流れがあって初めて、物質全体が冷却されたと言える。また、スピン系と格子系とのエネルギーの流れの速さは、磁気共鳴などで測定されるスピン格子緩和時間(T1)の逆数により決まる。

現実の低温実験においては、第3法則を意識することはあまりないと言って良い。断熱消磁法では仮に多数回の等温・断熱操作が可能であっても、作業物質のスピン間に相互作用があるため、ある温度以下で磁気秩序状態(強磁性や反強磁性)となり、冷却過程は終了する。尤もこれは基底状態のエントロピーがゼロになるという、第3法則の発現であるとも言える。また希釈冷凍機やレーザー冷却では、ある意味多数回の冷却過程が実行されるが、実現できる最低到達温度は外部からの熱流入(希釈冷凍機では3He注入による熱流入)やエネルギー流入(レーザー冷却におけるリコイル(反跳)効果)により決まってしまう。

対称性の破れ[11][12]

低温物理学における最も重要な現象が、種々の系における対称性の(自発的)破れ(低下)である。対称性の破れは、温度の低下に伴い起こる普遍的な現象(概念)である。また、対称性の破れは物質における相の変化(相転移)を伴い、対称性が破れた(対称性が低い)相は巨視的な距離に渡り秩序をもつ「長距離秩序状態」となる。対称性の破れた状態は、外部からの擾乱に対してある種の「硬さ」(一般化された剛性)を持つ。有限温度では、破れた対称性を回復しようとして集団励起やゆらぎが発達する。また局所的に秩序状態が壊れた「欠陥(Defects)」を生じるようになる。欠陥としては結晶中の空格子点や転位、超伝導体や超流動体中の量子渦糸状態がよく知られている[24]。

連続対称性は系が持つ保存量と関連しており(ネーターの定理)、連続対称性の破れはある物理量の保存則が成立しなくなることを意味する。典型的な対称性の破れた状態として、結晶(並進対称性の破れ)、強磁性体(回転対称性、または時間反転対称性の破れ)、中性原子の超流動(グローバルU(1)対称性(ゲージ対称性)の破れ)がある。超伝導は荷電粒子の超流動状態と言えるが、電磁場が動的自由度として存在する場合は、長距離秩序が存在するが自発的対称性の破れはないと考える立場がある。このような考え方は以前より存在し議論されてきたが、近年トポロジカル秩序の概念の導入により発展している[25]。

断熱的連続性[11][12]

断熱的連続性(Adiabatic continuity)はアンダーソンが提案した概念だが、対称性の破れと並んで低温の物理現象に共通する重要な物理概念である。ランダウのフェルミ液体論を例に取ると、相互作用のない粒子系に断熱的に相互作用を加えていくことを仮想的に考える。その過程で対称性の破れがなければ、相互作用を持つ状態は最初の状態との間に一対一の対応が存在すると考え、相互作用の強い液体を、弱い相互作用をもつ「準粒子(Quasiparticles)」の集まりとして議論する。この考えはフェルミ粒子系に限らず様々な系に適用可能であり、強く相互作用する物理系の性質を説明できる有効理論として確立している。近藤効果の理論においても、連続性の概念が重要な役割を果たしている[11]。

低温における物理現象

超流動とボース・アインシュタイン凝縮

超伝導

磁気秩序

量子ホール効果とトポロジカル現象

近藤効果

低温生成の方法[1][2][3][6]

気体の液化

低温を生成する最も基本的かつ古くから行われている方法は、気体の液化である。気体を液化すればその沸点が維持され、更に蒸気相を減圧することで液体から潜熱が奪われ、蒸発冷却される。気体を液化する方法には、(1)等温圧縮、(2)気体に外部へ仕事をさせること、(3)ジュール・トムソン効果(ジュール・ケルビン効果)の利用、の3種類があり、更にこれらを組み合わせることで低温を保持できる液体寒剤が生成される。[2]

寒剤による低温生成

実験室において低温を生成する最も簡単な方法は、必要な温度に応じた種々の寒剤を購入し、用いることである。100K以下の低温を生成する寒剤として、液体窒素と液体ヘリウムがよく用いられる。液体酸素や液体水素もかつてはよく利用されたが、火災や爆発の危険性があるため現代の物性実験では殆ど使用されていない。

寒剤は室温部から容器への空気分子衝突と輻射による熱流入で蒸発しながら、沸点を維持する。寒剤の蒸発を抑制して長時間低温を保つため、一般にデュワー(瓶)と呼ばれる二重断熱容器(容器壁を二重にして間を低圧状態にして、かつ輻射を防ぐため容器壁を金属にするか金属膜をコートする)や、発泡スチロールの容器に寒剤を入れることが殆どである。断熱技術の進歩により、液体窒素は極めて長時間殆ど蒸発なしに維持できる容器が開発されており、広く医療や畜産などで用いられている。蒸発熱が小さく、外部からの熱流入で容易に蒸発する液体ヘリウムでは、かつては液体窒素入りのデュワーでヘリウム用デュワーを囲う二重容器が使用されていたが、近年は断熱技術の発展により液体窒素不要のデュワーに代わっている。

また特殊な寒剤として、宇宙空間での実験に使用される固体ネオンや固体水素がある。

液体の寒剤は、蒸気相を真空排気して潜熱を奪うことで蒸発冷却により沸点より大幅に冷却が可能である。特に液体ヘリウム(4He)では沸点4.2Kに対して真空排気により1.2K程度までの温度を容易に生成でき、排気ポンプと装置を工夫することで0.8K程度まで冷却できる。沸点が低く高い蒸気圧を有する液体ヘリウム3では、0.3K近くまで真空排気により低温生成が可能であり、3Heクライオスタットの名で希釈冷凍機より高温だが手頃な方法として普及している。

小型冷凍機

1970年頃より気体(ヘリウムガス)を作業物質とする小型の冷凍機が開発され、特にGM(ギフォード・マクマホン)冷凍機が安価で利用しやすい冷凍機として普及した。GM冷凍機は気体の圧縮膨張操作をシリンダー中のピストンを動かすことで行うが、その後1990年代にピストンを使用しないパルスチューブ冷凍機が発明され、21世紀に入り急速に普及した。これらの小型冷凍機は50-60Kで数十Wの冷却能力を有し、2段化することで液体ヘリウム温度以下(2.5-3K程度)も実現できるようになった。このため特に高価で使用が面倒な液体ヘリウム寒剤なしに極低温を生成できる方法として、現在低温物理学の実験研究には必須となっている。GM冷凍機は安価で冷凍能力が高いため、半導体産業などでクライオポンプとして普及しているが、ピストンの動作により機械的振動が大きい欠点があった。可動部がないパルスチューブ冷凍機は最低温部(第2ステージ)の振動がμm程度に抑制できるため、無冷媒希釈冷凍機等の極低温冷凍機の殆どで使用されている。

特に、後述する希釈冷凍機においてヘリウム3をジュール・トムソン効果で液化する方法が1990年代に確立し、液体ヘリウム寒剤の不要な無冷媒希釈冷凍機が2000年頃までに開発された。その後ヨーロッパの大小様々な企業が無冷媒希釈冷凍機を商品化して、現在の超伝導量子コンピュータを始めとする量子デバイス研究に不可欠な装置となっている。

断熱消磁(核断熱消磁)

断熱消磁法は、常磁性体(スピン系)を熱浴に接触させ等温状態で磁場を印加し(等温磁化)、その後熱浴から切り離して断熱状態で消磁(等エントロピー過程)を行うことで寒冷を得る方法である。断熱消磁法は電子系を用いる方法が1930年代に発明され、その後1950年代には核スピン系を用いる核断熱消磁法が開発された。

希釈冷凍機

レーザー冷却

脚注

  1. 1 2 3 4 Ch. Enss and S. Hunklinger (2005). “Low-Temperature Physics” (英語). SpringerLink (Springer). doi:10.1007/b137878.
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 McClintock, P. V. E.; Meredith, D. J.; Wigmore, J. K. (1992). “Low-Temperature Physics: an introduction for scientists and engineers” (英語). SpringerLink. doi:10.1007/978-94-011-2276-4.
  3. 1 2 3 4 5 P. V. E. McClintock, D. J. Meredith, J. K. Wigmore 著、藤田敏三、前野悦輝、大林康二 訳『低温物理入門』丸善、1988年8月30日。
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  5. ↑ 水島健 (2025-7-8). “超流動・超伝導と巨視的量子現象”. 日本物理学会誌 (日本物理学会) 80 (7): 380.
  6. 1 2 Frank Pobell『Matter and Methods at Low Temperatures』Springer、2007年7月8日。
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  11. 1 2 3 4 Anderson, Philip W. (2018-03-09). Anderson, Philip W.. ed (英語). Basic Notions of Condensed Matter Physics (1 ed.). CRC Press. doi:10.4324/9780429494116. ISBN 978-0-429-49411-6
  12. 1 2 3 “Amazon.co.jp: 凝縮系物理学の基本概念 (物理学叢書 (51)): アンダーソン, P. W. Anderson, 松原 武生: 本”. www.amazon.co.jp. 2025年4月14日閲覧。
  13. 1 2 Dieter Vollhardt, Peter Wölfle『The Superfluid Phases of Helium 3』Dover Publications、2013年10月17日。
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  23. ↑ “現代素粒子物理|森北出版株式会社”. www.morikita.co.jp. 2025年4月14日閲覧。
  24. ↑ 『Defects and Geometry in Condensed Matter Physics』Cambridge University Press、2002年3月1日。
  25. ↑ 『非平衡超伝導の物理 現代的な視点から理解する場の凝縮現象』サイエンス社、2026年5月25日。

関連項目