佐伯雄勝

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佐伯雄勝
時代 平安時代初期
生誕 弘仁7年(816年)
死没 天安2年3月24日(858年5月10日)
官位 従五位下・右馬頭
主君 仁明天皇→文徳天皇
氏族 佐伯氏
父母 父:佐伯大野
子 山守、国守、野守
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佐伯 雄勝(さえき の おかち)は、平安時代初期の貴族。従五位上・佐伯大野の子。官位は従五位下・右馬頭。

経歴

皇太子・正良親王に仕え、親王から非常に親愛の情を受けた[1]。天長10年(833年)に正良親王が即位(仁明天皇)すると短期間に多数の官職を歴任した[1]。

承和15年(848年)正月に従五位下に叙爵されて右馬頭に任ぜられるが、同年8月信濃介として地方官に転じる。仁寿3年(853年)近江権介と仁明朝末から文徳朝にかけて地方官を務める。

天安元年(857年)5月に右近衛少将に任ぜられ京官に復帰する。翌天安2年(858年)2月に右馬頭に転じるが、同年3月24日に卒去。享年43。

官歴

『六国史』による。

系譜

  • 父:佐伯大野[1]
  • 母:不詳
  • 生母不明の子女
    • 男子:佐伯山守[2]
    • 男子:佐伯国守[2]
    • 男子:佐伯野守[2]

脚注

  1. 1 2 3 『日本文徳実録』天安2年3月24日条
  2. 1 2 3 鈴木真年『諸系譜』第8冊,佐伯宿禰

参考文献