佐佐木 就清(ささき なりきよ/たかきよ、享保6年(1721年) - 天明8年7月14日(1788年8月15日))は、江戸時代中期の長州藩士。尼子氏(佐佐木氏)12代当主。初名は胤久(たねひさ)、のちに藩主毛利重就より偏諱を授かって就清に改名。もとは粟屋氏の出身で、実父は粟屋常方。養父は佐佐木時久。子に佐佐木房高、村上某(能島村上氏・村上就庸の養子)、粟屋某(粟屋信成(就清の兄?)の養子)と女児2人がいる。
佐佐木時久の実子は早世していたため、就清が時久の養子に入る。天明8年(1788年)に死去。家督は子の房高が継承した。
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